キッチンカーを作ろう・4
翌朝。
「痛てっ!!」
毛布にくるまったまま、俺は床へと転げ落ちた。
目を開けてみれば、さすがにかなり見慣れてきた感のある店の天井。
「ごめんごめん気が付かなくて。」
そんな事を言って、タカネが俺用にベッドを一瞬で作ってくれた。
いくら何でも、店主が床で寝るのは忍びないという話らしい。…まあ、
そんなに何日も続く状況じゃないと思いたいが。
それにしても理解し難いベッドだ。
何が不条理かって、足もない状態でぽっかりと宙に浮いてるのである。
昨日の階段と同じ原理だろうけど、ホイホイやられるとこっちの感覚も
いささかおかしくなってくる。いや実際、ここで寝られる自分が怖い。
染まってきてるなあ、本当に。
今日も晴れそうだ。
…………………………
痛ててて、腰打った。
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さすがに今日は通常営業日である。そしてフレドを預かる日でもある。
とりあえず、今日の時点でディナに事情を話すのは控える事にした。
どっちみち話さなきゃいけないのは間違いないけど、準備がまだだ。
少なくとも、キッチンカーが出来るまでは秘密にしておいた方がいい。
フレド、もといトモキの事情を説明した上で、皆で相談して決めた。
「その方がいいと思います。」
ペイズドさんが頷いて続ける。
「あなた方がなぜネイルを探そうとしているのか、私たちはともかく
お姉さんに説明する事は出来ない。おそらく、話せる日はこれから先も
来ないでしょう。」
「でしょうね。」
「なら、二号店という構想を可能な限り具体的にしてからの方がいい。
フレド君を預かるという点に関して言えば、どっちでもいいという話に
持っていくのが重要でしょうね。」
「…確かに。」
もっともな見解だ。
現状、ディナは仕事上のワガママで俺たちに「子守り」を頼んでいる。
やっぱり母親になれば少しは性格も変わるのか、昔と比べてずいぶんと
物腰も柔らかくなっている。そして何より、俺たちに負い目がある。
当たり前だ。
いくら持ち家とは言っても、ここは営業中の喫茶店である。週に何日も
乳飲み子を預ける場所じゃないし、ずうっと頼むような事でもない。
そろそろ、仕事と育児の折り合いをつけてくれ…くらい言えるはずだ。
キッチンカーという構想は、確かにこの時代ではぶっ飛んでるだろう。
でも、ひとつの挑戦としては決して否定されるようなものじゃない。
俺たちが「やってみたい」と言う事自体に、変なところは何もない。
ディナの立場から、一方的にやめろと言われる筋合いもないだろう。
今のトモキには、ぬいぐるみに偽装したタカネの分体がついている。
言わばボディガードだ。もちろん、トモキ本人もその事は知っている。
つまり現状、どうしても店に来ないといけないわけではないのである。
モリエナたちの因縁を考慮すると、むしろあまり店に来ない方がいい。
ペイズドさんの言う通り、どっちを選択してもいいという事だ。
ただし、口での説明だけでディナを納得させる自信はない。全くない。
キッチンカーなんて、実物を見せて説明するしかないだろう。
というわけで。
今日は、何とかごまかすに留める。
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「んじゃよろしく。今日はちょっと遅くなるかもだから。」
「分かった。」
「いつもアリガトね。どこかでまた埋め合わせするから!」
「いいから。気をつけてな。」
「了解!」
何も知らない気楽な姉は、元気よく出ていく。息子を俺たちに託して。
「いいですよ。」
「あの人がディナさんですか。」
客を装って座っていたランドレさんたちが、そう言いながら振り返る。
「で、その子が…」
「異世界転生者、って事ですか。」
「ええ。」
注目されるトモキは、涼しい顔だ。何でもぬいぐるみの常駐タカネが、
昨夜の間にあらましを説明していたらしい。何とも無駄がないね本当。
