ゲイズ対タカネ
ローナは、拓美にちょっと似てる。
ちょっと似てるって事は、似てないところもけっこう目につくって事。
細かいディテールとかじゃなくて、根本的な性格とかだと目につく。
そう。
あたしを連れて行くという選択と
その目に宿る決断が。
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あたしは基本、ローナのノートPCの中にいる。起動状態ではあるけど
実体を持たない、独特の形で。
なかば強制だけど、今はもうそれに対して特に思うところなどはない。
まあ、そういうのもアリかってね。
今のこのあたしが、体を持つ意味はハッキリ言ってあまりないだろう。
拓美もいないこの世界においては、とことんオンリーワン異分子だし。
むしろ、あんまり不用意にウロウロすると変な騒動を起こしかねない。
いくら地球に似た世界といっても、何もかも分かった態で行動するのは
悪手だ。それはもう、嫌というほど経験で身に染みている。
だからあたしは、かつての初期仕様に近い形でここに滞在している。
それで特に不便をする事はないし、そもそもあたしは元ナノマシンだ。
肉体が無いからといって、ストレスを覚えるような事もない。
そしてもうひとつ。
こういう状態になっている事には、以前にはなかった利点が存在する。
体を持つ状態のローナは、この世界のどこにでも一瞬で転移できる。
ただし、他の誰かや何らかの物体を伴った転移は不可能なんだとか。
要するに、身ひとつでしか行けないという事だ。
ただひとつの例外を除いて。そう、愛用しているノートPCである。
その境界はよく分からないけれど、彼女自身が創造した純粋な異世界の
オブジェクトだから…らしい。まあ言いたい事はそこそこ分かる。
つまり。
このあたしだけは、ローナの転移に随行が可能って事である。
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転着先は、病院の個室らしかった。
陰気かつ貧弱な照明の下に、二人の女性の姿があった。
モニター越しに、状況は察した。
死にかけている子よりも、こちらを怪訝そうに見ている女が誰なのかを
前に聞いていた話から察した。
【氷の爪】の天恵の持ち主か。
「…誰よあなた?」
尖った口調の問いかけに、あたしは無性に腹が立った。と言っても、
内容はごく自然だ。そうじゃなく、声質が妙にラグジに似ていたから。
こういう偶然って、癇に障るなぁ。
「あんたは【氷の爪】よね?」
「…………………………」
どっちが氷だと質問したいくらい、ローナの返答の声は冷たかった。
さすがに相手も押し黙る。しかし、ローナはなおも問い掛ける。
「前に三人の神託師を殺したのも、あんたよね?」
「…………………………」
「転移した子の、目を潰したのも。そして今からその子を殺すのも。」
「…何だっての?」
ああ。
これ、対話になってないな。
相手に答える気はないし、ローナも答えなど最初から期待していない。
って言うか、沈黙の間の表情だけであたしにも確信できてしまった。
ローナが問うている内容は、間違いなくこの女に当てはまるんだと。
沈黙は短かった。
「ま、何でもいいわ。」
ギィン!!
投げやりなひと言と共に、ローナの右の耳が一瞬で凍結した。
…なるほど、これが【氷の爪】か。
「死ねば黙る。人間なんて、みんなそれだけの存在だから。」
「そうね。」
抑揚のない声で答えるローナには、痛痒を感じている気配は全く無い。
さすがに、氷の爪の女は怪訝そうな表情になっていた。
「あなたは…」
「頼むわ、タカネ。」
『了解。』
そう。
ローナは、こういうところは拓美にあまり似ていない。
無駄な問答をしないところは。
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キュイィィィン!!
