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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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怒りと痛みと叫びと

誰かが言っていた。

人生は、選択の繰り返しなんだと。

確かにそうだろう。

言われなくても知っている。


あたしは、常に選択してきたんだ。

子供の頃から、流されるままに。

賢明だと、他人に言われる方を。


そして今。


あたしが直面しているのは、人生の縮図とも言うべき究極の選択だ。

耐え難い痛みが、それが現実であるという当たり前を雄弁に主張する。


手を離せば。

ランドレさんを見限れば。

いつも通りの選択をすれば。

あたしは、まだギリギリ戻れる。

いつもの居場所に。


いつもの


あの場所に


戻って


……………………………………………………

…………………………


たまるか


================================


「あああああぁぁぁぁぁぁ!!」


絶叫と共に、あたしは左の拳を固く握り締め、そして振り下ろした。

凍りついてしまった、右の前腕に。


パキイィィィン!!


乾いた甲高い音を立て、腕は砕けて折れた。まるで彫像のように。

それでも、わずかに血が飛び散る。辛うじて生きていた証だろう。


激痛と悲鳴を呑み込み。

千切れてもなおランドレさんの服を掴む己の右手に、意識を集中した。


何も成せなかった、あたしの右手。

最期の最期に


意地を見せてみろ!!


キュイン!!


「なっ!?」


ゲイズの放った驚愕の声など、もうどうでもよかった。

あたしの目の前で、ランドレさんは消え去った。あたしの右手と共に。



さよなら。


ごめんなさい。


================================


ドカッ!!


右肩を蹴られ、あたしは無様に床に這いつくばる。しかしその痛みは、

ほとんど自覚できなかった。

ちぎれた腕が、今になって凄まじい自己主張を始めていたから。


痛い。痛い。痛い。痛い。痛い!!


汗が吹き出し、涙が意志と関係なく流れ出す。

想像をはるかに超える激痛に、意識がますます研ぎ澄まされていく。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い…!!


「何やったのよモリエナちゃん。」


あたしのお腹を踏みつけ、ゲイズが殺気のこもった問いを投げかける。


…………………………

…………………………


ああ。


「…せぇ」

「は?」


「うるっせえェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」



あたしは、声を限りに叫んだ。

内から湧き出す、怒りに任せて。


================================


ああ!

痛みがマシになった!!


何だっけ!?

ナントカっていう物質の効果だ!!

怒りの感情が痛みを塗り潰す!!


今はこれに縋る!


激しく身をよじり、あたしはゲイズの足を無理やり振り払った。

人の体を踏むんじゃねぇ!!


「…何なのあんた、狂ったの?」

「知るかクソッたれ!!」


お前ほど狂っちゃいねえよ!!


気力を振り絞り、あたしはどうにか身を起こした。

どんな姿勢でいても痛い。だったらもう、床に這いつくばるのは嫌だ。

もう、そんなのはまっぴらだ!!


「何をやったかってか?そんな事も分かんねえのかよテメェは!!」

「…はぁ?」

「なら死ぬまで首傾げてろ!!」


ギィン!


鋭い痛みと共に、右の耳が凍った。

あたしを見下ろすゲイズの表情は、見覚えのある殺意に満ちていた。


だから何だよ。



もう見飽きたんだよ、その顔は。


================================


何をしたかって?

あたしに出来る事なんて、たったのひとつしかない。

【共転移】だ。

ランドレさんとペイズドさんの二人は、あんたの手の届かない所だよ。


あたしは【共転送】の対象として、もう既にマーキングされている。

どこへ逃げようと、生きている限りこうやって捕捉されてしまう。


だけどね。


あたしの一部だけなら、このあたしが生きていても感知されない。

そしてあたしの一部だけでも、転移そのものは出来るって事なんだよ。

あの右手は、動かせる時点ではまだ生きてた。だから天恵は発動した。

もう死んだだろうけどそれでいい。これでもう、あたしはあたしだけ。

二人の居場所を感知する術は、もう何も残っていない。


あたしがここで死ねば、お前たちに探す術はない。


あんたが、掴んだ腕を凍らせるって事は予想できていた。いやむしろ、

そうするようにあえて仕向けた。



ざまあみろ。


================================


パキイィン!!


