天恵に何を思う
「大前提なんだけどさ。」
そう言ったのはローナだった。
「悪い人たちと一緒に悪い事をしてきました、系の懺悔はもうナシね。
面倒臭いから。」
「え?」
迷いのないその言葉に、モリエナとランドレさんの困惑声が重なる。
そりゃそうだろう。事情はどうあれ「悪事」と思う事にずっと加担して
今日に至ったなら、「面倒臭い」で片付けられるはずがない。これから
どう身の振り方を考えるとしても、まずは贖罪から始めるのが道理だ。
そのあたり、俺はむしろ二人の方に共感できる。
だけど、ローナの言いたい事が理解できないという訳でもない。いや、
立ち位置としてはそっち側に近いと言ってもいいだろう。
「だけど、それじゃあ…!」
「そのへんの説明ヨロシク。」
……………………………
「えっ俺?」
「そう。頼むよトラン。」
丸投げかよ!
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恵神の無責任ここに極まれりという感じだけど、まあ仕方ないか。
彼女自身の言葉で説明をした場合、やっぱりどこか歪なものになる。
それ以前に、ハッキリ言ってかなり向いてない。
いつから俺が神託師になったんだ?という疑問はさて置き。
やっぱり彼女たちに説明するなら、同じ人である俺の口からって事だ。
仕方ない、任されよう。
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「君たちがロナモロス教団に与していたって事は、色んな見聞からほぼ
確信してる。…そうだよな?」
「はい。」
今さらと言う感じだろう。二人とも迷わず頷いた。傍らで聞いている
ペイズドさんも、そのへんの事情はそこそこ察しているらしい。なら、
あまり言葉を選ぶ必要もない。
今の教団がどうであれ、歴史の中の「ロナモロス教団」は恵神ローナを
崇拝する集団だったはずだ。それはつまり「天恵」への崇拝でもある。
だとすれば。
「知っての通り、ここは神託カフェだ。神託師であるネミルが希望者に
天恵を宣告する場として、ちゃんと国からも公認されている。」
「…………………………」
ペイズドさんも含め、みんな黙って聞いている。ネミルたちも然りだ。
これはローナの代弁であると共に、今の俺自身の認識の確認でもある。
…ちょっと緊張するな、それも。
「今の時代には逆行してるけれど、これはネミルが受け継いだ宿命だ。
今日まで色んな天恵を見てきたし、色んな人の生き様も目にしてきた。
たとえ世の中的には廃れていても、天恵は15歳になれば間違いなく
授かる力だ。俺たちも、自分なりにその事実は受け入れている。」
「それは…そうでしょうけど。」
やっぱりモリエナは困惑声だ。まあ抱いてるであろう罪悪感を思えば、
こんな一般論で一体何を納得しろと言うんだ、と考えても無理はない。
だけど、話はここからだ。
俺たちが恵神ローナ本人から、直に聞いた彼女の道理は。
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「当たり前の話だけど、俺たちには世界を変えたいなんて理念はない。
そんな力もないし、あったとしてもわざわざそんな事に手は出さない。
そして、誰がどんな天恵でどんな事をしようと、原則関与しない。」
「えっ?」
やっぱり意外そうな顔になるのか。…それが普通なんだろうな、多分。
だったらしっかり説明しないとな。ちょっとローナの言葉も借りて。
「例えば人を殺す事のみに特化した天恵があったとして、それを使って
人を殺すのが無条件に悪い事だ、と言えるか?」
「それはその…」
…………………………
答えづらいよな、うん。それは重々分かっている。
俺だって、納得するまでにかなりの時間と葛藤を要したんだから。
「もちろん、社会的な意味で言えば犯罪だ。法律で裁かれるというのは
当然だろうし、それを否定する気はない。でもその天恵で人を殺すのは
少なくとも背信行為じゃない。ただ自分の天恵を使ったってだけだ。」
「…ゲイズもそうですか?」
「そう。」
俺より早くローナが即答する。
「彼女がああなったのは、個人的な感情がぶつかった結果でしかない。
【氷の爪】で人を傷つけた事自体がどうこうって話じゃないのよ。」
「…………………………」
やっぱり、三人とも返すべき言葉を見つけられないでいる。当然だな。
捉え方次第では、俺たちの言う事はロナモロス教と大同小異だから。
だけど。
いや、だからこそ。
それこそが天恵のあるべき姿だと、本当に納得する必要がある。
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今ここにいる恵神ローナは、露骨にえこひいきをしている。