エンターキーが押されると同時に、あたしは肉体を持って顕現した。
いきなりの登場に、氷の爪女は目を見開く。…あたしより背が低いな。
ま、どうでもいいけど。
しかし、相手の動揺は一瞬だった。
「…へぇ、転移でご登場か。何だか興奮しちゃうわね。」
「それはどうも。」
「ひょっとしてあなた、それなりに戦える天恵持ちだったりする?」
「まあね。」
説明が面倒なので、適当に返す。
嬉しそうだね。ええっと…そうそう名乗ろう。
「あたしの名前は、タカネ。」
「ゲイズ・マイヤールよ。」
あっさり名乗り返してきた。意外と律儀だったなこの女。
「短い付き合いだけど、よろしくねタカネちゃん。」
「ええ。」
なるほど、ここで殺すって意味ね。それで名乗るっていい性格してる。
「んじゃあ、そろそろ…」
「急いでよタカネ。モリエナには、もう時間があまり無いから。」
「分かった。」
「…………………………」
無視されたのが気に障ったらしい。ゲイズがスッと目を細めた。
次の瞬間。
ギィン!!
仕掛の気配も何もなく、霜が降りたあたしの両目が一瞬で凍結した。
さっき見た、あの子と同じだった。
「あーあ、余計なお喋りしてるからそうなるのよ。ゴメンねぇタカネ。
だけどその綺麗な目を」
「別にいいよ。」
グダグダと続きそうな言葉を遮り、あたしは左手でグッと目を拭った。
その一瞬で、凍結した部位を丸ごとドット分解して再構成する。
綺麗な目が何だって?
「…………………………!?」
今度のビックリ顔は若干間抜けだねゲイズ。そんなに信じられない?
褒めてくれてありがと。
だけどひとつ、残念なお知らせ。
あたしは、オリジナル版の拓美とは直接の面識を持っていない。
過去のあたしが拓美と話した内容はほぼ全て記憶として持ってるけど、
実際に会って話したわけじゃない。
つまり「あたしが拓美に誓った」という事実そのものは知っていても、
実際に誓ったわけじゃないって事。
どんな相手であっても
無駄な苦痛を与えたりしない、って誓いをね。
それにこれを
無駄な苦痛だとは思わない。
「竜の遺産。」
とりあえず、口に出してみた。
拓美っぽく、ね。
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「……………………?」
沈黙。
ゲイズは、理解できていなかった。
あまりにも結果が唐突過ぎて。
何の前触れもなく、目の前に現れた水の玉。
それにすっぽり呑み込まれた自分の右腕が、一瞬で溶けて消えた事を。
肘から下が完全に無くなった事を。
しかし、現実は残酷だ。
肉体は、容赦なくそれを告げる。
痛みとして。
「…ぎぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
竜の遺産を消した直後。
ようやく襲い来たであろう激痛に、ゲイズは凄まじい声を張り上げた。
血走った目があたしを睨みつける。
うるさいな。
戦える相手とやらがご所望だったんでしょ?だったら何よその目は。
ならハッキリ言ってやろうか?
「…その程度の力で、このあたしと張り合えるとでも思ったの?」
「てめえぇぇェ!!」
拓美なら、戦う前に「甘く見るな」と告げていたところだろう。でも、
彼女のいないこの世界で、あたしはそんな無駄な事はしない。だって、
どうせ甘く見るんだろうし。
怒りのアドレナリンで、腕が溶けた痛みを抑え込んだのだろうか。
残った左手をあたしに向けたゲイズが、ものすごい形相で叫ぶ。
「頭の中まで凍らせてやるッッ!!あたしの腕を」
「マルニフィートに教えたいから、原型は留めておいて。」
絶叫など意に介さずのローナの言葉に、あたしは短く答えた。
「分かった。」
バキィッ!!!
迷いなくパンチ一閃。
さすがに、これ以上耳障りな悲鳴を増幅させるような真似はしない。
ゲイズ・マイヤールは、物言わぬ骸と化して崩れ落ちた。
ほんの申し訳程度に、あたしの前髪に霜を残して。
所詮はこんなもんよ。
あいにく今のこのあたしの性能は、かつての上限に匹敵している。
「あたしのPCのスペックは神!」
拓美に似たドヤ顔で、ローナがそう自慢してたのは伊達じゃない。
悪かったね。
戦いを求めた相手が。