変わりたい自分
今のままでいいんだろうか。
最近、何をしていてもそんな疑問が頭にチラつく。
もちろん、今の生活に不満があるという意味じゃない。そうじゃない。
…不満がないからこそ、自分自身がこのままでいいのか考えてしまう。
もっと成長すべきじゃないのか。
もっと変わるべきじゃないのか。
そう、トランみたいに。
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お爺ちゃんはあの朝、前触れもなく逝ってしまった。
あたしと一緒に誕生日パーティーに行こうって、前の晩に言ったのに。
約束してたのに。
サヨナラも言えなかったあたしは、泣き方や悲しみ方を忘れていた。
とにかくお爺ちゃんの傍らにいた。そうする以外、何もできなかった。
そして、トランが来た。
何も言わずにぐずぐずと泣き出したその背中を見て、やっとあたしにも
悲しみが押し寄せた。だから一緒に泣いた。一緒にお爺ちゃんの死を、
声が枯れるまで泣いて悲しんだ。
そのおかげで、あたしは何とか前を向く事が出来た。お爺ちゃんの死を
しっかりと受け止める事が出来た。
それからの日々は、あたしの想像をはるかに超える激動の連続だった。
お爺ちゃんから神託師の職を継ぐ事になり、トランと一緒に生きる事を
両親に宣言した。もしも先に約束をしてなかったら、おそらくあたしは
パニックになっていただろう。でもトランのおかげで、自分の運命にも
落ち着いて向き合う事が出来た。
受け継いだ家で喫茶店経営を目指すという話になって、不思議な指輪を
見つけた。名ばかりと思った神託師の能力を、図らずも手に入れた。
…試しに天恵を見た事で、トランの運命を変えてしまった。
そんな折、トーリヌスさんが弔問に現れた。あれよあれよという間に、
家の改装をしてもらえるという話になった。正直、今でもあの時の話は
信じられない。お爺ちゃんの縁だと言えば、それまでなんだけど。
どうにか神託師の資格を取得して、お店もできて。
あれこれと悩む間も迷う間もなく、開店の運びとなった。…何が何だか
分からないうちに、そこそこ仕事の要領も覚えた。最初はかなり失敗も
したけど、さすがにもう慣れた。
そして、あのシュリオさんに初めて天恵を宣告して。
正直ちょっと忘れていた、トランの「魔王」があんな形で発現して。
ハッキリ言って、今の状況は完全にあたしの理解など超えちゃってる。
…それでもトランは、自分の天恵を受け入れた上で前を向いている。
前と変わらず、あたしの事も大事にしてくれている。そんな気持ちを、
今さら疑ったりはしない。
だけど。
あたしはこのままでいいのかなあ。
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「あー、お砂糖の在庫が来週までは持たないかもね。」
「やっぱりキツイか。」
明日はもう週末。今日中に補充しておかないと、たぶん休日が厳しい。
「じゃ、ちょっと配達を頼みに…」
「いいよ、あたしが行ってくる。」
カウンターから出ようとするトランを押し留め、あたしは手早く上着を
着込んだ。
「いいのかよ。」
「いいのいいの。配達をお願いしに行くだけだし、持って帰るわけじゃ
ないからさ。まだお客さん来る時間だから、こっちをお願いね。」
「分かった。気をつけて行けよ。」
「了解!」
このくらいのお使い、率先して行く気概を持ちたい。何たってあたしは
このお店の共同経営者なんだから。そう考えながら、元気に外に出る。
思った以上にいいお天気だった。
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配達をお願いする商店は、ちょっと目抜き通りを歩いたところにある。
急ぐ用事でもないから、ブラブラと向かう。まあ気分転換でもあるし。
それにしても、今日は人手が多い。時間帯も関係してるのかな。
あちこちを見ながら歩くうち、ふとあたしは襟口から指輪を出した。
シュリオさんの一件以来、ほとんど着ける機会すらもなかった。正直、
着替えるまで忘れている事もある。…うーん、こんなでいいのかなあ。
かと言って、神託師としての仕事を積極的に探すというのも何か違う。
…少なくとも、トランはそんな事は望まないだろう。
「…でもまあ、もしもの時に備えて練度を上げとくのは大事かも。」
ふと浮かんだ考えを口にした途端、何かとってもやる気が湧いてきた。
元手がかからないんだし、この機に指輪をもっとちゃんと使いこなせる
自分になろう。それもまた、立派な成長や変化と言えるかも知れない。
迷わず指輪を左手の薬指にはめる。うん、やっぱりピッタリで安心。
さあて、じゃあ…
「あ、ニロアナさんだ。」
路地から現れたのは、実家の近くで絵画教室を営むニロアナさん。
あたしも昔ちょっと通ったけれど、絵心の無さを悟って終わったっけ。
お母さんより少し年下の、とっても背の高い美人さんだ。
よし。
こちらに気付かないまま、ニロアナさんは雑貨屋さんの店頭を見てる。
ちょっと申し訳ないけど、あたしの修行の実験台になってもらおう。
まあ、何も言わなきゃバレないし。
指輪をはめた状態でニロアナさんを凝視する。当たり前の結果だけど、
見えた光は当然「白」だ。あの人は天恵宣告は受けていないって事ね。
かなり距離があるし、向き合ってもいない。この位置からでもちゃんと
それは見える。これもまた発見だ。よおし、じゃ天恵見せてもらおう。
盗み見るみたいだけど、絶対誰にも言いませんからね。ご容赦を…
あらためて気持ちを込め凝視する。やっぱり遠いかもと思ったけれど、
反応は確かだった。そして天恵文字も、あたしの目の前に結像した。
おお、やっぱりあたしって凄い!?ええっと内容は…
え?これって…
【読心】?
つまり、心が読めるっていう能力?…いやこれ、何気に凄いかも!?
古い資料に記載はあったけど、確かかなり珍しい天恵だったはずだ。
ニロアナさん、レアキャラだった!どうしよどうしよ、これって…
「あ。」
オタオタしてる間に、ニロアナさんは何も買わずに行ってしまった。
…まあ、今ここで声をかける選択はない。下手すると怒られるどころか
訴えられるかも知れない。いやはや我ながら何やってるんだか。
………………
ちょっと落ち着いた。悪い事してるっていう意識が、今さら芽生える。
うん、このくらいにしとこう。
さて、お使いお使いっと。
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問題なくお砂糖の発注を済ませて、ちょっと急いでお店に戻る。正直、
かなりのんびりになってしまった。怒られるかも…
「ただいまー!」
「遅え。どこまで行ってたんだ。」
「ゴメンゴメン、ちょっと寄り道をしちゃって…」
(心配したじゃねえかよ。)
「え?」
…いま何て?
「仕事溜まってるぞ。」
「ああ、うん。すぐに…」
(いいよなあ、その上着の色。)
「え?」
…いや、いま何て?
「何だよ。」
「いや別に…」
(心配事があるなら、ちゃんと俺に言ってくれよ。)
いやちょっと待って。
声に出してないのは判ってる。でも何か、声以外ではっきり聞こえる。
トランの考えてる事なの、これ?
何でそれが、いきなり聞こえて…
「あっ」
「どうした?」
「ううん、別に。」
もしかしてこれ…
ニロアナさんの天恵?
え。
いや、どうして?