そして開店当日
翌朝。
びっくりするほどよく眠れたので、俺もネミルも意気軒高である。で、
けっこう早起きした。外に出ると、さすがにまだ誰も来ていない。
相変わらず朝晩はかなり肌寒いが、そこは仕事柄もう慣れている。
「さあて、いよいよだな。」
「そうね。」
揃って伸びをしつつ、そんな言葉を交わす。意外なほど緊張はない。
まあ出張は経験済みだし、そもそもここでそれほど繁盛するだろうとは
思っていない。試行錯誤も含めて、今日は本当にお試し営業だろう。
天気も上々、絶好のデビュー日和。
さあ、元気に行ってみよう。
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てなわけで、人が集まってくる前に開店準備に取り掛かる。
実のところ、このオラクモービルはほとんどトラック型のタカネだ。
その気になれば、後部のコンテナは完全自動変形型にも出来たらしい。
しかしそれは、タカネ本人も含めて不採用とした。
実際に一度見てみたけど、ほとんど魔法とかそういう域だ。さすがに、
この変形を現代のテクノロジーとか天恵の力とか言うのは無理がある。
なので、慎ましく手動で組み立てる方式に決定した。側面部を展開し、
ひさしを伸ばして「店先」を作る。もちろんイートイン方式じゃない。
簡易的なテーブルと椅子を並べて、喫茶スペースにする青空店舗式だ。
手渡して終わりという売切り方式も考えたけど、かなりゴミが出るから
やめにした。実際、採算も悪いし。ただし、このへんはまだ流動的だ。
実際にやってみてから詰めていく。
そんなこんなで店舗を組み上げる。この作業に関しては完全に手動だ。
トラックタカネは手を貸さないし、俺たちもそれでいいと思っている。
あんまり何もかも頼り過ぎてると、する事も無くなってくるから。
慣れないからちょい手際が悪かったものの、組立ては数分で終わった。
控えめなデザインだけど、それでもこうして見るとなかなか映える。
いろいろ規格外である事を考慮した上で、やっぱり少し感慨が湧いた。
何と言っても二号店だからな。
「おはよー。」
組み上がるのを待っていたように、そんな言葉と共にローナが現れる。
やがてタカネも現出。展開している店を前に、二人とも満足そうだ。
「外で見ると映えるねえ。」
「確かに。じゃ、テーブルと椅子を設置しますか。」
シュシュシュシュン!
言い終わると同時にそれが現れた。丸いテーブルと丸い背もたれなしの
椅子。一つのテーブルに椅子三つ。それが4セットである。いずれも、
円柱状の太い軸の上に天板や座面がドンと乗っかっているデザインだ。
…何と言うか、最初からこの場所に据え付けられているように見える。
いや、見えるだけじゃないな。
「う…動かない。」
試しに椅子を押してみたネミルが、踏んばりながらそんな事を言った。
どうやら、ビクともしないらしい。本当に据え付けるつもりなのか…。
「ああうん。固定制御を外したら、消せなくなっちゃうからね。」
そう言ったタカネが目を向けると、そちらのテーブルが一瞬で消える。
と、次の瞬間にはまったく同じ場所に再び現出していた。
「動かせないテーブルと椅子って、本当に文句言われないかな。」
「規約にないから大丈夫でしょ。」
さも当然という口調でローナがそう言い、手近な椅子に腰かける。
「ま、本当に据え付けたらさすがに怒られると思うけど、用が済んだら
すぐ撤去するんだからさ。」
「うーん…まあそうか。」
最初から決めてた事ではあるけど、実際に見ると決断には勇気がいる。
とは言え、確かにローナの言う通りだろう。もう、開き直るしかない。
「いいや。んじゃ準備しよう。」
そろそろ、人も集まり出している。おっとトリシーさんたちも来た。
本番はもうすぐだ。
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列車の到着と共に、オトノの街には一気に人がやってくる。これこそが
お祭りの日ならではの光景だろう。どこからこんなに人が来るんだか。
去年までは俺たちも、ああして来訪する側だったなと思うと感慨深い。
まあ、今は感慨は後回しである。
仕込みも済んで、いよいよ開店だ。
さあ、ドンと来い。