ディナの特ダネ
悪いな姉ちゃん。
何もかも当日のカミングアウトで。
「あーもう!いきなりそんな話!」
テンパるディナの百面相に、ほんの少し申し訳なさを覚えた。いや、
ほんの少しかよ。俺もいいかげん、規格外たちに染まってきたかな。
あるいは魔王らしくなったか…
「それで何をするって!?」
「キッチンカーの二号店を作った。で、それで移動店舗をやる。」
「キッチンカー?…つまり自動車にキッチンがくっついてるの!?」
「そう。さっきのアレだ。」
「あんな小さなトラックが!?バカ言わないでよ!」
チリリン!
問答の間に、ポーニーが入口ドアを開けていた。
「とりあえず、見てみて下さい。」
「いや、さっき見たわよ。ってか、家からここまで…」
「いいからいいから。」
促されたディナは、胡散臭そうな顔になりつつ店の外に出る。俺たちも
その後に続いた。
そして。
「えっ…!!」
絶句したディナがどんな顔になっているかは、背中を見てすら判った。
目の前にドンと鎮座する、さっきと全然違う車の威容。
「……な、何これ?」
「言ったろ、キッチンカーだよ。」
「ええぇ…」
うん、何を言えばいいか分からないその感覚、十分過ぎるほど分かる。
形になった直後には、俺たちも同じようなリアクションしてたから。
型式番号『GD-X・FT』。
通称は『オラクモービル』。
さっきディナたちを乗せたトラックは、トレーラーヘッドのような形で
前部を形成している。と言っても、通常のような牽引方式じゃない。
後部が完全に合体…ってか融合している状態なので、極端に頭の小さい
大型トラックみたいになっている。そんなに前後に長くはないけど。
そして後部、つまりキッチン部。
いわゆる箱型であり、今の状態では出っ張ってる部分はほとんどない。
ヒンジを使った展開方式で、開店と共に大きく開くようになっている。
移動中は目立ちたくないので、この状態ではいたって地味な外観だ。
それでも醸し出す、圧倒的なまでの存在感。そして拭えぬ場違い感。
あらためて人に見せると、何となく恥ずかしくなるのは否めない。
まあ、そこは開き直るしかない。
「…これがお店になるの?」
「そうだ。」
「中に全部揃ってるの?つまり調理器具とかテーブルとかも…」
「もちろん揃ってる。ついでに言うなら、生活スペースもあるぜ。」
「生活って、まさか寝泊まりできる構造になってるの?」
「ああ。日帰りする気はないから、ちゃんとそこは揃えてる。もちろん
二人分が限界だけど。」
…………………………
「凄いじゃんこれ!!」
よし、釣れた!
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完成まで誰にも言わなかった理由。もちろんそれは色々とある。
だけど一番はやっぱり、他でもないディナを味方につけたかったから。
それが何よりも重要だった。
息子を隔日で預かっている立場で、こんな無茶を言い出すのは悪手だ。
先に口だけで説明していたら、絶対反対されていただろうと思う。
いや、俺だってそんな話を聞けば、相手が誰だろうと心配が先に立つ。
だからこそ、現物を前にして説明をしたかったんだ。
俺は、ディナの性格を知っている。生来のそれに加え、雑誌記者という
仕事も相まって実に好奇心旺盛だ。気になればとことん深堀りを狙う。
だから今も、産休中にもかかわらず仕事の補佐を引き受けているんだ。
そしてまさに今関わっているネタと言えば、キナ臭いものばかり。
うんざりすると、仕事帰りの一服で愚痴っている姿も何度も見ている。
そりゃそうだろう。誰が好き好んでそんな話ばっかり追いたいもんか。
そこまで聞いていれば、俺たちにも方針ってものが見えてくる。
要するに、このキッチンカー自体をディナの記事ネタにすればいい。
ローナもタカネも、まだこの世界にキッチンカーはないと口を揃えた。
神が言ってるんだから間違いない。だったら、それなりの特ダネだ。
独占取材をエサに、事後報告という悪印象を帳消しにする。
うん、上手く行ったみたいだ。
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「じゃあ、それでいいよな?」
「独占だからね。分かってるよね?他に話をするんじゃないよ!」
「分かってる分かってる。」
思った以上に釘を刺されたけれど、ディナはむしろ満足げだった。
うまく流れに乗せ、本店のメンバーがフレドの世話をするという話にも
OKがもらえた。…我が姉ながら、実に単純な人物である。大助かり。
とは言っても、いきなり出発前から記事にされるのは困る。そもそも、
本来の目的を考えれば無駄に目立つのは避けたい。その点は譲れない。
てなわけで、まずは実際に営業して様子を見てから、って話になった。
向かう先で注目されるかも知れないけど、そこで取材などは受けない。
道中記をしっかり残しておき、後で機を見てディナが雑誌で特集する。
もし誰にも見向きもされなかったとしても、扱わなければいいだけだ。
何度も言うようだけど、俺たちには有名になりたいという野心はない。
ネイル・コールデンを探し出せればそれでいい。店は単なる手段だ。
何もかも手探りなのは、最初の店の時と同じ。だからあまり先読みは
しないでおきたい。
「意外に堅実ね。まあ実際、上手く行こうと行くまいと記事にはする。
記録だけは忘れないでよ。」
「了解。あ、父さんたちへの説明は頼んでいいか?」
「してないの?しょうがないなあ。頼まれてやろう。感謝しなさい。」
「ありがとうございます。」
「ぬふふん。よろしい。」
扱いやすい姉で助かった。
どうにかなりそうだ。
よし。
んじゃ出発だ!