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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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同じ力であっても

何だろうな、この状況。


昨夜は、さすがになかなか寝付く事ができなかった。明日からの事を、

あれやこれやと想像していたっけ。いい事も悪い事もひっくるめて。

もちろん、すぐ手がかりが得られるとは考えなかった。いくら何でも、

そこまで簡単な話じゃない。たとえ恵神ローナが一緒でも、俺たちには

やれる事に限界がある。

まずは状況に慣れる事。何をするにしてもそこからだと、そんな決意を

ネミルと一緒に固めていた。


だけど、さすがにこれは予想外だ。



ローナが散髪って。


================================


トリシーさんの露店は、三方を囲む小さな四角いテントになっている。

何で囲んでしまうのかと思うけど、たぶん風よけだろう。長い髪なら、

風は致命的な邪魔になるだろうし。その点も含めて、実にシンプルかつ

無駄のない出張店舗だ。


だけど、ひとつ違和感がある。

それは客の前に、鏡が置かれてない点だ。これは、別の意味で致命的な

欠点じゃないのかと思ってしまう。散髪の最中の自分を見られないのは

割と嫌なんじゃないかと…


「鏡が無いんですね。」


やっぱり同じ事を考えてたらしく、当人であるローナが問い掛けた。


「ええ。外してくるの大変ですし、割れたら大変ですからね。」


手際よく毛先を揃えつつ、トリシーさんがそう答える。いや、確かに

そうかも知れないけど。お客に対しそんな自己都合を通していいのか。

相手が恵神だとか、そういう話とは別の意味でマズい気がするんだが。

さすがにタカネもネミルもそこには気付いているらしく、顔に出てる。

しかし、そんな事をプロに指摘するのもどうかと思うし…


「じゃあ一度見てみましょうか。」


落ち着かない雰囲気を察したのか、そこでトリシーさんが言った。

見るって何だ?手鏡でもあるのか?だけどそんなんじゃ、全体像は…


「失礼しますね。」


ん?

そこでおもむろに歩み寄ったのは、今までアシスタントをやっていた

ルソナさんだった。え、ここで彼女が出て来るのか。いったい何を…


次の瞬間。


シュン!


ローナの斜め前に立っていた彼女の姿が、ローナのそれに変化した。

それも今この瞬間、散髪の途中の姿にだ。さすがのローナも、これには

目を丸くしていた。


「いかがですか?」


ニッと笑ってそう告げ、ルソナさんは姿勢を正した。そしてそのまま、

ゆっくりと一回転する。


「ああ…なるほどね。イイ感じかも。もうちょい短くてもいいかな?」

「承知しました。」


それを聞いたトリシーさんが、再びハサミを入れ始める。その間に、

ルソナさんは元の姿に戻っていた。


「なるほどね」の言葉が、頭の中できれいに被っていた。


そういう手があったか。

ルソナさんは、自分が目にしている相手の姿に一瞬で変身できる。

それこそが彼女の天恵だ。しかも、年齢性別などはいっさい問わない。

姿だけなら、どんな人物でも完璧にコピーする事ができるのである。

ちなみに、変身後は声も真似る事ができるようになる。


つまり、散髪中の相手の途中経過を実物で見せる事ができるって話だ。

鏡で見るのとは違い、反転しない。しかも、普通なら見る事が出来ない

「後ろ」まできっちり確認できる。他では決して真似できない見本だ。


そうか。

そういう事なんだな。



視線を交わした俺とネミルは、ほぼ同時にフッと笑った。


================================


初めて会った時、ルソナさんは迷子になっていた。

【変身】という厄介な天恵を得たがために、父親との関係が壊れて。

自分自身の姿も居場所さえも失い、俺たちの店まで流れてきていた。

彼女はあの時、確かに自分の天恵に呪われているように見えた。


でも今は違う。


トリシーさんと出会った事により、彼女は自分なりの天恵の使い方を

こんな形で見出した。もちろんその用途を考えたのが誰かは知らない。

本人かも知れないし、トリシーさんなのかも知れない。別の誰かという

可能性もある。正直、そこはあまり重要じゃないだろう。


大切なのは、それをきっちりと実践できているという事実だ。

他人の姿に変身できるというのは、想像以上に重い意味を持つ能力だ。

当然、悪用などもすぐ思い浮かぶ。実際【変身】の天恵持ちの中には、

それを用いた犯罪者も多かった…と資料にも書かれていたっけ。

天恵宣告が廃れたこの現代でさえ、その力は後ろ指差されがちだろう。


しかしルソナさんは、こういう形で自分の天恵と仲直りが出来たんだ。

俺たちは間違いなく、その仲直りの下支えをする事が出来た。


ミズレリ・テートは、自分の天恵と一緒に死んだ。その人生には一体、

何が残っただろうか。今となってはもう、モリエナにさえ分からない。

彼女はおそらく、教皇女の姿のまま葬られたのだろう。


何が違ったのだろうか。

同じ天恵を得た二人に生き方には、どんな決定的な違いがあったのか。

もう、俺たちに分かる日は来ない。けどひとつだけ、確かな事がある。


天恵は、運命までもがんじがらめにする呪いじゃないって事だ。

たとえ特殊なものだったとしても、どう活かすのかは本当に自分次第。

そこに関しては、ローナもそれほど明確な見解などは持っていない。

得た天恵は好きに使えと、そういう信条を貫いている。


だからこそ、今のルソナさんの姿は尊い。

笑顔で話す相手がローナだという、その妙な事実もまた何だか嬉しい。

少なくとも彼女には、ミズレリとは違う「未来」があるんだと思える。

そんな当たり前が、今は嬉しい。

出発日の出来事であると考えれば、本当に幸先のいい門出だ。


かくして、散髪は無事に終了した。



うん。

似合ってるぜローナ。

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