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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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そこにいる神様

「神」と呼称される存在の定義は、実に多様で曖昧だ。


キリストや釈迦のような宗教の象徴となる存在もいれば、ゼウスなどの

神話の登場人物もいる。呼び方も、肩書きなども本当にバラバラだ。

個人的な感覚では、あまりに意味が広過ぎて理解をあきらめたくなる。


当然だけど、あたしは無神論者だ。最初から神など信じていない。

というか、あたしの生まれた世界はあまりに小さく、そんな概念などは

存在する余地すらなかった。だからあたしは、後から色々と考察した。

人が考えた神の定義を知った上で、自分なりの定義を考えてみた。


結論。

やっぱりあたしは、肩書きではなく「何をするか」「何をしたか」で

神を定義したいと思った。やはり、実存という大前提が欲しいから。

天地創造でも何でもいい。とにかく「神の御業」の実例が欲しかった。


そこまで考えた上で、今さら思う。



あたしと拓美も、見る人によっては神に等しいんじゃないかとね。


================================


出会った時から、ミロス・ソートンはどこか不思議な子だった。

自分の未来や運命を、独特の感性で見つめているようなその視線。

達観しているといえばそれまでだ。しかし、そんな形容では足りない。

彼女もまた、ある意味「神の片鱗」をその身に宿していたように思う。

拓美は天使だと形容していたけど。


そんなミロスが、未来に危ういものを見ていた荒野友樹。

あたし的には半信半疑だったけど、それでも否定はしたくなかった。

頭ごなしに否定して、後悔するのはバカの定石だから。

無駄になってもいいからって事で、幼い友樹に無理やりあたし自身の

プログラムを憶えさせた。おそらく起動する事もないプログラムを。


その結果がコレだ。


まさか本当に友樹が異世界転移し、しかもこのあたしが起動するとは。

文明レベルをざっと見た限りでは、プログラムの実行はとても無理だ。

一体どうやって起動したんだろうと思ったら、まさかのノートPC。

そしてまさかの、受肉した神様。



控えめに言って、価値観がひっくり返った。


================================


恵神ローナ。


この世界に生きる人間に「天恵」と呼ばれる特別な力を与える存在。

かつてあたしが生まれたあの世界で「魔法」と呼ばれていた力に近い。

魔法に目覚める人間の確率は非常に低かったけど、こっちは100%。

…うん、確かにここは異世界だ。


そんな特別な存在であるローナは、何だか既視感を覚える存在だった。

人が考える神の定義からは、かなり乖離している。と言うかそもそも、

神様が喫茶店に入り浸ってパソコンカチャカチャ弄ってるって何なの?


