生まれ変わる記憶
つくづく思う。
今日がトモキを預かる日でなくて、本当に良かったと。
状況が混沌とし過ぎてるんだよ。
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「あぁー、やっぱりね。」
トモキの記憶を見る時に使用した、おなじみのローナ特製ヘッドホン。
これをモリエナに着けさせて調べたローナは、モニターを確認しながら
いかにも「やっぱり」という表情で頷く。頼む説明してくれ。
「今日っていうか、ついさっきね。数年分くらいに相当する量の記憶が
一気に頭に書き足されてる。」
「うわぁ、それって大丈夫なの?」
「あんた生後一か月のトモキにほぼ同じ事したじゃん。今になってその
うわぁって表現どうかと思うよ。」
「ちょっと言ってみただけよ。」
いいから説明しろってんだ規格外。
自分たちの基準であれこれ語るのは勝手だけど、ここは俺たちの家だ。
せめて説明責任くらいは果たせや!
「つまり、さっきこちらに来た時の共転移で、タカネさんの持つ記憶の
一部を得た…って事なんですよ。」
気を使ってか、ヘッドホンを着けたままのモリエナが説明してくれた。
もうちょっと彼女を見習ってくれ。
かすかな苦笑を浮かべ、モリエナは接がれたばかりの右腕を掲げる。
「共転移の直前、あたしの体内にはタカネさんの分体がいたんです。
どうやらあたしの天恵は、その存在を共転移の対象と認識したようで。
…頭が破裂するかと思いました。」
「まあ、確かにかなり危ういところだったわね。」
ローナの口調に実感がこもる。
そこまで聞ければ、俺たち三人にもそれなりに今の事情が見えてくる。
下手すると、本当に頭が吹っ飛んで死んでたかも知れないんだな彼女。
そんな事になったら、もう精神的に店が続けられなかっただろう。
今日は、つくづくヤバい日だ。
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「…それで、具体的にどのくらいの記憶がそっちにコピーされたの?」
そう言ったのはタカネだった。
口調から分かる。まだまだ彼女は、懐疑的な考えを崩していない。
そりゃそうだ。天恵の定義もかなり怪しいのに、そう簡単に信じられる
話じゃないだろうから。
「正直に言いますと、かなり内容がバラバラで答えづらいんです。」
ヘッドホンを外してローナに手渡しながら、モリエナが答える。
「多分、専門的なプログラム言語の類は入って来なかったんだろうなと
思います。新たな記憶になったのは具体的な出来事ばかりで、内容にも
かなり抜けがあります。」
「ふーん…」
タカネ、ますます懐疑的。明らかに信じるに足りないって顔してるな。
とは言え、少なくとも直近の言動に関してはかなり説得力がある。
タカネ自身の記憶が無ければ、あの内容はあり得ないだろう。ここは、
何かしら決定打が欲しいところだ。
「だったら、何かしら決定打になる記憶を言ってみてよ。」
おっと、俺の考えがシンクロした。…ってか、それが当然の確認方法だ。
今まで以上に、明らかにタカネしか知り得ない何かを例示できれば…
「ラッシュ・リーズナーは環さんが蒼炎で賽の目に刻んで殺した、とか
どうでしょうか?」
「合格。間違いないわね。」
即答だった。
え?
それで納得できるのかよ早いな!
ってか…
物騒な話だなどこまでも!
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2882歳だとか、いちいち情報がぶっ飛んでるのはもうあきらめる。
俺の店にはそういう奴らが集まる。開き直らないとやってられない。
でもまあ、何が起きたかだけは一応理解できた。納得もできた。
ネミルもポーニーも、目の前にある非常識に何とか食らいついている。
雑に丸呑みしてしまえば、今のこの状況は決して悪くはないだろう。
モリエナがここに来た事も、そして二人をここに保護できた事も。
もちろん、これが最善かどうかなど誰にも分からない。ローナにも。
今から何をどうするかに関しては、あらためて皆で考えるしかない。
そんな中、まずひとつ吉報がある。
「共転移の履歴を検索できるのは、ゲイズだけだったんですよ。」
そう言いながら、モリエナは自分の右手首を意味ありげに掲げた。
「彼女の右の手の甲に、感知専用の特殊な印が刻まれていたんです。
それを発動させれば、あたしが転着した場所が割り出せる代物です。」
「なるほど。いくつかの天恵の力を応用すれば、そんなのもアリか。」
ローナが納得したように頷く。
「って事は、つまり…」
「はい。」
同じように頷き、モリエナは手の甲をなぞって続ける。
「これは、あたしの存在に紐づいた刻印ですから、ゲイズの生死には
無関係です。彼女が死んだとしてもその手さえ残っていれば、誰かが
引き継ぐ事も可能でした。」
「結果オーライってやつね。」
ローナもタカネも微妙な顔で笑う。いや、俺たちもちょっと笑った。
確かに結果オーライだな。
そんな話はまったく知らないまま、タカネはゲイズの右手を溶かした。
つまり実質的に、もうその印の力でモリエナの履歴を追うのは不可能と
いう事だ。追手が来ないというのは助かる。色んな意味で実に助かる。
もうこれ以上、店の中でゴタゴタはやめて欲しいから。
やれやれ。
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ひとつの決断と覚悟が、多くの結果を生み出したというのは確かだ。
まだまだ解決すべき事は多いけど、モリエナがここにいるのは大きい。
もちろん彼女の身辺は、まだ問題が山積みになっているに違いない。
それでも共転移効果か、今の彼女は少なくとも前向きになれている。
やはり、ペイズドさんが当座の窮地を脱したのが大きいんだろうな。
分かった風に言うなら、「心が少し軽くなった」ってとこだろう。
俺たちには俺たちの目的がある。
モリエナが何を捨ててきたにせよ、そしてゲイズとの間にどんな因縁を
抱えていたにせよ、彼女の何もかも背負う気などない。落としどころは
これから考えていくべきだろう。
「とは言え、ここにいてもらうのはもう確定なんでしょうね。」
悟ったような顔でポーニーが言う。うん、それはまあ間違いないな。
まだ詳しい事情は聴いてないけど、タカネの記憶を部分的に得たという
現実はヤバ過ぎる。どう考えても、このまま去られるのは非常に困る。
「もちろんです。至らぬ身ですが、お世話になります。」
本人もすっかりその気だ。何だか、勢いで色々決まっていくなあ。
さて。
残る問題はランドレさんだな。
ある意味、一番大変かも知れない。
頼むぜ、規格外たち。