ネミルの焦りと嘆きと
「おーい、まだか?」
「ちょっと待ってってば!」
「まあ、そろそろ昼飯にしようぜ。腹減ったろ?」
「………………!!」
否定できない自分がいる。
今日は休日。お店も休み。
…のどかな中央公園のベンチで、傍から見ればのんびりデートの最中。
いい感じにお腹も空いてきている。
………………
いや、そうじゃないのよ。
のんびりお弁当を食べに来たんじゃないのよ、断じて。
どうしてこう上手く行かないかなあ本当に!!
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「…ホントかよ?」
指輪の力で、他人の天恵を己の身に宿す事が出来る。
その事実を告げた時には、さすがのトランも目を丸くしていた。
うん、たまにはそんな顔も見たい。
「もちろん。いくら何でも、こんな馬鹿げた嘘は言わないよ。」
「確認はしたのか?」
「きっちり済ませてきましたとも。抜かりはありませんよ隊長。」
「誰が隊長だよ。」
言いながら、トランは苦笑した。
多分あたしが、この事でパニックになっていないと安堵したんだろう。
そりゃああたしだってビックリしたけど、そうそう狼狽えませんとも。
とりあえずは、ニロアナさんに協力してもらって検証を進めた。
とは言っても、本人は何も気づいていない。こっそり利用しただけだ。
申し訳ないと心中で謝っておいた。
自分なりに検証した結果、判明した事実はいくつかある。
まずは、天恵を自分の仮の力にするための手順。これは至って簡単だ。
指輪をはめて、他人の天恵を見る。ただのこれだけ。つまりこれまでも
何度かやってる事だ。トランの時もトーリヌスさんの時も、こないだの
シュリオさんの時もそうだった。
恐らくそれらの時においても、宣告するまでのわずかな時間、天恵は
あたしに宿っていたに違いない。
そして、宿った天恵を無くすには、指輪を外せばいい。逆に言うなら、
それ以外の方法では追い出せない。宿している間は、別の誰かの天恵を
見る事自体が出来なくなる。
さらには、一度指輪を外して抜いた天恵も、本人が宣告を受けていない
限り何度でも宿し直す事が出来る。これはニロアナさんで確かめた。
本当に感謝してます。今度差し入れ持って行こう。ケーキがいいかな?
「で、相手が既に宣告を受けている場合はどうなんだ?」
「本人に定着してしまってるから、どうやら宿すのは無理みたい。」
「ほおぉ、なるほどな。」
そう言いつつトランが目を細めた。…うん、先に謝っておこう。
「ゴメンね。」
「何がだよ。」
「この部分は、帰ってからあなたの天恵で確かめさせてもらったの。」
「だからジロジロ見てたのかよ。」
「ゴメンて。」
「別にいいけどよ。」
苦笑ひとつで終わりにしてくれた。
うん、好き。
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…というわけで、ひと通りの説明は済ませた。信じてもらえたと思う。
だけど、やっぱり説明だけじゃ少し弱い。
「だから証明してみせるよ。」
「いや別にいい。疑ってるわけじゃないから。な?変な無理はせず…」
またそうやって甘やかす。
そういうところも好きなんだけど、あたしだってちゃんとしたいんだ。
口だけじゃなく、きっちり己の力を見せておきたい。…自慢したいとか
そういうんじゃないからね。断じて違うからね。
「いいから!」
勢いで押し切った。
今度の休みに、人の多い所に行って実践してみると大見得を切った。
そして今に至る。
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「…目が痛くなってきた。」
「だから無理すんなって。休め。」
さすがに従うしかなかった。
昼過ぎからこっち、ただひたすらに道行く人を選んで天恵を見ている。
いくらお手軽と言っても、そこまで集中すると疲れてくるのは当然だ。
というわけで、おやつタイム。
「…ねえ。」
「どうした?」
「何だか、天恵が廃れた理由が少し実感で分かった気がする。」
「…と言うと?」
「地味なのばっかりなんだもん。」
思わず愚痴っぽい口調になった。
見えないわけじゃない。あまり早足の人は捉えられないけど、それでも
慣れてきたからけっこう所要時間も短縮できている。長くても数秒だ。
ほんの少し立ち止まってくれれば、その間に天恵を見る事は出来る。
事実、今日も何人もの天恵をそんな方法で見てきている。
だけど、いいのがなかなか出ない。分かりやすくて安全で、それでいて
見栄えがするやつ…って、自分でも贅沢言ってるのは判ってる。でも、
これだけ大勢の人がいるんだから。
しかし…
【農業】
今から種まいて育てろって?
【漁業】
今から魚釣りでもしろって?
【伐採】
今から山行って木を切れって?
【畜産】
今から牛を買いに行けって?
【暗算】
地味過ぎるし、もともと得意!
【登山】
だから山に登れってか!?
………………………………
こんなのばっかし。
そりゃ廃れるわ。
ニロアナさん激レアだったなぁ。
「お、あの人マセザさんだな。」
「あ、ホントだ。」
向こうから歩いてくるのは、お店の常連さん。筋向いの商店で事務員を
しているマセザさんだった。地味な容姿のメガネ女性だけど、普段着を
目にするのはこれが初めてだった。…うん、いつもより美人だなあ。
「どこ行くんだろ。ひょっとして、デートとか?」
「勘ぐるなよ。それよりあの人ならいいんじゃないか?」
「あ、うん。」
歩くスピードが速くないから、多分捉えられるだろう。こちらに気付く
気配はなく、距離もそこそこある。絶好の獲物だ……獲物って何?
まあいいや。では失礼!
ええっと…
え?
………………………………
………………
「行っちゃったぞ。どうだった?」
「…あれもダメ。」
「またかよ。何だったんだ?」
「言わない。」
「何でだ。」
「何ででも。」
「…まあいいけど。紅茶飲むか?」
「うん。」
何だろう。
無駄に疲れた。
引っ込みがつかなくなってるけど、さすがに嫌になってる自分がいる。
もはや、恵神ローナって存在自体が分からなくなってきた。
ああぁ、帰ってヤケ食いでもしたい気分だなあ…