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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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たとえ光はなくとも

何のために生まれたのか。

何のために生きているのか。

何のために死ぬのか。


どの問いにも答えられない。



あたしの人生って、そんなもの。


================================


幼い頃に、事故で両親を喪った。

伯父さんと伯母さんに引き取られ、それなりに可愛がられて育った。

だけどあたしには、「祖父の遺産」という呪いがかかっていた。

優しかった伯母さんは、伯父さんとあたしをまとめて殺そうとした。


伯母さんの笑顔の向こうに、そんな悪意が潜んでいたなんて。

あたしは、全く気付けなかった。


あの日以来、あたしは人の浮かべる笑顔を信じられなくなった。

伯父さんと共にひっそり生きる選択しか、目に映らなかった。

伯母さんと同じ天恵を得た自分に、得体の知れない納得があった。


こんな生き方も悪くない。

誰からも忘れられた、静かな屋敷の中でゆっくりと朽ちていく二人。

思うまま生きる事を許されなかったあたしには、お似合いだと思った。

たった一人の味方である伯父さんと一緒に、静かに終わりたかった。


だけど。



それさえも叶わなかった。


================================


己の境遇を嘆くのはもう、疲れた。

死にゆく伯父さんの姿を見ながら、言われるままに天恵を使い続けた。

誰に何をしたかなんて、片っ端から忘れていった。そうでもしないと、

心が砕けそうだったから。

全てから目を背け、あたしは空虚な力を世界に撒き散らし続けた。

マルコシム聖教の教皇を相手にした時も、もはや心は波立たなかった。


あたしはもう、死んでいるんだ。


そう考えれば、もうロナモロス教に対する憎しみさえも湧かなかった。

このまま伯父さんが死ねば、きっとあたしも殺される。それでいいと、

心から思った。一緒に死ねる事が、唯一最後の望みだった。


一緒に死ねさえすれば、恨み言など一切口にしない。

今までさんざん協力したんだから、そのくらいの望みは聞いて欲しい。


だけど。



それさえも叶わなかった。


================================


焼けるような痛みが両の目に走り、そのまま何も見えなくなった。

その時のあたしに宿っていたのは、紛れもない安堵と開放感だった。


これで終わるんだ。

終わりにできるんだ。


伯父さんはもう、手が届かない所に行ってしまったけど。


もういい。


きっと、死ねば一緒になれるから。

せめてそれくらいは夢見たい。

たとえ許されない罪人だとしても、最期にそのくらい夢見てもいい。

恵神ローナも、そのくらいは許してくれるだろう。


痛がるのも苦しむのも、疲れた。

あたしはもう、おしまい。


お父さん

お母さん


せめて笑顔で迎えてね。

こんな愚かな娘だけど。


せめて…


…………………………


…………………………


…………………………


「ランドレ」


================================


あたしが、その声を聞き間違える事などない。

絶対にない。


呼ばれなくなって久しいけど。

あたしの耳は、絶対に忘れない。



あたしを呼ぶ、伯父さんの声を。


================================


瞼を開いても、何も見えなかった。それはもう、分かっていた。

だけどあたしは、確かに感じた。


傍らにいる伯父さんを。

その手が、あたしの手を握っている微かな感触を。


「…伯父さん……?」

「ああ、私だ。聞こえているね?」

「…………………………うん…」


見えないけど。

もう何も見えないけど。


涙は流せるんだな。



そんなどうでもいい事に、あたしは嗚咽を抑えられなかった。


================================


「ランドレさん。」

「…モリエナさん?」

「はい。」


反対側から聞こえてきたのは、別の意味で忘れられない人の声だった。

あたしたち二人の人生を破壊した、ロナモロス教の団員の一人であり。

何度となく任務で組まされた相手であり。


そして。

誰よりもあたしたちの境遇に、心を痛めていたモリエナ・パルミーゼ。

かつて抱いていた憎しみは、もはや枯れ果てていた。だからあたしは、

静かに尋ねた。


「…助けてくれたの?」

「力及ばす、申し訳ありません。」


あたしの目の事か。

そんなの、気にしなくていいのに。


「…伯父さんの容態は?」

「大丈夫です。」


即答だった。


「【病呪】の影響は残ってますが、心機能は回復に至りましたから。」

「そうなんだ。」


新たな涙が溢れた。


難しい話はどうでもいい。

伯父さんが助かったのだという事実さえ確かなら、他は何でもいい。


「あなたが助けてくれたのね?」

「あたしの力だけでは…」

「あなたの決意が、伯父さんの命を救うきっかけになったのよね?」


「…はい。」


誰かに促されたような答えだなと、そう思ったけど。

少なくともそれは、確かな事実だ。


だったら、言うべき言葉はひとつ。


「ありがとう、モリエナさん。」

「…許してもらえますか?」

「あなたにはもう、感謝しかない。本当にありがとう。」


そう言って差し出したもう一方の手を、しっかりと握る手を感じた。

手の甲に滴る、涙も感じ取れた。


見えなくたっていい。

二度と天恵なんて使えなくていい。

あたしはもう、そんなの望まない。


伯父さんが助かって。

モリエナさんがここにいて。

二人の気持ちを肌で感じ取れて。

…………………………


なあんだ。


バカみたい。



あたしって、幸せだったんだな。

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