値千金の天恵
気付けばもう、夕方が近かった。
「そろそろ諦めるか、ネミル?」
「うん…」
何と言うか、もはや指輪の力の証明なんてどうでもいい。そんな心境に
至った自分が少しばかり可笑しい。と言っても、飽きたとか疲れたとか
そういうネガティブ心理だけでそう思ったわけじゃない。
今日、このベンチに陣取って半日。ひたすら道往く人々の天恵を見た。
ちゃんとカウントしたわけじゃないけど、少なく見ても千人超えてる。
最後の方はもう、見た瞬間に天恵の文字を浮かばせられるほど、発動が
速くなった。やっぱりどんな事でも練習って大事だね。
…結局、そこまで粘っても目ぼしい天恵はひとつも見いだせなかった。
休みの日をつぶしてまで、あたしは何をやってたんだかなぁ。
「でも何か、憑き物が落ちたような顔になってるぞ。」
「そう?…まあ、そうかもね。」
笑いながらトランに応え、あたしは何となくその言葉に納得していた。
憑き物が落ちた、か。
そうかもね。
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「…ホント、天恵って地味なものが多いよね。」
「そういうもんじゃないのか?」
「うん、そうだと思う。」
つくづくそう思う。理屈じゃなく、今日のこの体験で実感した。
15歳になると神から与えられる、その人だけの特殊な力。
それだけ聞けば、どれほど凄いものかと胸躍るだろう。もしかすると、
世界を変えられるかも!…とかね。
でも実際のところ、そんな凄い力がホイホイ授けられる世界なんてのは
成り立つわけがない。戦争の趨勢が一人の能力に左右されたりしたら、
間違いなく国家が滅茶苦茶になる。万能に近い力が大勢の手に渡れば、
みんなまともに社会を維持しよう…なんて考えなくなる。先に待つのは
破滅だけだ。そんな不毛な未来を、恵神ローナが望むわけがない。
結局のところ、天恵ってその程度のものだ。そしてその程度だからこそ
世界の理を壊したりしなかったし、皆が望まなくなって廃れもした。
今日だってそう。いくら農業の天恵を得ても、それが会社員なら何にも
意味がない。持ってても無駄なだけだろう。いっそ知らずに終わる方が
気楽だとさえ思う。まあ勝手な想像ではあるけど、
これで良かったんだろう。
指輪の力は思わぬ副産物だけれど、無理に使う事もない。って言うか、
そもそも恵神ローナへの背信だろと言われれば反論できない。…正直、
ちょっと舞い上がり過ぎじゃないかと思わなくもないし。
「もうちょっとしたら、帰ろう。」
「ああ。いい休日になったぜ。」
「ありがと!」
そう行ってくれるトランの気持ちは素直に嬉しい。なんだかんだ言って
しばらく忙しかったし、いい休養日になったと思っておこう。
「…それじゃ、最後に一人だけ見て終わりにするね。」
「おう。」
もう、ここまで来たら適当でいい。雑踏の方に目を向け、誰にともなく
狙いをつける。もはや、この程度で拾えるようになった。実に想定外な
成長と言うべきか…あ、来た来た。なになに?ええっと天恵は…
………………
え?
【錬金術】?
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「…何だと?」
さすがにトランの目の色が変わる。いや、多分あたしも変わってる。
「錬金術ってのはアレだよな、確か他の物質を金に変えるとかいう…」
「や、やってみる。」
何だか分からないうちに、あたしは落ちていた黒い石を手に取った。
それを握り、己の中に宿った天恵に意識を集中する。この感覚は既に
身についている。確かこれで…
キュイン!
おそらくあたしだけに聞こえる音が小さく響き、手の中の石がいきなり
小さくなった。これ、もしかして…
恐るおそる開いた手の中に、小さな金色の塊があった。
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「…マジかよ。」
その小さな金の塊を摘まみ上げて、トランがうめくように言った。
「あの石がこの金になったのか?」
「そう…みたい…ね。」
自分でも起きた事が信じられない。ニロアナさんの読心もかなりレアな
天恵だったけど、これは比べものにならないくらいぶっ飛んでる。
「こ、この力があれば、大金持ちになれるかも…」
「………………」
うわあ悪い顔。いや、あたしもか。
「…ぬフフフフフフ。」
お互い変な笑い声を上げてしまう。ああ、なんか憶えがあるなこれ…
「いやちょっと待てよ。この天恵、そもそも誰のものなんだ?」
「え?」
そう言われて、ハッと我に返った。そう言えば、誰なのかハッキリとは
認識しないまま見て…
「ああっしまった!それ確認しとかないと…!!」
あわてて向き直ったけど、時すでに遅し。あの時の人込みはもうない。
つまり指輪を外せば、この錬金術の天恵は抜けてしまうわけで…
「どっ、どうしよ!!」
「…どうもしねえよ。」
「え?」
「ちょっと頭冷やそうぜ、なあ?」
トランは苦笑いを浮かべていた。
…うん。
おっしゃる通りですね。
あたしも笑うしかなかった。
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結局、あの後すぐに指輪は外した。もちろん錬金術の天恵も消えた。
それでいいと、恥ずかしくなりつつ二人で笑った。どうもあたしたち、
金儲けの匂いがするとおかしくなる傾向があるなあ。…気をつけよう。
勢いで作ってしまった金の小粒は、そのまま記念に持って帰った。
とりあえず、指輪の力の証明という目的は果たせた。もうそれでいい。
あたしは神託師であって、天恵泥棒なんかになってはいけない。
よほど必要にならない限り、こんな特異な力を使うべきじゃない。
この金は自戒のための印にしよう。
「…ま、爺ちゃんの遺した形見だと思っとけよ。」
「うん。」
さんざん騒いだけど、そんな感じでいいよね。
ねえ、お爺ちゃん。
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翌日もよく晴れた。
「いらっしゃいませ!…あ、どうもマセザさんこんにちは。」
「こんにちは。」
昨日見かけた時より、やっぱり仕事の服装はずっと地味なんだなあ。
あ、そうそう。
「いつもありがとうございます。」
「え?いえいえ。そんな」
「これ、ほんの気持ちです。」
「え?…い、いいの?」
「もちろん。末永くご贔屓に。」
「そ、それはもちろん!」
とっときのケーキをサービスする。この人は甘いもの好きだからね。
これからも常連でいてもらいたい。
少なくとも、あたしがトランと結婚する日までは。
【夜のテクニック】
それがこの人の天恵。
恵神ローナの正気を疑いたくなったけど、あたしにとっては値千金だ。
その時が来たら使わせてもらおう。待ってろよトラン。
…いいよね、そのくらい?