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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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値千金の天恵

気付けばもう、夕方が近かった。


「そろそろ諦めるか、ネミル?」

「うん…」


何と言うか、もはや指輪の力の証明なんてどうでもいい。そんな心境に

至った自分が少しばかり可笑しい。と言っても、飽きたとか疲れたとか

そういうネガティブ心理だけでそう思ったわけじゃない。


今日、このベンチに陣取って半日。ひたすら道往く人々の天恵を見た。

ちゃんとカウントしたわけじゃないけど、少なく見ても千人超えてる。

最後の方はもう、見た瞬間に天恵の文字を浮かばせられるほど、発動が

速くなった。やっぱりどんな事でも練習って大事だね。

…結局、そこまで粘っても目ぼしい天恵はひとつも見いだせなかった。

休みの日をつぶしてまで、あたしは何をやってたんだかなぁ。


「でも何か、憑き物が落ちたような顔になってるぞ。」

「そう?…まあ、そうかもね。」


笑いながらトランに応え、あたしは何となくその言葉に納得していた。

憑き物が落ちた、か。


そうかもね。


================================


「…ホント、天恵って地味なものが多いよね。」

「そういうもんじゃないのか?」

「うん、そうだと思う。」


つくづくそう思う。理屈じゃなく、今日のこの体験で実感した。


15歳になると神から与えられる、その人だけの特殊な力。

それだけ聞けば、どれほど凄いものかと胸躍るだろう。もしかすると、

世界を変えられるかも!…とかね。

でも実際のところ、そんな凄い力がホイホイ授けられる世界なんてのは

成り立つわけがない。戦争の趨勢が一人の能力に左右されたりしたら、

間違いなく国家が滅茶苦茶になる。万能に近い力が大勢の手に渡れば、

みんなまともに社会を維持しよう…なんて考えなくなる。先に待つのは

破滅だけだ。そんな不毛な未来を、恵神ローナが望むわけがない。


結局のところ、天恵ってその程度のものだ。そしてその程度だからこそ

世界の理を壊したりしなかったし、皆が望まなくなって廃れもした。

今日だってそう。いくら農業の天恵を得ても、それが会社員なら何にも

意味がない。持ってても無駄なだけだろう。いっそ知らずに終わる方が

気楽だとさえ思う。まあ勝手な想像ではあるけど、


これで良かったんだろう。

指輪の力は思わぬ副産物だけれど、無理に使う事もない。って言うか、

そもそも恵神ローナへの背信だろと言われれば反論できない。…正直、

ちょっと舞い上がり過ぎじゃないかと思わなくもないし。


「もうちょっとしたら、帰ろう。」

「ああ。いい休日になったぜ。」

「ありがと!」


そう行ってくれるトランの気持ちは素直に嬉しい。なんだかんだ言って

しばらく忙しかったし、いい休養日になったと思っておこう。


「…それじゃ、最後に一人だけ見て終わりにするね。」

「おう。」


もう、ここまで来たら適当でいい。雑踏の方に目を向け、誰にともなく

狙いをつける。もはや、この程度で拾えるようになった。実に想定外な

成長と言うべきか…あ、来た来た。なになに?ええっと天恵は…


………………

え?


【錬金術】?


================================


「…何だと?」


さすがにトランの目の色が変わる。いや、多分あたしも変わってる。


「錬金術ってのはアレだよな、確か他の物質を金に変えるとかいう…」

「や、やってみる。」


何だか分からないうちに、あたしは落ちていた黒い石を手に取った。

それを握り、己の中に宿った天恵に意識を集中する。この感覚は既に

身についている。確かこれで…


キュイン!


おそらくあたしだけに聞こえる音が小さく響き、手の中の石がいきなり

小さくなった。これ、もしかして…



恐るおそる開いた手の中に、小さな金色の塊があった。


================================


「…マジかよ。」


その小さな金の塊を摘まみ上げて、トランがうめくように言った。


「あの石がこの金になったのか?」

「そう…みたい…ね。」


自分でも起きた事が信じられない。ニロアナさんの読心もかなりレアな

天恵だったけど、これは比べものにならないくらいぶっ飛んでる。


「こ、この力があれば、大金持ちになれるかも…」

「………………」


うわあ悪い顔。いや、あたしもか。


「…ぬフフフフフフ。」


お互い変な笑い声を上げてしまう。ああ、なんか憶えがあるなこれ…


「いやちょっと待てよ。この天恵、そもそも誰のものなんだ?」

「え?」


そう言われて、ハッと我に返った。そう言えば、誰なのかハッキリとは

認識しないまま見て…


「ああっしまった!それ確認しとかないと…!!」


あわてて向き直ったけど、時すでに遅し。あの時の人込みはもうない。

つまり指輪を外せば、この錬金術の天恵は抜けてしまうわけで…


「どっ、どうしよ!!」

「…どうもしねえよ。」

「え?」


「ちょっと頭冷やそうぜ、なあ?」


トランは苦笑いを浮かべていた。

…うん。

おっしゃる通りですね。



あたしも笑うしかなかった。


================================


結局、あの後すぐに指輪は外した。もちろん錬金術の天恵も消えた。

それでいいと、恥ずかしくなりつつ二人で笑った。どうもあたしたち、

金儲けの匂いがするとおかしくなる傾向があるなあ。…気をつけよう。

勢いで作ってしまった金の小粒は、そのまま記念に持って帰った。

とりあえず、指輪の力の証明という目的は果たせた。もうそれでいい。


あたしは神託師であって、天恵泥棒なんかになってはいけない。

よほど必要にならない限り、こんな特異な力を使うべきじゃない。

この金は自戒のための印にしよう。


「…ま、爺ちゃんの遺した形見だと思っとけよ。」

「うん。」


さんざん騒いだけど、そんな感じでいいよね。

ねえ、お爺ちゃん。


================================


翌日もよく晴れた。


「いらっしゃいませ!…あ、どうもマセザさんこんにちは。」

「こんにちは。」


昨日見かけた時より、やっぱり仕事の服装はずっと地味なんだなあ。

あ、そうそう。


「いつもありがとうございます。」

「え?いえいえ。そんな」

「これ、ほんの気持ちです。」

「え?…い、いいの?」

「もちろん。末永くご贔屓に。」

「そ、それはもちろん!」


とっときのケーキをサービスする。この人は甘いもの好きだからね。

これからも常連でいてもらいたい。

少なくとも、あたしがトランと結婚する日までは。


【夜のテクニック】


それがこの人の天恵。

恵神ローナの正気を疑いたくなったけど、あたしにとっては値千金だ。

その時が来たら使わせてもらおう。待ってろよトラン。



…いいよね、そのくらい?

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