キッチンカーを作ろう・9
ずっと、自分の事が嫌いだった。
同じように、自分の得た天恵も嫌いだった。使うたび気が滅入った。
言い訳ばかり繰り返す己に見切りをつけ、あたしはどちらも捨てた。
モリエナ・パルミーゼという自分。
そして【共転移】という天恵。
過去を捨て、見た目を変え、そして自分の中の奥深くに天恵を封じた。
ランドレさんと同じく、もう二度と使わないでおこうと固く誓った。
でも。
それは、数日前までの話だ。
あたしの生き方は変わった。だからもう、変わる前の誓いは無視する。
人生って、ホント分からないなあ。
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翌朝。
今日だけは皆さんかなり早起きだ。というのも、店を開ける前に実験を
終わらせてしまいたいから。むろんあたしも、誰より早く起きた。
まずは、キッチンカーを作っている教会跡へ。あたしは行くのはこれが
初めてだけれど、実際に手伝ったりするわけじゃない。あたしの役目は
まったく違うところにある。というわけで、トラックの助手席に乗る。
外から見た印象よりは、少し広い。それでも二人乗りが精一杯だ。
素っ気ない内装だけど、これは今後改造していくって事なんだろうね。
よし憶えた。
特に何をするというわけでもなく、そのまま車を降りる。
「よし、じゃあ行ってくる。」
代わりに乗り込んだトランさんが、そう言ってあたしに視線を向けた。
「ま、大体1時間くらいと思っててくれ。電話するから。」
「了解です!」
お気をつけて。
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外に出ると、まだ暗かった。入る時確かにあった鉄棒が消えている。
そこから、あたしたちを追い越す形でトラックがゆっくりと出ていく。
ライトをつけて走って行くその姿を見送り、あたしは背中を伸ばした。
気負っても仕方ない。
出来る事をやるだけだ。
「じゃ、店に戻ろうか。」
「はい。」
「トラン抜きで店開けるの?」
「ええ。どっちみち間に合わないと思いますから。」
ネミルさんとあたし、そしてローナ様の三人で薄暗い道を歩いて戻る。
こんな早い時間に外を歩いたのは、いつ以来だったかなあ。
トラックには、トランさんとタカネさんが相乗りしていった。
どこまで行くのかは知らない。いや本人たちもよく分かっていない。
どちらかというと、決めてないって感じだ。ハンドルの赴くままの旅。
旅ってほど大げさじゃないけど。
行き先は、不明なほどいい。
それこそがこの実験の目的だから。
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外がすっかり明るくなり、もうすぐ開店となった1時間半後。
ジリリリン!!
待ちかねていたベルが鳴り響いた。電話の前で待機していたあたしは、
素早く受話器を取る。
「もしもし!?」
『いいぜ。停車したから頼むよ。』
「はいっ!」
ごく短い通話を終えて電話を切り、あたしはネミルさんに向き直った。
その間に腕輪のユニットが外れる。さすがにもう慣れた。
「じゃ、やってみます。」
「無理しないでね。」
「ありがとうございます。」
その気遣いには感謝しかないけど、感覚で分かる。これまで幾度となく
繰り返してきた経験に根差した感覚が、結果を雄弁に語りかけてくる。
大丈夫だ、いけると。
よし。
「行ってきます!」
「いってらっしゃ」
シュン!
聞き終える前に、天恵は発動した。
忌まわしいと思っていた、あたしの【共転移】が。
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ガン!
「あいた!」
天井に頭ぶつけた!
だけどその瞬間、あたしは痛みより達成感でいっぱいだった。
ついさっき座ったシートの感触が、お尻と背中にある。間違いない。
トラックの助手席だここは!
「来れたか。」
「いけました!!」
外に立っていたらしいトランさんの呼びかけに答え、あたしは笑った。
どんなもんだと、心の中で叫んだ。
「やったじゃない。」
トランさんのすぐ隣で、タカネさんも嬉しそうに笑っている。
ええ、やりましたとも。
それで…
ここ、どこですか?
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あたしの天恵【共転移】は、過去に自分が行った事のある場所にしか
転移する事が出来ない能力だ。この制約があったから、以前はあちこち
引きずり回されていたっけ。カイの【共転送】と併せて、本当に色々な
場所へ人や物を運んでいた。
ちなみにこの能力で乗物の中に転移するのは、きわめて危険な行為だ。
かなりの速度で動いている関係上、転着した瞬間に怪我をする可能性が
きわめて高い。あたしにとっては、絶対の禁忌と言ってもよかった。
だけどそれは、以前までの話だ。
キッチンカーを作る中、タカネさんがこのあたしに尋ねたのはひとつ。
「乗り物の中っていうのは、過去に行った場所として登録できるの?」
「ええ、出来ると思いますけど…」
そう答えた瞬間、タカネさんの質問の意図がはっきり分かった。
常識に囚われないその考え方には、少なからず感服した。
あたしは、タカネさんと一緒に転移すると頭に凄まじい負担がかかる。
3000年に近い記憶の一部分を、強制的に読み取ってしまうからだ。
だから右手の治療が一段落するのを見計らい、分体が離脱するための
腕輪型ユニットが着けられた。
そしてあたしは、トラックの助手席を「行った事のある場所」として
憶えた。あくまでそこに行くだけで、トラック自体がどこにいるのかは
あえて考えない。どこにいようと、助手席目掛けて共転移する。
出来ると信じて疑わなかった。
大嫌いだった自分の天恵を、今一度信じてみる事にした。
結果はこの通りだ。
よっしゃ!
あたしは、まだまだやれる。
そう。
皆さんの役に立てるんだ!