たとえ光はなくとも
何のために生まれたのか。
何のために生きているのか。
何のために死ぬのか。
どの問いにも答えられない。
あたしの人生って、そんなもの。
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幼い頃に、事故で両親を喪った。
伯父さんと伯母さんに引き取られ、それなりに可愛がられて育った。
だけどあたしには、「祖父の遺産」という呪いがかかっていた。
優しかった伯母さんは、伯父さんとあたしをまとめて殺そうとした。
伯母さんの笑顔の向こうに、そんな悪意が潜んでいたなんて。
あたしは、全く気付けなかった。
あの日以来、あたしは人の浮かべる笑顔を信じられなくなった。
伯父さんと共にひっそり生きる選択しか、目に映らなかった。
伯母さんと同じ天恵を得た自分に、得体の知れない納得があった。
こんな生き方も悪くない。
誰からも忘れられた、静かな屋敷の中でゆっくりと朽ちていく二人。
思うまま生きる事を許されなかったあたしには、お似合いだと思った。
たった一人の味方である伯父さんと一緒に、静かに終わりたかった。
だけど。
それさえも叶わなかった。
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己の境遇を嘆くのはもう、疲れた。
死にゆく伯父さんの姿を見ながら、言われるままに天恵を使い続けた。
誰に何をしたかなんて、片っ端から忘れていった。そうでもしないと、
心が砕けそうだったから。
全てから目を背け、あたしは空虚な力を世界に撒き散らし続けた。
マルコシム聖教の教皇を相手にした時も、もはや心は波立たなかった。
あたしはもう、死んでいるんだ。
そう考えれば、もうロナモロス教に対する憎しみさえも湧かなかった。
このまま伯父さんが死ねば、きっとあたしも殺される。それでいいと、
心から思った。一緒に死ねる事が、唯一最後の望みだった。
一緒に死ねさえすれば、恨み言など一切口にしない。
今までさんざん協力したんだから、そのくらいの望みは聞いて欲しい。
だけど。
それさえも叶わなかった。
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焼けるような痛みが両の目に走り、そのまま何も見えなくなった。
その時のあたしに宿っていたのは、紛れもない安堵と開放感だった。
これで終わるんだ。
終わりにできるんだ。
伯父さんはもう、手が届かない所に行ってしまったけど。
もういい。
きっと、死ねば一緒になれるから。
せめてそれくらいは夢見たい。
たとえ許されない罪人だとしても、最期にそのくらい夢見てもいい。
恵神ローナも、そのくらいは許してくれるだろう。
痛がるのも苦しむのも、疲れた。
あたしはもう、おしまい。
お父さん
お母さん
せめて笑顔で迎えてね。
こんな愚かな娘だけど。
せめて…
…………………………
…………………………
…………………………
「ランドレ」
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あたしが、その声を聞き間違える事などない。
絶対にない。
呼ばれなくなって久しいけど。
あたしの耳は、絶対に忘れない。
あたしを呼ぶ、伯父さんの声を。
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瞼を開いても、何も見えなかった。それはもう、分かっていた。
だけどあたしは、確かに感じた。
傍らにいる伯父さんを。
その手が、あたしの手を握っている微かな感触を。
「…伯父さん……?」
「ああ、私だ。聞こえているね?」
「…………………………うん…」
見えないけど。
もう何も見えないけど。
涙は流せるんだな。
そんなどうでもいい事に、あたしは嗚咽を抑えられなかった。
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「ランドレさん。」
「…モリエナさん?」
「はい。」
反対側から聞こえてきたのは、別の意味で忘れられない人の声だった。
あたしたち二人の人生を破壊した、ロナモロス教の団員の一人であり。
何度となく任務で組まされた相手であり。
そして。
誰よりもあたしたちの境遇に、心を痛めていたモリエナ・パルミーゼ。
かつて抱いていた憎しみは、もはや枯れ果てていた。だからあたしは、
静かに尋ねた。
「…助けてくれたの?」
「力及ばす、申し訳ありません。」
あたしの目の事か。
そんなの、気にしなくていいのに。
「…伯父さんの容態は?」
「大丈夫です。」
即答だった。
「【病呪】の影響は残ってますが、心機能は回復に至りましたから。」
「そうなんだ。」
新たな涙が溢れた。
難しい話はどうでもいい。
伯父さんが助かったのだという事実さえ確かなら、他は何でもいい。
「あなたが助けてくれたのね?」
「あたしの力だけでは…」
「あなたの決意が、伯父さんの命を救うきっかけになったのよね?」
「…はい。」
誰かに促されたような答えだなと、そう思ったけど。
少なくともそれは、確かな事実だ。
だったら、言うべき言葉はひとつ。
「ありがとう、モリエナさん。」
「…許してもらえますか?」
「あなたにはもう、感謝しかない。本当にありがとう。」
そう言って差し出したもう一方の手を、しっかりと握る手を感じた。
手の甲に滴る、涙も感じ取れた。
見えなくたっていい。
二度と天恵なんて使えなくていい。
あたしはもう、そんなの望まない。
伯父さんが助かって。
モリエナさんがここにいて。
二人の気持ちを肌で感じ取れて。
…………………………
なあんだ。
バカみたい。
あたしって、幸せだったんだな。