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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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初日を終えて

何となく、毒気が抜けた気がする。色んな意味で。


俺とネミルは言うに及ばず、タカネもローナさえもちょっと殺気立って

この街に来ていた。ロナモロス教の関係者を捜すという目的に対して、

かなり構えていたのは否めない。


でも、ルソナさんやトリシーさんに会えた事で、そこまで急がなくても

いいんじゃないかって気になれた。何と言っても初日。そして何より、

ここはお祭り会場なんだから。


「もうちょっとのんびり、楽しく。正直少し忘れてたかもね。」

「何を?」

「恩人の教えを、よ。」


しみじみと語るタカネの言葉にも、実感がこもっていた。


「目的を果たすためだけに突き進む生き方は、あんまり良くないわよ。

焦らなくても友樹は待ってくれる。モリエナたちを信じると言うなら、

もう少しのんびり行きましょう。」

「そうだな。」

「うん。」

「賛成。」


俺たち三人も、ちょっと苦笑しつつ頷く。


そうだよな。

確かに目的は明確だけど、だからと言ってそれだけ見てたら余裕なんか

無くなってしまう。いやそもそも、そこまで急ぐならもっと強硬手段を

取るべきだっただろう。それこそ、タカネはそんな手段を持っている。

わざわざ免許を取ってキッチンカーまで用意したんだから、そっちにも

心を向けていいはずだ。トモキも、俺たちにそこまで性急な成果なんか

求めてないだろうから。


というわけで。


「今日はここまで、って事でね。」


ショートカットの先を指先で確かめながら、ローナがそう宣言する。

異議なし。



まずは明日に備えよう。


================================


さて。

夕刻を迎え、散会となった。


俺とネミルは、この場所に留まる。つまりオラクモービルに泊まる。

催事場では、前日からであれば宿泊も許可されている。ただし宿泊用の

テントなどは、事前予約をしないと借りられない。完全なる飛び入りの

俺たちは、当然借りられない。

もちろん借りる必要はない。いや、むしろそんな必要があるなんてのは

論外だ。これから先を考えればね。


といった次第で、ローナとタカネはひとまず店に転移で戻る。もちろん

タカネはノートパソコンに憑依する形でだ。ここは実に便利だよなあ。

何しろ新体制初日だ。任せっきりにしてるけど、向こうにはポーニーが

いてくれるから、そこそこ安心だ。何だかんだで、もうベテランだし。


それでも新入りの三人の事、そして預かっているトモキの事なんかは、

ちゃんとチェックしないといけないだろう。それなりに責任もある。


「頼みます。」

「任されよう。」


頭を下げる俺とネミルにそう答えて笑い、ローナは転移で姿を消した。

子守りのお使いに恵神ローナを使う俺たちって、どんな存在なんだか。

危うく笑いそうになってしまった。どうやらネミルも同じらしい。


まあいいや。



もう慣れたし。


================================


トリシーさんたちは帰ったらしい。と言うか、北催事場で残ってるのは

俺たちだけのようだ。まあ当然か。こっちはメインの会場じゃないし、

そこまで気合を入れている参加者はいないって事だろう。

しかし薄暗くなってくると、何ともうら寂しい雰囲気になってくるな。

しかもちょっと肌寒い。


「中に入っとくか、もう。」

「そうだね。」


外泊なんて、新婚旅行以来か。

こういう気分って、本当に独特だ。


================================


運転する時とは違い、後部コンテナには側面のドアから出入りする。

ステップが高いので、上るためにはちょっとした勢いとコツが必要だ。

案の定、ネミルは二回しくじった。


「わー、あったかい。」

「さすがだな。」


入ってドアを閉めれば、中の温度は実に快適だ。しかも床が柔らかい。

…いや、実は壁も天井も柔らかい。コンテナの中は不思議な空間だ。

タカネいわく「胃袋テント」という構造なんだそうな…って、怖いわ。


このオラクモービルには、「本体」とは別のタカネの分体が常駐する。

個体数はさほど多くない。タカネは今現在も増やしているらしいけど、

車体管理を受け持つ個体数は今でも十分らしい。…もちろん、走行時は

もっといる方がいいって事だけど。


そしてこの分体は、基本的に本体に戻らない。最低限の情報交換などは

するけど、あくまで「専任」としてこのオラクモービルに駐留する。

そして、タカネがいない時の車体の管理を一手に担ってくれるらしい。


どうしてそんなシステムをわざわざ構築したのかと、訊いた事がある。

明らかに手間だろうから。すると、タカネはちょっと笑って答えた。


「あたしもそれなりに気を使ってるつもりだよ?」

「え?」

「何と言ってもあなたたち二人は、まだまだ新婚さんなんだし。」

「え…」


返答に窮した。ネミルに至っては、かなり赤くなってる。


「そ、そんな気遣いは…」

「いや、当然の事でしょ?」


しどろもどろになった俺の言葉に、タカネはふと真面目な顔になった。


「友樹の人格がこんな早く覚醒した原因は、確かにネミルの天恵宣告に

あるのかも知れない。だけど、このあたしが顕現したのは想定外の話。

こういう選択をしたのも、あたしというファクターありきの事よ。」

「それはまあ、そうだけど。」

「理由が何であれ、友樹とあたしがあなたたちの日常を変えたってのは

紛れもない事実よ。そこにローナの意志は介在していない。だったら、

あたしは出来る限り責任を果たす。変えてしまったあなたたちの毎日を

少しでも保つ責任をね。」

「…………………………」


さっきとは少し違う意味で、返答に窮する。俺もネミルも。


言われてみればその通りだ。

俺たちの運命は、ディナの出産から大きく変わった。…いや、あるいは

ディナが天恵宣告をしてもらった時からかも知れないけど。

いずれにしても、タカネって存在は本当にイレギュラーだ。それこそ、

ローナでさえも想像できなかった。ディナの天恵、恐るべしである。


そうやって現れたタカネは、意外なほど俺たちの事を考えてくれてる。

自分たちが関与した事で、俺たちがどうなったのかを見据えている。

だからこそ、不器用な形で俺たちの「日々」を保とうとしてくれてる。


何だろうなあ、これ。

感謝すべきなのかどうか、さっぱり分からない。恩恵を受けているのか

被害を受けているのか、それさえも定義しづらい。ホント変な状況だ。


でもまあ、あんまり難しく考えても意味がない話だろう。少なくとも、

タカネは俺たちを尊重してくれる。今はそれだけで十分だ。


「お気遣いありがとう。」


そう言ってネミルはにっこり笑う。タカネも笑って答えた。


「どういたしまして。」


うん。

そんな感じでいいんだろう。

まだまだ先は長い。なら、あれこれ気に病まず気楽に構える方がいい。

そんなわけで…


まあ、さすがに初日くらい大人しくしておこうと思うよ。


仰ぎ見れば、天井が少しだけ透けているのが判る。粋な構造だね。

この室温なら寝具もいらない。横になればいいだけなのは実に快適だ。

さて、今日は早めに寝よう。



明日からが本番だ。

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