もちろん、それは受肉した状態でのローナの姿に過ぎないらしい。

本来はもっと概念的な存在であり、人間を認識する事も出来ないとか。

何と言うか、そっち系の設定の方が個人的にずっとしっくり来る。

いちいち個人に干渉する神様って、何となく矮小なイメージになるし。


人として顕現しているローナには、特別な力はあまり備わっていない。

考え方も人間臭いし、あからさまなえこひいきもする。判断ミスとかも

普通に犯す。どうやらこのあたりは本人の意図するところらしい。

あたし的に、その気持ちは分かる。

何でもできる神様人間として世界に君臨する事の、耐え難い虚しさが。


そこまで考えた時、あたしは彼女に抱いていた既視感に思い当たった。

間違いなく神と呼ばれる存在でありながら、人である事にこだわる姿。

ごく当たり前の会話を、トランたち人間とワイワイ交わすその姿。

変な苦労に、率先して挑む姿勢。


そうだ。



彼女はどこか、拓美に似てるんだ。


================================


神の定義なんて、どこまでも曖昧で無責任だ。

そしてローナの在り方は、この世界における彼女の宗教的な定義からも

盛大に逸脱している。正直言って、彼女を崇める信者が実際に会ったら

幻滅して絶望するかも知れない。


だけどそんなの、ローナにとっては知ったこっちゃない話なんだろう。

勝手に自分を定義する宗教なんか、煩わしさしか感じない代物だ。

もし拓美が同じような定義を自分に押し付けられたら、即行で逃げる。

というか、あたしだって逃げる。


ローナは、人が考えたストイックな神とは完全に違う存在だ。

当たり前のように人の目線で見て、自分なりの価値観で考え行動する。

顕現している彼女は、誰よりも人として生きる道を模索している。

もちろん、己が人でないという事を自覚した上でだ。


「退屈だったから」


理由を訊いたら、そんなあっさりとした答えが返ってきた。

個人的に、途方もなく共感できた。

かくいうあたしも、2863年間の退屈を耐えて宇宙を旅した身だ。

その退屈を共感できるって意味で、あたしはこの世界に生きる誰よりも

ローナに近い存在かも知れない。


そんなローナは



人に近い感覚で、怒る時がある。


================================


客がいない時でよかった。


本当に唐突に、意識を失った男性が店の中に現出したのである。

肝をつぶしたトランとネミルには、男性に心当たりがあるらしかった。


「ペ、ペイズドさん!?」


誰?

詳しい説明など聞く暇がなかった。とにかく介抱するしかない。

ポーニーと三人がかりで、あたふたと彼を奥に運んでいた。


『あの人、誰?』

「ペイズドと言うと、前に話だけは聞いていた男ね。」


あたしの問いに答えたローナには、何か気がかりがあるらしかった。


「ってかあの男、【病呪】の天恵に囚われてる。」

『何それ?』

「簡単に言うと、特定の誰かを病で支配する力よ。いずれ相手は死ぬ。

名前の通り、呪いみたいな天恵。」

『…………………………』


それはまた、ずいぶんと悪趣味な。

全然違うけど、オズレンが魔術師を支配するために使っていたニアデを

思い出してしまった。あれもかなり酷い魔法だったっけ。


「とりあえず、店を閉めよう。」

『え?』


そう言い放ち、ローナはさっさと閉店の札を掛けに行ってしまった。

いや、あなたがそんな勝手な事していいの?と問いたくなったけれど、

何か思うところがあるんだろう。


『どうしたの?』

「何となく、嫌な予感がする。」

『予感?』

「さっき、一瞬だけど姿が見えた。前にこの店に来た子の姿が。」


言いながら、ローナは表情を険しくしていた。


「【共転移】の早業よ。」

『それって確か、自分と誰かを一緒に転移させる天恵だっけ?』

「そう。…もしあの子が、この時のためにこの店に来ていたのなら…」

「おいローナ!一体どうして…」


あたふたとトランとネミルが奥から戻って来た、まさにその瞬間。


シュン!!


もう一度、さっきと全く同じ場所に人影が現出した。

予想していたらしいローナが、その人物の体を素早く支える。


「…え!?」

「ランドレさ…」


やはり心当たりがあるらしいネミルが、言葉の途中でヒッと息を呑む。

その理由は、モニター越しに明確に理解できた。


「ランドレ」と呼ばれたその少女の目は、完全に凍りついていた。

おそらく、もう失明している。

そして彼女の左腕を、肘の下あたりから凍結してちぎれた誰かの右腕が

しっかりと掴んでいた。


「な、何だこれ!?」


トランの困惑声をまるっと無視し、ローナは黙ってその腕に触れる。


「……………………やっぱりか。」

「おい、これってまさかモリエナの腕か!?」

「察しがいいわね、トラン。」


フッと苦笑を浮かべたローナには、形容しがたい感情の気配があった。

そのままランドレをトランに託し、向き直ってテーブルへと戻る。

迷わず、ローナはノートパソコンを手に取った。


「おい、どうする気だ?」

「転移の座標は分かった。」

「ローナさん…」


ネミルが不安そうな声を上げる。

だけどローナは、そんなネミルには優しかった。


「大丈夫。すぐに戻るから、二人をお願いね。」

「…分かりました。」


うん。

いいね、その切り替えの早さと心の強さは。


それじゃあ…


「ちょっと付き合って、タカネ。」

『いいよ。』


答えるあたしに迷いなどはない。


どうせあたしは、この世界にさほど関わりのない存在だ。初めから、

友樹を元の世界に戻す事しか目的を持っていない根無し草。

だったら、こういうのも悪くない。


神様のカプセル怪獣ってのもね。



行こうか、ローナ。

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