表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
295/597

悩む時も前向きに

「そうですか。ここはオラクレールなんですね。」


それほど驚きはしなかった。

見えないけど、何となく覚えのある気配を感じていたから。


前に一度だけ行きたいと頼んだ時、モリエナさんが目を付けたらしい。

あたしと伯父さんの二人を、最後に避難させる場所として。

ついて来るなと言っておいたのに、あの後自分で足を運んでいたのか。

いくら何でも、この状態でいきなり連れ込むというのは非常識過ぎる。

あたしはそんな事…


なんて事、もう言うつもりはない。そこまで恩知らずになりたくない。

悩みに悩んだ末に、モリエナさんは命を賭してあたしたちをこの場所に

送ってくれたんだ。その事はもう、あたしなりに心に刻んでいる。


だとすれば。



もう、絶望なんか絶対にしない。


================================


「トランさん、ここにいらっしゃいますか?」

「ああ、いるよ。」


何だか、やけに懐かしい声だ。

思い返せば初めてこの店に来た時、あたしはこの人に散々罵られた。

伯母さんの天恵に支配されてる状態だったけど、よく憶えている。

あれから、色々あり過ぎたなあ。


そんな今だからこそ、あたしはこの人に謝らないといけない。

ポロポネスにて、不意打ちのような形で天恵を使った事を。


「すみません。」

「…………………………」

「あたしは以前、あなたに【洗脳】の天恵を使って…」

「その話は、今はいいよ。」

「え?」


その反応は予想しなかった。

明らかに、知っている風だった。

確かにあの時は記憶を消したのに、どうして知ってるんだろうか。

じゃあ、ウルスケスの事とかも…?


「気にはなってるけど、今の俺には別に不都合なんて生じてないから。

あらためてゆっくり聞く。だから、今は君の事を優先しよう。」

「…はい。」


頷いた途端、新たな涙が流れた。


あらためてゆっくり、か。

そのための機会をもらえるのなら、これ以上あれこれ言うのは失礼だ。

何より今のあたしは、ここの人たちに果てしなく迷惑をかけている。

言葉通りの意味で、今はあたしの事を何とかするのが最優先だろう。



あらためて、あたしは腹を括った。


================================

================================


「で、とりあえずどうすんの?」


誰にともなくタカネがそう言った。


「ゲイズが死んでいる以上、すぐにこの店の状況が動くとは思わない。

でも、少なくとも三人のこれからの身の振り方に関しては、出来るだけ

早く決めた方がいいと思うよ。」

「そうね。」

「だろうな。」


ローナも俺も賛同を示す。確かに、目の前にいる三人の状況打開こそが

最優先事項だ。現実的問題として、俺たちの生活を戻すって意味でも。

とりあえず、ペイズドさんに意見を求める事にした。


「具合はいかがですか?」

「嘘のように楽になりましたよ。」


即答しつつ、ペイズドさんは自分の手首に目を向けた。


「ですが、体はこの有様です。」


俺の素人目にもやせ細っているのがひと目で判る。よっぽど長い間、

寝たきりの状態でいたんだろうな。多分、まともに歩く事さえ難しい。


「分かりました。」


ここはもう、腹を括るしかない。

下手にどこかの病院に預けた場合、またロナモロスの連中の手が伸びる

危険が伴う。なら選択はひとつだ。


「状況と体調がそれなりに落ち着くまで、ここに居てもらおう。」

「そうね。」

「ですね。」


ありがとよネミル、ポーニー。



そうやって即答してくれると、俺の決意もしっかり固まるってもんだ。


================================


「じゃ、お店のお手伝いします。」


そう言ったのはモリエナだった。


「経験はありませんけど、どうにか覚えてお運びとかを…」

「いやちょっと待ってくれ。」


勢いのあるその言葉をあえて遮る。


「気持ちは嬉しいけど、正直うちの店はそんなに人手が必要な規模じゃ

ないんだよ。ネミルとポーニーと、あと一人いるから今は十分だ。」


さすがにローナの名は伏せておく。既に知ってるモリエナは別として、

他の二人には言わない方がいい。


「…そうですか。」


モリエナは残念そうだけど、これは中途半端に譲歩する話じゃない。

店員が多過ぎる状況は店にとってもプラスにならないし、下手をすると

経営そのものにひずみが出てくる。いっそ何もせず居候してくれる方が

助かるとさえ思う。


それにだ。


「君もランドレさんも、そういう事をすぐできる状態じゃないだろ?」

「…………………………」


俺の言葉に、二人とも沈黙を返す。ネミルやローナたちも小さく頷いた。

そんなのは、ペイズドさんと同様に一目瞭然だ。もっとも元気に見える

モリエナも、片耳を失っている上にあちこち傷だらけである。もちろん

タカネが手当てをしているものの、正直人前に出られる状態ではない。


そして、ランドレさんは失明状態。ある意味、三人の中で一番つらい。

今、彼女に何かを求めるのは酷だ。



勢いに任せて腹を括ったけど。

考えれば考えるほど、厳しいなあ。


================================


「…なかなかに難しい状況ねえ。」


腕組みをしながらタカネが言った。


「まあ、あたしもゲイズを殺した。ここまで乗り掛かった舟なんだから

できる事はやるつもりだけどね。」

「助かる。」


思わず本音を漏らしてしまったが、そのくらいいいだろう。な?

俺だって途方に暮れてるんだから。


「だったらもう、きっちりと現状を踏まえて考えようか。」

「え?」


タカネのその言葉に、ネミルが怪訝そうな表情を浮かべた。


「つまり、どういう事ですか?」

「今のこの状況だけじゃなく、今後何をするかって事も踏まえるのよ。

つまり、あたしたちも含めてね。」

「…………………………?」


ネミルもポーニーも、タカネのその言葉に同じように首をかしげる。

それに対し、俺は彼女の言いたい事をそこそこ察した。


客観的に状況だけを見れば、三人の傷病者がいるって構図でしかない。

しかし、ランドレさんとモリエナはロナモロス教団のこれまでの活動に

かなり深く関わっている。

ここに留まるという道を選ぶなら、そのあたりも聞く必要がある。

タカネが言いたいのは多分、そんな事だろう。


ただし、おそらく聞けば俺たちにも後戻りという選択はなくなる。

国家単位でとんでもない事をする、狂信者たちの内情を知るんだから。


もう一回、腹を括るか。



あくまでも前向きにな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