ローナの無茶振り
「もちろん、あたしに未来が見えるなんて事はない。」
ペイズドさんたちがこの場にいる事を踏まえると、かなりスレスレな
話をしているのは確かだ。しかし、語るローナは至って真面目だった。
「だから確たる根拠があるわけじゃないけど、確信に近い予感はある。
どんな形でネイルを探すにしても、どこかでネミルの力が必要になる…
って点にはね。」
「…………………………」
さすがに、すぐ「そうか」と言える話じゃなかった。
もちろん、ローナがネミルにどんな期待をしているのかは分かってる。
神託師としての力と、そして何よりルトガー爺ちゃんが作った指輪だ。
恵神ローナの目から見ても、あれは間違いなく唯一無二な代物らしい。
その事は、今日までに聞いている。
そして、うかつに口にするわけにはいかないけど、未宣告の天恵を自ら
使う事が出来るというのも大きい。むしろ、求められるのはこっちか。
いずれにしても、俺たちにとってはかなり衝撃的な話だ。
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「それで。」
予感めいたものを感じつつも、俺はきっちりローナに問うた。
「ネミルは何となく分かる。けど、俺はどうして必要なんだ?」
「聞きたい?」
「そりゃまあ、もちろん。」
そうは言っても、俺の存在がネミルほど重要とは思えない。【魔王】の
天恵だって、便利ではあっても今の状況に必須かと言われれば疑問だ。
どっちかと言うと、ネミルが行くとすれば俺も一緒にってとこだろう。
限りなくオマケ感が強いけど、まあそれは仕方がない。現実ってのは、
そうそうカッコよくはならない。
「率直に言うならば、あなたの天恵がどうしても必要って訳じゃない。
察しのいいあなたの事だから、多分もう分かってるでしょ?」
「分かってる。」
ハッキリ言うなあ、相変わらず。
こんな時にプライド云々を語るほど気高くは生きてないけど、さすがに
ちょっと傷付くぞ俺でも。
「だけど、そういう話じゃない。」
「……………………じゃあ何だ?」
「じゃあ何だと問う前に、客観的に考えてみてよトラン。」
そう言ったローナは、芝居がかった仕草で大きく肩をすくめた。
「あたしとネミルと、タカネ。この三人で遠出したら、どうなる?」
「どうなる、って…………」
何気に答えづらい質問してきたな。どうなるか以前に、想像できない。
あまりにも…その……
「そこまで言えば分かるでしょ。」
「…………………………」
「天恵だとか能力だとか、そういうのとは全然別の意味で言ってるの。
文字通り、あなたがいないとお話にならないって事よ。」
「ツッコミ役がいないってのか?」
「そう。」
「即答すんのかよ。」
そこまで言い交わして、俺は思わず笑ってしまった。
マジで言ってのかよ、この恵神は!
「誰かひとり、常識的な立ち位置の人がいてくれないと困るってね。」
「あの…あたしは?」
「そういう役どころ、務まる?」
「無理ですね、うん。」
ああ、ネミルが納得しちまった。
チラと見ると、ポーニーもモリエナもちょっと笑いを堪えている。
ランドレさんとペイズドさんの二人は、相も変わらずの困惑顔だ。
何なんだよ、ちくしょう。
俺も納得するしかないじゃねえか。
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とりあえず、ローナの言いたかった事は嫌というほど分かった。
確かに俺がいないと、この三人では不安しかない。戦力とかの意味では
なく、単純に社会的な意味で。
さて。
そうなると、避けて通れない問題が目の前にドンと居座る事になる。
タカネと違い、俺とネミルはローナの転移に随行する事が出来ない。
モリエナも【共転移】を行使できるコンディションにはまだまだ遠い。
つまり、どこへ行くにしても普通の移動手段を使うしかないって事だ。
「このあたしがいなくなった事で、少なくともネイルたちはそう簡単に
遠くへは行けなくなったはずです。もちろん、方法が全くなくなったと
いう訳ではありませんが。」
そう言ったモリエナが、現時点での具体的な状況を教えてくれた。
今のロナモロス教には、彼女の他にもう一人似た天恵の持ち主がいる。
その名はカイ・メズメ。俺とネミルと同い年の男で、あのオレグストに
見出された教団幹部だ。【共転送】という天恵の持ち主らしい。
その能力は、任意の場所に人や物を「送る」というもの。質量的制限が
ほぼなく、一気に大量の転送を行う事も出来るらしい。人一人の随行が
精一杯のモリエナと比べれば、輸送手段としてはかなり強力である。
しかし彼の場合、転送する先に自分が認識した対象の人物をあらかじめ
配置する必要がある。つまり受け手を要するって事だ。さらに言えば、
受け手も転送してくる人なり物なりを認識しておかないといけない。
事前に打ち合せをしておかないと、かなり不都合が出てしまう能力だ。
だからこそ、今まではモリエナとの連携を前提に運用していたらしい。
少し楽観的だけど、ロナモロス教の機動力は大幅に削がれた状態だ、と
言ってもいいのかも知れない。
確かに、それは好都合だけども。
「とは言っても、俺もネミルもそう長い間店を留守には出来ないぞ。」
常識人ポジションを望まれているのなら、俺も現実的視点で指摘する。
「ロンデルンに出張した時とかは、ポーニーが留守番を務めてくれた。
だけど、今回はそんな簡単な話じゃない。もうこの国にいるかどうかも
怪しい相手を探すんだ。そんなすぐ帰れる保証は無いだろ?」
「そりゃそうよね。」
「確かに。」
ローナもタカネも頷く。いやいや、納得だけされても困るんだよ俺は。
「あなたたちと違って、俺たちには社会人としての生活があるんだよ。
もちろん、ディナがフレドを預けに来るのも知ってるよな?それも…」
「分かった分かった、言いたい事はきっちり分かったから。」
俺の言葉を遮ったローナが、全員の顔をぐるりと見回す。
しばしの沈黙ののち。
「…確かに、お店をほったらかしてついて来いなんて言えないよね。」
誰にともなく言ったローナの目が、きっかりと俺を見据えた。
「ならいっそ、商売をしながら探すというのはどうよ?」
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「は?」
何を言ってんだこの神は?
「ああなるほど、そういう事ね。」
何をどう納得したんだよタカネ。
何が「そういう事」なんだよ!
「なかなか面白そうじゃない。」
「いや、だから何がだよ?」
「分かんない?」
「分からないから訊いてんだ!!」
思わず声が裏返った俺を面白そうに見つめ、タカネが言い放った。
「キッチンカーで行こうって話よ。つまり、移動店舗の二号店。」
「そう、そのとおり!」
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…………………………はぁ?