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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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ランドレの生きる意味

「さすがに暗くなってきたな。」

「ちょっと早いけど夕食にするね。ポーニー、手伝って。」

「了解です。」

「あ、じゃああたしも」

「その手で無理しちゃダメだって。大人しく座ってなさい。」

「…はい。」


いつの間にか、そんな時間になっていたんだ。気付かなかった。

話のキリがいいところだったから、さすがに休憩しようって事らしい。


「あ、大丈夫ですかペイズドさん?…んじゃ、彼女の隣に。」

「お手を煩わせてすみません。」

「いえいえ。」


そんなやり取りが聞こえ、すぐ隣に座り直す気配を感じた。

あたしたちは、大人しく座っているしかない。今はそれだけだ。


そっか。

もう暗くなってきてるんだ。

気付かなかった。

気付けなかった。


今さらながら、その事実があたしの心を覆い尽くす。



もう、見えないんだと。


================================


ハンバーグなんて食べたの、本当にいつ以来だろうか。


何だかんだで、場の皆はそれなりに空腹だったらしい。ものも言わず、

ひたすら食べる音がカチャカチャとかすかに響いている。

たどたどしくはあるけど、あたしも何とか一人で食べられる。時おり、

隣に座るおじさんが助けてくれる。


昨日まで、ほとんど水を飲む事さえ出来なくなっていた伯父さんが。


「食べなきゃ体力戻らないから。」


タカネさんの言葉には、抗いようのない説得力と圧がこもっていた。


「いやはや、若返りますよ。」


そんな事を言いながら、あたしの隣で食事している伯父さんの存在が。

あたし自身にも食欲をくれている。しっかり食べないと。


いつ以来だろうなあ。

何かを食べて、味がしたのって。



何かを食べて、おいしいと本心から思ったのって。


================================


昨日の今頃、何をしていただろう。

もはや遠い昔で思い出せない。

こんな所で食事をしているなんて、今も信じられない。現実味がない。

だけど、聴覚や味覚があたし自身の現実をはっきりと告げている。

そして、失った視覚も。


ゲイズ・マイヤールに目を潰されたのは、報いなのだろうと思う。

強制されていたとは言え、あたしは数え切れない人の人生を狂わせた。

むしろ、今こうして生きている事の方が不思議だとさえ思える。


だからといって、もう死にたいとか願っているわけじゃない。

しつこく絶望するような心持ちは、助けてくれた人たちへの裏切りだ。

昨日まで、終わりの見えない絶望を繰り返してきたんだから。


だけど。

今この瞬間、あたしの生きる意味は何なのだろうか。

その自問には、呆気ないほど簡単に答えられてしまうのである。

伯父さんが生きているから。本当にただそれだけだ。


もしも今、伯父さんがいなくなってしまえば。

あたしは再び絶望して、また生きる意味を失ってしまうだろう。

客観的に考えて、あまりに危うい。そして、それ以上に不甲斐ない。


卑屈な意味ではなく。

生きる意味と目的が欲しい。

伯父さんと共に在るという以外の。



生き甲斐を探さないと。


================================


食事の後の、独特の弛緩した時間が過ぎて。


見えないながらも、夜になった事を肌で感じられる時刻になっていた。

壁を隔てた外の喧騒も、どことなくそんな時間帯を思わせてくれる。

こんな時間、いつ以来だろうなあ。


ちなみに伯父さんは、大事を取って先に休む事になった。


「いいですよ、こうなったら。」


寝床を占拠してしまう事を伯父さんはかなり恐縮していたけど、もはや

トランさんも開き直ってるらしい。笑って提供してくれた。おそらく、

あたしも同じように迷惑かける事になるんだろうなと思い恐縮する。

だからと言って、固辞しても事態は好転しない。せめて可能な限り早く

己の身の振り方を決めるしかない。


伯父さんが先に休んだのも、以降の話を聞かせたくない…という意図も

あるのだろう。とすれば、あたしとモリエナさんは腹を括らないと。



まだ、大切な一日は終わらない。


================================


「さて、と。」


あらためて、話し合いが始まった。

あたしを助けてくれた、ロナという女性が告げる。


「キッチンカーでネイルを探すって話は、もう本決まりでいいよね?」

「ああ。覚悟を決めたよ。」

「ええ。」


トランさんとネミルさんの答えに、迷いの響きは感じられなかった。

強いなあ、二人とも。


「じゃあ、そっちはまた細かい点をちょっとずつ詰めていくとして。」


言葉が途切れた瞬間。

あたしは、自分に向けられた視線を肌で感じ取った気がした。


「その前に考えるべきは、そっちの二人の事よね。」

「はい。」

「はい。」


あたしの右隣に座るモリエナさんに倣い、あたしも迷いなく答える。

やっぱりあたしたちの話だった。


「トランとネミルが店を離れる事になれば、当然居住スペースは空く。

あなたたち三人が生活できる広さはあるから、とりあえず今の問題は

解決できるけどさ。」

「それじゃあ、スペースの問題しか解決しないだろうな。」


トランさんがロナさんの後にそんな私見を述べる。


確かにその通りだ。

見方によっては、あたしたち三人がトランさんとネミルさんを追い出す

構図にもなり得る。いくら何でも、そんなのは誰からも許されない。

誰よりあたし自身が耐えられない。迷惑をかけるにも限度がある。


「お店のお手伝いをします。」


そう言ったのはモリエナさんだ。

迷いがないなあ、本当に。


「腕の調子さえ戻れば、それなりにお料理とかの経験もありますから。

少しずつ覚えて、お店の役に…」

「そうね。まあ、そのままの姿でというわけには行かないけど。」

「…………………………はい。」


モリエナさんの声が低くなる。

もう確かめようがないけど、彼女もゲイズに体を傷つけられたらしい。

それ以外の理由も含めて、容姿的な問題解決が必要なんだろうな。


…じゃあ、あたしは?

あたしに何が出来るのだろうか?


「んじゃ、ランドレ。」


不意にタカネさんに呼びかけられ、あたしは肩をすくめてしまった。

自分の気の小ささが嫌になるなあ。みんな苦笑してるんだろうか。


「あなたの話をしましょうか。」

「はい。」


答える声がいささかも震えなかったのは、ほんの少し嬉しかった。

前を向けている自分が、ほんの少し誇らしかった。

何が出来るかじゃない。

今の己を受け入れた上で、どれだけ前を向けるかだ。


きっとそれで、答えは変わる。

あたしの心の在り方次第で、ここに集う人たちの答えも変わってくる。

少なくともここに集う人たちには、それを成せるだけの何かがある。


絶望するな。

卑屈になるな。

顔を上げろ、ランドレ・バスロ。


ずっと失っていた、前を向く勇気。



取り戻す時は、今しかないんだ。

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