キッチンカーを作ろう・2
限りなく当たり前の話だけど、今の状況はまだ誰にも言っていない。
実家の両親にも、ディナにも。
そりゃそうだ。
最初にこの店を持つ事になった時でさえ、凄まじい見切り発車だった。
神託師を継ぐネミルと一緒になる。爺ちゃんの家で喫茶店を開く。
その二つだけを決め、もうその後は勢いと人の厚意で突っ走ってきた。
一人前になる事こそが恩返しだと、そう信じて邁進してきたんだ。
ないない尽くしだった俺たちには、誰かの手助けは必要不可欠だった。
今回もまた、あの時と似た感じだ。見切り発車感はさらに強まってる。
あの時はトーリヌスさんと出会い、結果的に大きく道が開けたけれど。
何とか買ったトラックをあらためて見ると、浮かぶ懸念はきりがない。
もちろん今回は、トーリヌスさんを頼るわけには行かない。とにかく、
目的が特殊過ぎるからだ。ってか、さすがにあの人でもこのトラックを
キッチンカーにリフォームするのは無理だろう。
大丈夫なんだろうな本当に?
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さて。
最初の現実的問題として、そもそも駐車スペースというものがない。
うちの店にはガレージがない。車で来店する客は本当に稀だろうから、
あえて設けようとは思わなかった。今まで不都合なんて数えるほどしか
なかったし、そもそも俺たちもまだ車を持とうとは思わなかったし。
これから何をするにしても、停める場所がないのはなかなか致命的だ。
今日は休みだから店の前に駐車しているけど、それも長引くと近所から
文句が出るだろうし。
考えなしだとは言わないで欲しい。この場合、とにかく行動を起こして
順に問題に対処していく方がいい。そうでないと、いつまで経っても
話が本格的に前に進まない。俺も、そのあたりは理解してるよ。
理解した上で無茶をしてるんだよ。
「…とりあえず、作業スペースだけ用意しないとね。」
そう言ったのはタカネだった。
「完成したらすぐに出発するから、いわゆる駐車場はまだ必要ない。
だけど、さすがに店先で改造作業をやるわけにはいかないでしょ?」
「そりゃそうだ。」
俺もそこは全面的に同意だ。
どんな形になるにせよ、あいつらは何やってんだ?という噂が立つのは
避けたい。店のイメージに関わる。
さて、じゃあどうするか。
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いったん状況を整理しよう。
とりあえず、本店の営業についてはある程度の目途が立ったと言える。
ポーニーが仕切るならこれといって問題はないし、三人はちょっとずつ
仕事に慣れていってくれればいい。そしてポーニーとローナには転移の
能力があるから、いざという時には直接連携を取る事も出来るだろう。
次に、キッチンカーの二号店。
こっちはもう問題と言うか、やる事だらけである。
とりあえず免許は取った。しかも、ズルをした結果普通免許も得た。
これさえあれば、店を営業する事は可能なはずだ。もし何か言われたら
また【魔王】の出番である。もはやそこであれこれ悩むのはやめた。
しかし、買ってきたトラック自体がまだまだキッチンカーには程遠い。
相当な改造を施さない事には、店として運用できるはずもない。
そしてもうひとつ。器材が足りないのも大きな問題だ。
最初に店を持った時には、お祝いという形で家族が一式揃えてくれた。
しかし今度の場合は、いくら何でも同じように期待するのは無理だ。
「何でいきなりそんな馬鹿げた事を始めた」と問われた場合、まともに
説明や説得ができる自信などない。…ってか、言えない事が多過ぎる。
要するに、今度こそそういう器材は全て自前で揃えなきゃいけない。
逆に言えば、それさえ出来れば家族を説得する自信はあるって事だ。
気ままな旅をするんじゃないから、修行の一環だとでも言えばいい。
これでそれなりの結果を出せれば、皆も俺たちを見直すかも知れない。
まあ、それは今どうでもいいけど。
現状はそんな感じだ。
とにかく、ひとつひとつ問題解決を模索していくしかない。
厄介だなあ、つくづく。
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「まあ、器材の事は置いといて。」
そう言ったタカネが、視線を俺へと向けた。
「まずは車の改造をしたい。どんな器材が必要になるのかは、それから
考えてもいいからね。」
「確かにそうだな。」
そこはタカネの言う通りだ。まずはキッチンカーがどんなモノになるか
ハッキリさせないと、どういう器材を用意すべきかの見当がつかない。
そうするとやっぱり、直近で必要になるのは作業スペースだろう。
しかし…
「ただスペースだけありゃいいって話じゃないだろう。」
俺は、正直に懸念を口にした。
「車両の改造となると、それなりに設備が揃ってないとどうにも…」
「いや、スペースだけあればそれでいいよ。後はどうにでもする。」
「どうにでも、って…」
具体的にどうするんだという疑問はあえて、口にしなかった。たぶん、
具体的に聞いたところで分からないだろうと思ったから。…それこそ、
百聞は一見に如かずって話だろう。うん、そういう事にしておこう。
とにかくこのトラックを納める事が出来て、かつそれなりに余裕のある
空間があればいいって話だ。さらに言えば、店から近い方が望ましい。
なら、心当たりがある。
「教会跡へ運ぼうぜ。あそこなら、誰の邪魔も入らない。」
「え、いいの?それって…」
ネミルが心配そうにそう言うけど、俺は魔王っぽくニッと笑い返した。
「どうせ廃墟だ。それに…」
「それに?」
「ロナモロス教の教会跡地で俺たちが何をしようと、文句を言える奴は
世界のどこにもいないって事だ。」
「え」
「ははははは!言うねぇトラン!」
目を見開くネミルの代わりに、隣に立つローナが愉快そうに笑った。
皮肉が利いてて面白いだろ?
よし。
決まりだな。