三人も、トモキのそんな表情に何か察するものがあったらしい。
「…責任重大ですね。」
「まあ、そんな大げさに考える必要はありません。気楽に堅実に、で
お願いします。」
「そうそう、どうせなら楽しく。」
俺もネミルも、つとめてそんな軽いトーンで言葉を返す。
責任重大なのは確かだ。とは言え、あまり気負っても変な感じになる。
どうせなら楽しく、だ。
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そんなわけで、午前中はいつも通り俺たちが仕事をこなす。三人には、
ローナ立会いでトモキとの顔合わせをしておいてもらう。で、途中から
店の手伝いにも参加。午後からは、実際にポーニーメインで店を回す。
いきなりではあるけど、時間がないのはこっちも同じである。実際に
仕事に携わり、一気に覚えていってもらうしかない。実践あるのみだ。
ちなみに、モリエナの容姿は昨日の内にタカネが「変えて」いた。
整形手術と言うか、ナノテクとやらを応用してどうにかしたらしい。
「ここの世界の人たちは、やっぱり昔よりナノテクに馴染むわね。」
どこがどう違うのか分からないが、馴染むならそれに越した事はない。
それにしてもこんなに短い時間で、しかも外科的な手術痕さえ残さずに
人の顔を変えるって凄いな。何気に天恵レベルの所業だ。
「うわぁ…」
術後、鏡の中の己を見たモリエナはさすがに感慨深げだった。もちろん
以前の姿に全く未練がない、という訳ではないだろう。それでも彼女は
自分の命を賭してこの道を選んだ。彼女のその覚悟を尊重したからこそ
タカネもここまでやったんだろう。なら、いい未来を目指すまでだ。
ランドレさんの方は、あのメガネをかけるだけでかなり印象が変わる。
タカネいわく、レンズ越しに見える目の像を若干変えているんだとか。
相変わらずのオーバーテクノロジーだけど、確かにけっこう効果的だ。
この二人が店に出たとしても、特に怪しまれる事はないだろう。
そしてペイズドさんだ。
元々この人は、病み上がりである。まだまだ無理はさせられない。
なのでとりあえず、裏方の仕事などやってもらおうかと考えていた。
しかしここまで話が進んで、かなり意外な適材適所が明らかになった。
要するに、赤ん坊としてのトモキの世話係である。
「私には子供はいませんでしたが、そういう機会はありましたから。」
そう言って、トモキの世話を全面的に引き受けてくれる事になった。
もちろん、年長者ならではの安心感というのも大きい。それは確かだ。
しかしこの場合、もっと切実な意味でペイズドさんは適役なのである。
何故かって?
まだ赤ん坊ではあっても、トモキは間違いなく15歳の男子である。
ぶっちゃけ、微妙な年頃だ。そんな「男の子」が、オムツだミルクだと
同世代の女性に甲斐甲斐しく世話をされるのはどんな気分だろうか。
正直、想像するのがちょっと怖い。よっぽど特殊な性癖でもない限り、
精神的な意味で拷問じみている。
その点、おじさんというのは非常に理想的なんじゃないだろうか。
謎ツールで会話できるようにもしたらしいし、意外と気が合うかも。
今まで誰にも言ってなかったけど、内心割と気にしてた事が解決した。
よかったなトモキ。
…ごめんな、他人事扱いで。
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「よし、じゃあ頼むぞポーニー。」
「了解です!」
「皆さんも無理のないように。」
「ありがとうございます!」
とりあえずは半日だけど、いよいよ本店の新体制発動だ。
そして俺たちの方も、大急ぎで車を改造して二号店の準備を整える。
……………………………
よしよし。
「ちょっとワクワクしてきたな。」
「あたしも!」
喰い付くようにネミルが同意する。タカネもローナも同じらしい。
どうせなら楽しくの精神だ。余計な遠慮も迷いも捨ててしまえ。
さあ
いざ行かん!