いざ開店を目指せ
水飲んでひと息ついて、再び運転…という気分にどうしてもなれない。
我ながら情けないけど、車酔いってやつは慣れないとかなりキツイ。
オトノはもうすぐそこなんだけど、そのあと少しが気分的に遠い。
『まあ仕方ないね。んじゃ、後からゆっくり追いかけてきてよ。』
「は?」
ガコン!
どうやってと問う間もなく、車体の後部が機械的な音と共に開いた。
そこから斜めの板がスルスル伸び、あっという間に地面に着く。
『発進!』
「え?何が…」
まともに考える間もありゃしない。
そこから降りてきたのは、青緑色に輝くフレームを持つ自転車だった。
誰も乗っていないのに、バランスを保ったまま接地。そして方向を変え
俺とネミルの目の前で停止した。
『好きでしょ?自転車。』
「ああ、うん。まあ…」
「っていうか、どこに積んでたの?こんな自転車…」
『たった今組んだ。出来立てよ。』
「え?」
そりゃ見覚えないはずだ。ってか、無駄にカッコいい自転車だなコレ。
変速機能らしきものはないけれど、サスペンションに凝りまくってる。
で、初めから二人乗り仕様なのか。
『初代GD-X。これ使って。』
「あ、ああ。」
『少数の分体が中にいるから、ナビ機能も付いてる。使い終わった後は
ちゃんと処分できるから。』
「そんじゃ、後でねー。」
「え!?」
唐突にタイヤが回り出す。あわてて運転席に目をやると、いつの間にか
ローナが座ってハンドル握ってる。おい何やってんだ無免!
「平気平気。これ自動運転だから。形だけの運転手役よ。じゃねー。」
「ちょっとー!」
慌てる俺とネミルをその場に残し、オラクモービルは走り去った。
「追うぞ乗れ!」
「え?あ、うん。」
完全に置いてけぼりだ。とにかく、早く追っかけて街に入らないと!
ネミルが後ろのサドルに跨ったのを確かめ、一気にペダルを踏み込む。
おお。
いいなぁこの抜群の乗り心地。
いやいや、今は合流が最優先だろ。堪能するのはまた今度にしないと。
いつの間にか、俺もネミルも完全に車酔いを忘れていた。
荒療治だなあ、本当に。
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ドタバタはあったものの、どうにかオトノの街に到着。
ナビのおかげで、問題なく先行したオラクモービルと合流できた。
ちなみにナビとは、ハンドル前部にくっついている矢印型のパーツだ。
これがコンパスのように方向を示すという、実にシンプルな代物。
『簡単でいいのよ、こんなのは。』
ごもっともですね。
と言うかこの自転車、気に入った。
で、それはさておき。
「思ったほど人はいないわね。」
「まあ、前日だからな。」
駐車場の隅にオラクモービルを停車させ、俺たちは人通りを見やった。
行き交う人は多いものの、やっぱりお祭り本番と比べると少なめだ。
そして、行き交う人たちはほとんどお祭りの参加者か関係者だろう。
「どっちかと言うと、今日は下手に来ると準備の邪魔になるだけだ。
そのあたりは不文律だろうな。」
「なるほどね。」
『で、どうするの?』
タカネがスピーカー越しに問う。
『参加するのか、それとも来訪者として祭りを満喫するのか。あたしは
どっちでもいいけどね。』
「せっかくだから参加しよう。」
迷わず答えた。
「満喫」って表現には語弊がある。明日は大勢がここに来るんだから、
その中にロナモロス教団の関係者がいないか探す予定だ。間違っても、
楽しんだだけで終わる気はない。
そしてやっぱり、可能なら参加してみたいというのは本音だ。
せっかくこんな車を用意したんだ。デビューの場としては申し分ない。
酔いも収まったし。
「とりあえず、運営を訪ねて参加の可否を聞いてこよう。何をするにも
まずはそれからだ。」
『そうね。』
「よおし、んじゃ行こうか。」
「お留守番よろしく。」
『ええ。気をつけてね。』
言葉を交わし、俺たち三人は揃って降りた。留守番はタカネに任せる。
「よーし。」
ネミルが、襟元を探って指輪を取り出す。おお、気合い入ってるな。
「どこに誰が潜んでいるかなんて、分からないからね。」
「いい心がけね。」
指輪をはめるネミルを見守りつつ、ローナがそう言って小さく笑う。
そう。
仕事で来たのも事実だけど、俺たちにはそれ以上に切実な目的がある。
この人込みの中に、ロナモロス教の人間がいる可能性も否定できない。
だったら、こういった場面では常に臨戦態勢でいる気構えも必要だ。
「あたしもちょい気を入れよう。」
そう呟いたローナが、一度メガネを外してかけ直す。
二人のそんな姿に、俺は何とも言えない独特の感慨を抱いていた。
型破りな指輪の力を持つ神託師と、人の体を得た恵神ローナ本人か。
どういう組み合わせなんだ、これ。
まあいいさ。
かくいう俺だって、肩書なら負けてない。何たって魔王なんだから。
ああ、何だかちょっとテンションが上がってきた気がする。車酔いには
少し参ってたけど、いよいよというこの高揚は悪くない。
色んな意味で、ここがスタートだ。