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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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ネミルの心に宿るもの

キッチンカー?


つまり、お店のキッチンが自動車になってるって事?

本気で言ってるのタカネさん?



何それ面白い。


================================


お爺ちゃんが亡くなったのは、本当に突然だった。

悲しみに暮れたり途方に暮れたりといった時間は、爆速で過ぎ去った。

あれよあれよという間に、あたしはトランと一緒にお店を始めた。

何もかも手探りで不安だらけだったけど、底なしに楽しくもあった。


神託師としての務めも、あたしなりにこなしてきたという自負がある。

もちろん、お爺ちゃんの指輪に頼るところがものすごく大きいけど。

だからと言って、自分が怠けているという卑屈な考えは持たなかった。

あたしはただ、幸運だっただけだ。

神託師であるお爺ちゃんに愛され、指輪を遺してもらえたという事が。

ズルと言われればそれまでだけど、やめろと言われる筋合いなどない。


それにそもそも、現代の神託師ってそんなに儲かるお仕事じゃない。

天恵宣告が廃れて久しいし、今さら天恵を得ようとか考えるのは原則、

物好きか変わり者だ。少なくとも、それだけで食べていける仕事だとは

とても言えない。だからあたしも、真面目に喫茶店で頑張ってるのよ。


天恵宣告のお客さんなんて、たまに来てくれるだけでかまわない。

割とそれで危ない目にも遭ったし、人生観が変わるような経験もした。

とは言うものの、あたしもトランもそれなりに楽しく生きてきたんだ。

一緒にお店を切り盛りする仲間も、そこそこ増えたしね。


それでいいと思ってきたけれど。



最近、さすがについて行けない事が多過ぎる気もしていた。


================================


オレグスト・ヘイネマンという人と遭遇して。

彼が今までどんな事をしてきたか、これから何をするのかを知って。

身辺が騒がしくなったのは、たぶんその頃からだと思う。


だけどやっぱり、決定的だったのは恵神ローナの来店だ。

トランも大概にパ二クってたけど、あたしは内心その比じゃなかった。

神託師という立場上、色んな意味でしょっちゅう冷や汗をかいていた。

…とは言え、ローナは思ったよりも気さくな女性だった。

あまりに異様過ぎる状況にも、割とすぐ慣れた。自分でも驚くほどに。


だけど。


正直な話、あたしの限界はそのへんだったんだろうなとつくづく思う。

異世界転移者とかタカネさんとか、もう話についていくだけで精一杯。

騎士隊とか教皇女とか女王陛下とか次々に絡んできて、パンク寸前だ。

何を聞いても驚くばかりだし、心の平穏を求めるために仕事をしている

自分が情けない。こんな事言っちゃ何だけど、よそでやって欲しいなと

考えた事も一度や二度じゃない。


神託師を継ぐ覚悟はきっちりとしたつもりだけど、今の状況はそんなの

はるかに超えてしまってるんだよ。



あたしは、ちょっと疲れていた。


================================


もちろん、ローナやフレドちゃんといった面々を疎ましく思った事など

一度もない。非常識そのものという認識は変わらないけれど、基本的に

みんないい人(?)たちだし。


どっちかと言うと、あたしは自分の存在意義が見えなくなってたんだ。

あまりにも規格外な存在が店の中にたむろし過ぎていて、神託師なんて

個性が無さ過ぎるとも思っていた。思い返せばバカバカしいんだけど。


あたしは、限りなく無力だ。

トランの【魔王】でさえ、ローナやタカネさんと比べれば微々たる力。

まだポーニーの方が、色んな意味で役に立てているとさえ思う。

本当に、あたしたちってどんな風に役に立てるんだろうなあ…って。


分かってる。

このお店でお客さんの相手をする事こそが、大切な役割って事くらい。

分不相応な背伸びをしたところで、誰ひとり喜んではくれないだろう。


…だけど、そうじゃないんだよ。

卑屈になってるわけじゃなくてさ。

あらゆる意味でついて行けないと、そう感じてしまう目の前の人たち。

この規格外な人たちに、あたしなりの形で並び立ちたいんだよ。


恵神相手に神託師として張り合ったところで、どうにもならない。

タカネさんの万能性に張り合えると考えるほど、馬鹿じゃない。


だったら。


あたしにあるのは、トランと一緒に育んできた喫茶店経営者の誇りだ。

それだけは、誰にも負けない自負がある。あたしの今と未来そのもの。


キッチンカー!

つまり動くお店!


いいじゃんいいじゃん!!そういうぶっ飛んだ発想、あたし大好き!

それがトモキを元の世界に戻すって目的の一助になるなら、迷う事など

何もない。って言うか、やりたい!


「やろうよトラン!」


テンションが上がり過ぎたらしい。

自分でもびっくりするくらい大声で言ってしまい、皆の注目が集まる。


だから何?


あたしは、どこまでも正当な理由でここにいるんだよ。今さらだけど、

このお店はお爺ちゃんからあたしが受け継いだ物件だ。つまりあたしと

夫であるトランは、ここにいる皆の「大家さん」なのである。

誰に何と言われようと、経営面での決定権はあたしたちにあるんだ。

事業拡大に関する決定権もね!


だから、勢いで突っ切る!


「キッチンカーで二号店を出せば、こっちはポーニーに任せられるよ。

あたしたちはそっちで移動しながらお店をやればいい。万事解決!」

「いや…あの…本気か?」

「もちろん!!」


何でそんな弱腰なんだ、我が夫よ。もっと強気で行こうよ強気で!


「協力してくれるんですよね!?」

「もちろん。」


タカネさん、即答。


「面白そうだし、そういうノウハウならいっぱい持ってるからね。」

「よっしゃ!!」


変な声が出た。


タカネさんが手伝ってくれるのなら百人力だ。どうにかなるだろう。

詳しい事は知らないけれど、彼女の万能ぶりは何度か目にしてるから。

面白そう。限りなく面白そう!

よーし、じゃあデザインから…!!


「ネミル。」

「え?」


呼びかけに我に返って向き直ると、トランが何だか苦笑を浮かべてる。

え、何?


「そんなテンション高いの、指輪を見つけたあの時以来じゃないか?」

「え?…そ、そうかな。」

「そういう顔の方が好きだぜ。」

「えっ!?」


いきなりの言葉に顔から火が出る。な、何でしょうか旦那さま!?


「分かった。じゃあ俺も乗るよ。」

「いいよね?」

「こいつがここまでやる気になった姿を見れば、俺だってな。」

「そうこなくちゃね。」


ローナとトランが納得してる。

いやあの、すみませんあたし一人で盛り上がってて。だからその…


「んじゃ、その方向で考えよう!」


そんな雑な困惑を打ち消したのは、トランの迷いない号令だった。

それを耳にしたあたしも、嘘みたいに落ち着きを取り戻す。


そうそう、こうでなくっちゃね。



二号店構想、ここからスタートだ!

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