凍り付いた耳たぶが、時間を置いて砕け散った。

割れるような痛みが側頭部に走る。

だけど、今さらどうでもよかった。


ゲイズ・マイヤール。


あんたはあたしに負けたんだよ。


今から何をしようと、負けたという事実は決して覆りはしない。

あたしを殺すというのなら、むしろこっちとしては本懐そのものだ。


殺せよ。

殺してよ。

どうぞ、気の済むようになぶり殺しにしてくれればいい。

あたしは、文句なんか言わない。


だって


それだけの罪を犯したから。


あたしは勝手だ。

そして、卑怯だ。

心を痛めていると己に言い訳して、何もかも黙過してきたんだ。


共転移は、あたしの背負う呪いだ。

相手の記憶を読み取るという力は、呪い以外の何ものでもなかった。

知っていて何もしないあたしという存在を、誰より己が許せなかった。


…………………………


恵神ローナの怒り?


確かに、200年前の人たちは恐れ戦いたのだろう。それは分かる。

だけど、それが何だって言うんだ。


誰に怒られるのが怖いかなんて話、どうでもいいだろう。

そんな曖昧な線引きで、己の行為を量ろうとするんじゃない!


偉そうなのは分かっている。

あたしにしても、ゲイズやネイルが怖かったから唯々諾々と従ってた。

己の居場所はここしかないんだと、何とか納得して今まで生きてきた。


だけどね。


結局、そんな言い訳じゃ逃げる事は出来なかったんだ。

誰からって?


言うまでもない。

自分の心からだ。


このまま生きていくつもりなのか。

何もかも、全てから目を背けて。


そのつもりだった。

とっくに心を決めていたはずだ。


だけど。


ミズレリの顔が忘れられない。

教皇女ポロニヤに化けたままの姿で死んだ、彼女の顔が。

あたしは何回これを繰り返すのか。

次はランドレさんなのか。


ようやく気付いた。

ミズレリの死を目の当たりにして、ようやく気付く事が出来た。


誰が怖いかなんて、どうでもいい。

あたしは何より、自分が許せないという事実が怖いんだ。


たったひとりの自分自身が、認めてくれないという事実の虚しさは。

どんな痛みや怖れよりも心を抉る。


悪いけど、もう嫌だ。



あたしは、自分を蔑む事に疲れた。


================================


「あなたの気持ちは、よおぉぉぉく分かった。」


ギィン!!


今度は左の耳が凍結した。

残酷なほど鮮明だった意識が、少しずつ黒く塗りつぶされていく。


ああ。

あたしは、死につつあるんだな。


もう、その現実に何の感慨もない。

あたしが死んで悲しむ人間なんて、この世界に一人もいない。

それもまた現実だ。受け入れてる。

だからこそ。



あたしは


ほんの少しでいいから


あたしを好きになりたい


嫌いなあたしのまま生きるより


少しでも好きになれたあたしのまま


死ぬんだ



勝手だなあ、本当に。

ランドレさんにも、最期の最期まで迷惑をかけてしまった。

どうする事も出来なかった。

あたしがした事なんて、自己満足でしかない。誰が見てもそうだろう。

もっと迷惑な事もしてしまったし。


もう、それでいいんだ。


誰かに認めてもらおうなんて事は、今さら考えない。

この痛みと苦しみが、あたしの罰。


もっと壊せばいい。

こんな体に、今さら未練はない。


凍りつかせて砕いてしまえばいい。

悔しいだろうから、存分にやれよ。文句なんて言わないからさ。


…………………………


ああ。


見えなくなってきた。


もう終わりかな。



ごめんなさい

本当に

ごめんなさい


あたしは


モリエナ・パルミーゼは



ここで



終わり


……………………………………………………

…………………………



…………………………


「…何やってんの、あんた?」


…………………………


え?


あの人


確か…


奥の席に座ってた女の人?


まさか…



文句言いに来たの!?

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