誰を呼び、どこへ向かうか
「何してんの?」
「電話。」
え?
「そのパソコン電話もできるの?」
「スペック神だと言ったでしょ。」
いや言ってたけど。
そもそもこの世界ってまだ固定電話しかないのに、そこにパソコンから
直接電話を掛けるというのはかなりぶっ飛んでる気がする。
まあ、神の御業だからいいのか。
「ってか、どこに掛けるの?」
「警察と騎士隊。」
「なるほど。」
納得するしかない、至極まっとうな通報だった。
これも神の御業なのか…
「それよりタカネ。」
「うん?」
「彼女の応急処置をよろしく。」
「了解。」
そうだった。
もうほぼ意識がない状態だけれど、内部から干渉すれば何とかなる。
傷を治すのではなく、生命維持だ。
…………………………
「あ、もしもし。」
どうやら本当に繋がったらしい。
ゲイズ・マイヤールの声紋を完コピしたローナが、ヘッドセット式の
電話で淡々と話す。
「ココノロ病院の新棟で殺人です。警察官をよこして下さい。……はい。
そうです。よろしく。じゃ。」
電話を切ったローナが、引き続いてまたどこかにかける。多分、今度は
マルニフィート騎士隊直通回線だ。
「もしもし。…ええと、善意の通報と思って下さい。…そう言わず。」
雑だな。説得する気あるのか。まあ別にいいんだけど。
「【氷の爪】が死にました。…ええそう。間違いありません。…はい。
場所はココノロ病院の新棟です。」
なるほど、ガッツリと保険を掛ける算段ってわけね。
この病院がどういう場所なのかは、現時点では今ひとつ分からない。
だけどゲイズの所属している組織の息がかかっている場合、彼女の死も
モリエナたちの顛末もなかった事にされてしまう可能性が高い。
だからこそ、警察と騎士隊の両方に報せる事で、彼らの介入を封じる。
匿名の通報だから、さぞかし誰もが困惑する事だろう。とは言っても、
そこまでローナが面倒を見る義理はないはずだ。
「【犬の鼻】の存在をトランたちに伝えたのは、こんな事態を前もって
想定してたって事かしらね。」
「さすがにそこまで行くと、予知の領域だと思うけど。」
「…まあ、そうよね。」
ローナとしても、マルニフィートがそこまで何もかも見透かしていると
考えてはいないだろう。女王だからこその慧眼、といったところかな。
「で、どうするの?」
「ここはPCでモニタリングできるから、留まってる必要はない。」
そう言いつつ、ローナはモリエナの傍らに屈み込んだ。
「問題は彼女よ。」
「そうね。」
反対側に屈み込んだあたしは、手をかざしてモリエナの頬に触れる。
さっきと比べれば、呼吸は安定してきている。右腕の傷も両耳の傷も、
凍結が伴うため出血はごく少ない。少なくとも失血死する危険はない。
しかし、状況はなおも厳しい。
ここが病院というのは間違いない。しかし誰もいない。念のためさっき
エコーロケーションを試みたけど、確かにこの建物は完全に無人だ。
何らかの形で人払いをしていた、と考えるのが妥当だろう。
いくら病院でも、誰もいないのでは治療のしようがない。とりあえず、
体内にあたしの分体を潜らせているものの、それは現状の維持にしか
なり得ない。
「どうすんの?」
「とにかくオラクレールに戻れば、彼女の腕がある。」
そう言ってローナはあたしを見た。
「繋げること、出来る?」
「今ならまだ何とかなるよ。でも、時間的にはあと数分が限界。」
「分かった。」
こういう時、見立ては正直でないと後で問題になる。
こっちは大丈夫としても、向こうの腕が壊死するのは時間の問題だ。
この病院の所在地は既に把握した。オラクレールまで戻ろうと思えば、
交通機関を使って3時間はかかる。仮にあたしが抱えてドラゴン形態で
飛んだとしても、20分はかかる。しかもそんな無茶をすれば、本体に
少なからずダメージが残るだろう。…置換転移魔法が懐かしいなあ。
「なら、方法はひとつしかない。」
ローナの口調に迷いはなかった。
「この子に自分の天恵の力で、もう一度オラクレールまで行かせる。」
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「…本気で言ってる?」
「もちろん。」
「そうよねえ。」
今さら問うまでもない事だ。そして現状、彼女を今すぐオラクレールに
辿り着かせる方法はそれしかない。先の二人をあれだけ正確に共転移で
連れていく事が出来たんだ。その気になれば単独なんて楽勝だろう。
ただし「その気になるかどうか」は何とも言えない。なったとしても、
今のこの体の状態で出来るかどうかまでは判断できない。何と言っても
あたしは、天恵なんて知らないし。
とは言え、腕だけであの子を転移で送ってみせたんだ。あたしが体内で
身体機能の補助を行えば、おそらく体力的な意味で問題はないだろう。
後は、本人の意志力だけが問題だ。
今のここの有様を見れば、おそらくゲイズに殺されるつもりだったのは
容易に推測できる。死を賭してあの二人を救い、犠牲になろうとした。
本人から聞いたわけじゃないけど、おそらく間違いないだろう。
だとすれば。
ゲイズが死んだ事とは関係なしに、彼女に生への執着を抱かせる事が
果たして可能だろうか。どうしても生きたいと、そう思わせる事が。
もう、時間はない。
残念ながら、あたしには彼女の心に訴えかけるような言葉は紡げない。
ローナに託すしかない。
「…あ、車が近づいてきてる。」
窓の外のはるか遠くから、サイレンと思しき音が近づいて来ている。
当たり前だけど、警察の方が早い。あと数分で病院の敷地に到達する。
…さて、どうなる?