俺たちという存在を気に入って店に入り浸り、明らかに俺たちに対して
個人的な肩入れをしている。結果、ゲイズとタカネとを戦わせるまでに
至っている。結果がどうなるかを、知った上での事なのも間違いない。
ローナを神と崇める数多の人間からすれば、裏切りにも等しい行為だ。
だけど、そこには根本的な考え違いがある。
そもそも恵神ローナとは、どういう存在なのだろうか。
そんなのは、子供でも知っている。15歳になった者に、等しく天恵を
授けてくれる神様だ。いつの時代もその定義は揺るがない。もちろん、
今この瞬間もまったく変わらない。
ローナは、息をするかの如き気軽さで天恵を授け続けているらしい。
もはやそれは、生理現象にすら遠く満たない全自動だ。15歳になった
人間に対し、何の手間もなく天恵を授けている。
何度も聞いたが、恵神としての彼女は個人を感知する事が出来ない。
コーヒーに入れるクリームのような曖昧さで、人間の存在を見ている。
特定の個人に特定の天恵を授けるという、規模の小さなえこひいきなど
そもそも出来ない仕様なのである。いついかなる時も、ローナは完全に
ランダムかつ公平な形で人に天恵を授けているらしい。
要するに、ローナは別に裏切りなどしていないって事だ。
世の全ての人が信じている、恵神としての務めは普通にこなしている。
今ここにいるローナは、その点にはいささかも関与していないのだ。
だから、神の務めを放棄したなどという言いがかりは的外れである。
確かに彼女は、恵神ローナとしての知識や自我を持っている。
神しか知り得ない事や異なる世界の事物を、ここに持ち込んでいるのも
事実だろう。正直、それいいのかと心配になる事もしょっちゅうだ。
それでも彼女は、自分で世界の理に大きな歪みを生む事は避けている。
神らしい力はほとんど持たないし、自分ではさほど大した事もしない。
原則的にタカネをノートパソコンに封じているのも、その一端だろう。
ある意味自分よりも万能な神であるタカネを自ら起動させた事に対し、
意外としっかり責任を持っている。
人として現出した以上、人としての枠をはみ出さないようにしている。
それを理解しているからこそ、俺もネミルもポーニーも彼女の言動を
尊重しているんだ。
そんなローナが、恵神としての務めを果たしながら述べる天恵の定義。
俺たちは、それを信じている。
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「仮にロナモロス教の他の連中が、天恵を使い大きな事をするなら。」
そう言いつつ、俺はモリエナの顔をまっすぐに見据えた。
「別に、頭から否定する気はない。それもまた、天恵を授かった人間の
自由だと思うからね。歴史ってのはそうして積み重なっていくもんだ。
良くも悪くもね。個人的な価値観でそれらを否定する行為は、それこそ
恵神への侮辱に繋がる。俺たちは、そういう独善は選ばない。」
「…………………………」
モリエナはすぐには答えなかった。ランドレさんもペイズドさんも、
じっと黙っていた。
極端な事を言っていると、自分でも思う。呆れるほど偏っているなと。
だけど、今ここで中途半端な見解を述べるわけにはいかなかった。
少なくともランドレさんとモリエナの二人は、己の意志ではないにせよ
ロナモロス教団の企みに何度も加担している。その事実は覆らない。
モリエナの覚悟を鑑みれば、それがどれほどの罪悪感になっているかも
想像できる。
だからと言って「これからはその罪を償って生きていけ」などという、
薄っぺらな救済の言葉は吐けない。それは絶対に解決には繋がらない。
だったらもう、道連れだ。
俺たちがローナと共に生きるために超えた一線を、同じく超えさせる。
天恵をどう使うかは個人の自由だという考えを受け入れた上で、もっと
現実的なスケールで生きていくって事だ。過去は過去、今は今ってね。
胸を張れる生き方かどうかは、人によって違ってくるだろう。それは、
もう仕方ない。割り切る以外に道はないと思っている。やましい事を
しない人生を目指すってだけだ。
「だから俺たちは、君たちの過去をあれこれ責めない。面倒だからね。
少なくとも俺たちは、今の世の中をかき回すような事は考えていない。
それに共感してくれるというなら、いろいろ水に流して前を向こうぜ。
俺たちが望むのはそれだけだ。」
言葉を切り、ネミルやローナたちに視線を向ける。
…いいよな、これで?
「…はい。」
「分かりました。」
「本当にありがとう。」
そう言って頭を下げ、三人はやっと俺に笑みを向けてくれた。
ネミルもポーニーもローナも、その隣に立つタカネも笑っていた。
よおし。
問題は山積みだけれど、少なくともその山のひとつは乗り越えられた。
そう考えてもいいはずだ。
ようこそ、オラクレールへ。