表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
307/597

凍てる刃

ゲイズ・マイヤールが殺された。

その報に、特に心を動かされる事はなかった気がする。遅かれ早かれ、

あの女はまともな死に方をしないと思っていたから。


果たして本当に彼女は「殺された」のか。もしかすると、戦いの果てに

敗れて死んだのではないだろうか。そんな事を淡々と考えている己に、

そこはかとない狂気を感じていた。だがもう、嫌悪感などはなかった。


おそらくは俺も、既にウルスケスが生み出す「魔核」に囚われている。

彼女が壊れていくのと同じように、その道に引き込んだこの俺自身も

緩やかに人として破綻しつつある。もう俺は、そんな救いなき事実さえ

研究者の視点で客観視している。


もう終わりなのか。

それともとっくに終わってるのか。

どっちでもいい。


今の俺は人じゃない。



コトランポ・マッケナーという名を持つ、何かだ。


================================


ゲイズの死より差し迫った問題は、ランドレ・バスロがいなくなったと

いう現実だ。彼女の天恵が無くなるという事は、すなわちウルスケスの

精神を安定させる術が無くなるのと同じ。もう現状維持も難しくなる。


魔鎧屍兵の量産が成され、現時点で国の軍隊を相手に出来る戦力にまで

成長しつつある。ウルスケスの持つ【魔核生成】の天恵は、この兵団の

要とも言うべき能力だった。

しかしすでに彼女の精神は、人間としてのそれでは無くなりつつある。

こんな現象は、過去の事例に関する記述の中にも全く見られなかった。

おそらく、これほど多く魔核を生成し続けた者がいなかったのだろう。

そもそもが忌まわしい能力であり、活用方法すらなかっただろうから。


彼女は恵神ローナから得た天恵を、誰よりも使い続けた。

その結果が身の破滅ならば、責任は与えたローナに帰結するはずだ。


きっとそうだ。

俺もネイルたちもそう信じる。

信じる事で、今を生き続けるんだ。



狂気の中でな。


================================


キュイン!!


