キッチンカーを作ろう・8
「確かめたい事?」
そろそろ日も傾き、平時の閉店時間が近くなってきていた。そんな中、
俺たちは店に集っている。
怪訝そうな声を上げたのは、手早く片づけを済ませたモリエナだった。
うん、なかなか手際がいい。何ならネミルより…って、それはないか。
「そう。」
そう答え、タカネはモリエナの顔をじっと見据える。
「何と言うか、昨日の内に済ませておけばとも思うんですけど。」
「確かに…。」
なおも怪訝そうなモリエナのひと言に、ランドレさんも同意した。
確かにその通りだ。今日から改造をするって事は決まってたんだから、
想定していたなら昨日の内に聞いておいた方が早い。俺もそう思う。
けど、俺たちはもうタカネからその理由を聞いている。切実な理由を。
「ええ。最初から想定はしていた。…だけど、出来ればギリギリまで
後回しにしたかったのよね。」
「…そうなんですか。」
そうなんだよ。
まあ、とりあえず話を聞いてくれ。
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「右手はどんな感じ?」
「え?ええ、おかげさまで。」
唐突な問いにキョトンとしつつも、モリエナは右手首を回して答えた。
「まだ少し違和感はありますけど、痛みは取れました。お仕事にも、
ほぼ影響ありません。」
「まあ、昨日から分体が治療と機能代行に専念してるからね。」
「ありがとうございます。」
腕が千切れたのが一昨日だった事を考えれば、凄まじい治療効果だ。
もちろん、完治したというわけじゃないらしいけど。
「それじゃ、本当の意味での現状を確認させてもらうね。」
「本当の意味…?」
「そう。」
答えたタカネが、モリエナの手首を指差して告げる。
「今からちょっとの間、そこにいるあたしの分体が仕事の手を止める。
つまり、機能代行とかをしなくなるって事よ。少しだけ我慢してね。」
「え?…あ、はい。」
「じゃ行くよ。」
…………………………
一瞬の沈黙ののち。
「あ痛!」
不思議そうなモリエナの顔が歪み、反射的に反対の手で手首を抑える。
よく見ると、指も震えていた。
「どう?動かせる?」
「…何とか動かせますけど、あまり力が入れられません。それと手首を
動かすと、かなり痛いです。」
見るからに痛そうなその姿に、俺は薄情ながら納得の顔になっていた。
そりゃそうだ。あれほど重傷だったのに、そんなすぐ治るわけがない。
それこそ【治癒】の天恵がないと。むしろ、今の姿こそが正常だろう。
繋がってるのさえ奇跡なんだから。
「…とりあえず、神経とか腱とかはちゃんと繋がったみたいね。まあ、
痛いのは当然よ。」
「はい…痛ぁ…………………」
「早く戻してあげて下さいよ。」
「ちょっと待って。」
ランドレさんの訴えを軽く流して、タカネはモリエナに向き直った。
「じゃあ、そのままちょっとじっとしててね。」
「?…はい…………………え!?」
キュイン!
痛そうに掲げていた彼女の手首を、一瞬で現出した何かが包み込んだ。
アイボリーカラーのそれは、滑らかな表面を持つ腕輪状の物体だった。
「な、何ですかコレ!?」
「固定用の装具。軟素材のギプスだと思ってくれればいいよ。」
「軟素材…」
目を見開いたモリエナが、左の指でこわごわとその表面を押す。確かに
押された部分がかすかに凹んだのが見えた。どんな素材なんだろうか?
「どんな感じ?」
「え?あ、だいぶ楽になりました。手首が動かないから痛みませんね。
指を動かした分の痛みは、あんまり変わりませんけど。」
傍目にも判る。手首を固定した事で痛みが和らいだんだろう。外科的な
処置として基本かつ確実な手法だ。…まあ、具体的にどうやったのかは
サッパリ分からないけど。素材も、詳しく訊かない方がいい気がする。
「それじゃあ…」
わきわきと指の動きを確認していたモリエナが、やがてタカネに問う。
「今後は、これで様子を見ろという事ですか?内的な補助は無しで…」
「違うよ。」
「え?」
「固定したと言っても、それじゃあ店の手伝いなんかできないでしょ?
完治するまで補助は続けるよ。」
「え…じゃあ、どうして…」
「上の面を見てみて。丸いパーツがあるの、分かる?」
「ええっと…あ、これですか。」
俺たちからも見えた。
手の甲側に、腕時計みたいな円形のパーツが確かに埋め込まれている。
ただし色は腕輪部とほぼ同じだし、表面も同様にのっぺりとしている。
少なくとも、時計じゃないって事は確かだ。
「何ですか、これ?」
「離脱用ユニット。」
「へ?」
「いったん補助を戻すよ。」
「あ、はい…うん、戻りました。」
置いてけぼりのモリエナが、右手の指を勢いよく動かした。どうやら、
痛みも消えているらしい。何だか、マイルドな人体実験みたいだな。
「説明するよりやってみるね。」
「な、何をですか?」
「離脱よ。」
「え、だから何を…」
パシュン!!
「わっ!!」
前触れもなく、腕輪の円形パーツが小さな音と共に弾け飛んだ。
テーブルの上に落下した「それ」の下部から、黒い足のようなものが
数本生えて素早く動き回る。
控えめに言って、もし全体が黒なら飲食店の敵にしか見えない姿だ。
モリエナもランドレさんも、仲良く顔を引きつらせていた。
「…何ですかこれ?」
「腕はどう?」
「え?…あ痛たたた!」
タカネに問われた直後、モリエナがまた痛がる声を上げた。
どうやら、またさっきまでの痛みが戻って来たらしい。
「ど、どういう事ですか!」
「分かんない?」
「え?ええっと…その…わあっ!!」
考え込むモリエナの腕に、離脱したあのパーツが素早く這い上がった。
払いのけようとする間すらもなく、それは元の場所に戻って融合する。
「何ですか何ですかぁ…ってあれ?痛みが無くなった…」
「つまり、そういう事よ。」
「え?…え、まさかこの中に?」
「そう。その手首の中にいる分体が全て移動して、離脱したって事。」
そう言って、タカネはニッと笑う。
「少なくとも、そういう事が出来るくらいには回復したからね。」
「…そういう事ですか。」
ようやく理解したらしい。
あたふた振り回されるばかりだったモリエナも、呆れたように笑う。
そういう事なんだよ。
まだまだ完治には至らないけれど、少なくとも右手は無事に繋がった。
必ずしも、タカネの分体による補助を受けなくてもいい程度には。
なら、君にはやってもらいたい事がある。
短時間であれば、タカネが離脱していいくらいまで回復したからこそ。
タカネが体内にいると出来ない事をやってもらいたい。
それは二号店に絶対必要な要素だ。
でもまあ、言いたい事は分かるよ。
あの動きは気色悪いよな、うん。