二号店の構想
翌朝。
目覚めて一瞬、どこいるのかが全然分からなかった。
…ああそうか、ここ店か。
結局、俺のベッドはペイズドさんとランドレさんが使う事になって。
ネミルのベッドでモリエナが一緒に寝る事になったんだった。
もちろんどっちも窮屈だろうけど、それでもまあどうにかなった。
ポーニーはいつも通り本の世界へと戻り、タカネはノートパソコンへ。
そのパソコンを持って、いつも通りローナは帰っていった。
つまり、あぶれたのは俺一人だ。
さすがにモリエナは恐縮し、自分が店で寝ると言い張っていたけど。
いくら何でも、手首を千切るような大怪我した女の子を店の床なんかで
寝させたら、寝覚めが悪過ぎる。
まあいい経験だなと思い、マットを敷いて店で寝る事になった次第だ。
ちょっと背中が痛いけど。
いい朝だな、うん。
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さいわい、今日はもともと店を休む日だ。もちろんディナも来ない。
面倒な問題は一気に詰めていきたいので、今日は朝からローナも来た。
「み、見えるのかそれで?」
「うん。」
昨日よりもさらに血色の良くなったペイズドさんは、ランドレの言葉に
目を丸くしていた。まあ驚くよな、視覚代行できるメガネなんて代物。
かくいう俺も信じられない。いや、と言うより想像出来ない。
まあいいか。
それで問題が解決するなら細かくは問うまい。結果オーライだ。
朝飯にしよう。
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「さてと。」
朝食を済ませ、誰よりも食べていたローナがおもむろに言い放った。
「あらためて確認しとくけどさ。」
「はい。」
視線を向けられたランドレさんたち三人が、声を揃え居住まいを正す。
もう、その顔に不安や困惑の気配は感じられなかった。ひと晩を経て、
しっかり決意を固めたんだろうな。
「あたしたちがネイル・コールデンを探しに行く間、あなたたち三人に
このお店の経営を手伝ってもらう。それはいいわよね?」
「そのつもりです。」
「ご迷惑でなければ。」
「お願いします!」
いいねえ、その意気込みは。
「つまり、ポーニーの補佐をするという形ですね。」
確かめるようにネミルが言った。
「大丈夫だと思うけど、いけるよねポーニー?」
「もちろんです。」
ポーニーが即答する。こっちも実にいいねえ。頼もしい限りで…
「いずれあたしのものにするつもりのお店ですから、ご心配なく。」
「おい。」
「冗談半分ですってば。」
「半分かよ!」
何でこいつ、事あるごとにこの店の乗っ取りを匂わせるんだろうなぁ。
しかも、割とシャレになっていないトーンで。
…まあ、今は深く問うまい。
大切なのは、どっちもきちんと商売を成立させるって事なんだから。
ポーニーと三人に期待するだけだ。
「ランドレ。」
「はいっ!」
タカネに名を呼ばれ、ランドレさんがしゃんと背を伸ばす。
「あたしがトライアルを託した相手は、過去にたった一人だけ。」
「はい。…リータさんですよね。」
「モリエナから聞いた?」
「はい。」
「そう。」
そこでタカネは、ほんの少し言葉を切った。
「それは、言わばあたしの分身よ。だからこそ、信じるに足る仲間の
リータを守るため作って託した。」
「…………………………」
「正直に言って、今のあなたにそのレベルの信頼を求めてはいない。」
「分かってます。」
「全てはこれからよ。いい?」
「はい。」
「時間をかけてもいい。あたしが、トライアルを託して正解だったと
思える人を目指して頑張って。今のあなたに求めるのはそれだけよ。」
「はいっ!!」
「よおし、いい返事だ!」
嬉しそうに笑ったタカネが、高々と右手を掲げる。それを「目にした」
ランドレさんも、同じく右手を掲げ彼女とハイタッチを交わした。
それを見守るペイズドさんの目に、かすかに涙が滲む。
そう、全てはこれからだ。
ランドレさんの今までは、あまりに不幸せが込み過ぎていた。
全てが外的要因によるものではないだろうけど、いずれにしてもあまり
振り返りたい過去ではないだろう。ならもう未来、前を見るしかない。
少なくとも今この瞬間の彼女には、そういう気概を感じる事が出来る。
頼むぜ、俺の店を。
乗っ取りは困るけど。
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そっちの確認は済んだ。
それはつまり、もうキッチンカーの構想も後戻りなしって事でもある。
色んな意味で、さっさと話を具体的に進めていかないとな。
「…しかし、そんな車なんて本当に作れるのか?」
俺は不安を正直に口にした。実際、今になってもなお現実味がない。
ただ移動するだけでなく、喫茶店としての機能を備えた自動車なんて…
いや、そうじゃない。
って言うか、問題はもっと手前にもドンと存在しているんだ。
「その前に、免許どうするんだ。」
「あなたが取るに決まってるわよ。他にある?」
「やっぱり俺か…」
さも当然と言いたげなローナの即答に、俺は軽く頭を抱えた。
まさか自動車の免許が、こんな早く必要になるとは思わなかったなあ。
…いや、確かにいずれは欲しいなと思ってはいたけれど。
「本当に俺に取れると思うか?」
「当たり前じゃん。」
「その自信はどこから来るんだよ。俺にそんな経験ないぞ。」
「だってあなた【魔王】だし。」
「は?」
何とも嫌な予感のする言葉が出た。
「どういう意味だよ。」
「運転免許の試験官をほんのちょい怒らせるくらい、簡単でしょ?」
「…天恵でズルをしろと?」
「結果が全てよ。」
「…………………………」
天恵の悪用はいけない事だという、当然の道徳が語れないこの状況。
何と言っても、そそのかしてるのが恵神ローナ本人だという不条理。
何がどうしてこうなった?
「いやしかし。」
あまりに良心が痛むので、どうにか道徳的かつ無駄な反論を試みる。
「そんな適当な事をして、事故とか起こしたらどうするんだ。それ…」
「大丈夫大丈夫。どんな車だろうと徹底的に改造するから、事故なんて
絶対起こさないって。あたしが。」
「…………………………」
タカネの乗り気な言葉がなお怖い。やっぱり改造する気なのか…いや、
そりゃある意味当然だろうけど!
「そんな無茶な改造した車なんて、車検に通ると思うか?」
「絶対に通るよ。」
「何でだよ。」
「だってあなた【魔王】だし。」
…………………………
「そうだったな、うん。そうだ。」
もうあきらめよう。
確かに、そういう局面で俺が相手を煽れば、大抵どうにかなるだろう。
ランドレさんが天恵を捨てた以上、それが出来るのは俺だけだから。
ああ。
何がどうしてこうなった、俺の店。