俺の指示から数秒後。

目の前に、棺のような形の真っ黒な容器が一つ現出した。紛れもなく、

この俺がカイ・メズメに【共転送】で送らせた代物だ。


ランドレ・バスロが姿を消す前からもう、魔鎧屍兵が頭打ちになる事は

予想していた。だからこそ、代わる何かを模索する必要があったんだ。


「熱心ねマッケナー君。分かった、あたしに任せなさい。」


嬉しそうなネイルのそんな返答に、あの頃はまだ嫌悪感を抱いていた。

少なくともあの頃は、俺にも良心の欠片が残っていたんだろうか。


まあいい。もう遠い過去だ。


とにかくネイルの天恵の力を借り、俺は更なる開発の道を邁進した。

【マルチクラフト】なる俺の天恵はいつでも、俺の想定を大きく超える

異界の知の具現化を成し遂げた。

どこまでが自分の技能なのか考えるのは、いつからかもうやめていた。

何もかも黙過し、俺はただ結果だけ追い求める自分に納得していた。


そして今。



この吐き気を催す墓地に、俺は己の創造物と共に在る。


================================


魔鎧屍兵は、人の骸を組み込む事で初めて起動する。魔核の存在だけで

動かす事は出来ない。それは絶対の壁になっていた。

しかし、ネイルはその結果に納得を示さなかった。何とかしてみせろと

この俺に告げた。そのための助力は欠かさないからと。

だったら、俺も遠慮などはしない。とことん無茶振りをして探究した。

魔鎧屍兵を次の領域にシフトアップさせ得る、異界の知を探し求めた。


その完成を待っていたかのように、ゲイズ・マイヤールが死んだ。

運命じみたものを感じてしまうのは当然だ。言い訳などする気もない。

紛れもなく、これは大きなチャンスと呼んでいいものだ。


「構わないよ。」


ゲイズの父エフトポも、それに対し実に寛容だった。一人娘の死など、

彼にとっては何かしらの好機でしかないのかも知れなかった。

そして俺は【共転送】によるゲイズの許への転移を果たした。それは、

もうひとつの可能性を示す結果だ。ここまで来ればもう、迷わない。



今ここで、ゲイズの死を覆す。


================================


埋められたばかりの棺は、苦もなく掘り起こす事が出来た。難しいなら

増援を頼もうかとも思っていたが、そんな必要は全くなかった。


持参した溶接具を使い、蓋の一部を焼き切る。そこから覗き見えたのは

確かにゲイズの土気色の顔だった。よく見てみると、右の手首が無い。

戦いで失ったか解剖で取られたか、いずれにせよこれであのモリエナを

追う事は出来なくなったって事だ。…まあいい。今はあまり興味ない。


ゲイズの死に顔は、確かに今わの際の苦悶と怒りを孕んだものだった。

しかし、今さらそんな事でいちいち動揺などしない。死んだというのは

ただの事実だ。受け入れなければ、話は前に進まない。


寒々とした月明かりの下、俺は別の器具を用いてゲイズの死体を抉る。

胸元、もとい心臓を丸ごと、専用に作った器具で丸くくり抜いたのだ。

流れる血の赤黒さは、もはや俺にはいささかの感慨も生まなかった。


ゲイズが死んだという事実を、ただ受け入れるだけの事だ。



今は、な。


================================


黒い棺の蓋は存外軽い。と言うか、ボタン操作でほぼ完全に開く。

中に収まっていた「それ」が何か、正しく説明できるのは俺だけだ。

そして正しく理解できる相手など、この世界には存在しないだろう。

どうでもいい事だが。


血の滴るゲイズの心臓を、中にある「それ」の心臓部にセットする。

移植と呼ぶにはあまりに雑な処置。さすがに吐き気を催す。しかし、

原理的にはこれでいいはずだ。後は内部に収めた、魔核に託すのみ。


ガシュン!


心臓を収めた部位が勢いよく閉じ、わずかに血が飛び散った。しかし、

今さら気にする事でもない。そしてほどなく、その部位が微かに光る。

内部では、取り込んだ心臓を強大な力で核にまで圧縮しているはずだ。

プロセスはおぞましいものの、その様はどこか機能美を感じさせた。


と、その刹那。


「おいお前!そこで何してる!?」


意想外の声が、遠くから聞こえた。

まずい。見回りが来たのか。思ったよりも早かった。どうすればいい。


こんな時、モリエナがいなくなった弊害を否応なしに痛感する。

カイの共転送だけでは、ここからの離脱は望むべくも無いのである。


どうする。

魔鎧屍兵を呼び寄せる事は出来る。しかしそれをすれば、間違いなく

大ごとになってしまう。さすがに、今それはかなりまずい。とは言え、

今この俺が呼び寄せられる者では…


「動くなよ!!」


状況は、俺を待ってなどくれない。残酷なほど展開が早い。巡回兵は、

もうすぐそこまで迫って来ていた。仕方ない。ここは覚悟を決めて…


刹那。


ダン!!


いきなり、傍らの黒い棺が重い音と共に揺れた。目を向けていなかった

俺には、「それ」が飛び出した瞬間は見えなかった。


見えたのは直後の結果だけだった。


跳躍し、舞い降りた影。

目の前に現れたその影に驚愕する、哀れな初老の巡回兵。


そして。


かすかな音と共に斬り飛ばされた、彼の首。


血は、一滴も飛び散らなかった。

切断面が一瞬で凍り付くその様を、俺は確かに目にしていた。


ドサッ。


乾いた音を立て、凍てついた彼の首が地面に落ちる。



全ては、一瞬だった。


================================


「あらあら、マッケナー君。」


軽やかな動作で俺の方に向き直った影は、親しげにそう言った。

ゾッとするほど艶やかな声だった。


「これ、あなたの仕業ァ?」

「ああ。」


意外にも、声は全く震えなかった。

怖れや嫌悪感など、目の前の光景に対する達成感に比べれば些事だ。

間違いなく、俺は昂っていた。


「成功したみたいだな。」

「ふぅん、コソコソ作ってたのってコレだったんだ。」

「コソコソとは何だよ。」


もはや、目の前で行われた惨殺など気にもならなかった。俺にはもう、

普段通り会話が出来るだけの余裕が戻っていた。


「設計概念だけ渡されて、苦労して魔鎧屍兵と融合させたんだよ。」

「相変わらず、実物は無理ってか。ケチねぇネイルも。」

「まあ、リスクがあるんだろうから仕方ない。それより…」


そう言って、俺は彼女に歩み寄る。

近くで見ると、なお機能美に溢れた姿だ。正直、ちょっと惚れる。


「駆動に問題はないか?」

「全然。気に入ったわよ。」


そう言った彼女が、伸ばした右腕。

そこには、霜をまとう刃があった。


「あたしは死んだのよね?」

「ああ。それは間違いない。だが、カイは君の魂を感知していた。」

「だから蘇れたの?」

「結果が全てを物語るって事だ。」

「ま、いいか。」


言いながら、かつてゲイズであった「それ」は酷薄な笑みを浮かべる。


「タカネって言ったっけ。いずれ、あいつの首も飛ばしてやる。」

「君を殺した奴か?」

「そう。んで…」


そこで彼女は、狂気を孕んだ視線を初めて俺にまっすぐ向けた。


「あたしの、これからの名前は?」

「ああ。それはネイルに聞いてる。異世界で怖れられた名前(コードネーム)をな。」


そう。

ゲイズだったおぞましい彼女の

新たなる名前。

腕に凶刃を宿す、殺戮の機械人間。



「ブリンガー・メイだ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