軋む心の線引きを
本当に
殺すしかなかったんですか?
連れ帰る事だって、出来たのに。
しつこいと言われるでしょうけど
もう一度だけ答えて下さい。
ゲイズさん。
…………………………
しつこいって自覚はあるんだ。
まあいいけどさ。
殺すしかなかったかと問われれば、そうですって答えは嘘になるわね。
あなたの力を使えば、痕跡も残さず脱出させる事は出来たでしょう。
今さら言うまでもないけどね。
殺しといた方がいい。
あたしもネイルも、そういう考えで一致したってだけよ。
連れて帰れば帰ったで、あれこれと難癖をつけられてただろうし。
それはあなたにも分かるでしょ?
…………………………
そっちの方がいい。ただそれだけの判断なんですね。
実際にどうなるかより、ここから先の厄介事を抱えたくなかったから。
…………………………
ハッキリ言うわねえ。まあ、言葉にされれば反論しようがないけどさ。
何、やっぱり納得いかない?
少なくとも、あんまり苦しませずに死なせたつもりなんだけどさ。
見てたでしょ?あ、見張りをしてたから見てなかったのか。
…………………………
いいえ。
確かに、そこまで納得できないって話ではありませんから。
ちょっと訊いてみただけです。
お手を取らせました。
…………………………
モリエナちゃん。
…………………………
はい?
…………………………
賢く生きる事に慣れなさいよ。
ね?
…………………………
…………………………
失礼します。
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殺しておいた方がいい、か。
彼女なら、そしてネイルならきっとそれを選ぶだろう。
捕らわれたミズレリの許へ向かうと聞いた時、すでに予想はしていた。
ある意味、実際にそれを聞く前から納得もしていたような気がする。
危険な潜入だったから、どうなるにせよその場で意見はしなかった。
見つかってしまえば、それこそ全て台無しになってしまうだろうから。
そうしてあたしは、ミズレリの命を空虚な納得と共に切り捨てた。
それが現実だ。
ミズレリ・テート。
あたしの母さんが天恵宣告をした、【変身】の天恵を持つ教団の古参。
あたしは親しくはなかったけれど、どんな人なのかは割と知っていた。
本人の役目上、【共転移】を使って送り届ける機会も多かったから。
得た力を使って、彼女はロナモロス専属の神託師になった。もちろん、
【変身】を使ったニセモノだ。容姿は、どこの誰かすら定かではない
女性のそれをそのまま使っていた。その行為に欠片も罪悪感などない。
母の代わりに、彼女は神託師として立派に自分の仕事をし続けていた。
もちろんペテンだ。しかし、実際に告げられた天恵に間違いはない。
オレグストがあらかじめ【鑑定眼】で調べておいたその人の天恵を、
勿体ぶって伝えるってだけのお飾り神託師だ。
「嘘じゃないから大丈夫」と、常にネイルはそう言っている。
たとえ神託師がニセモノでも天恵は本当だから、これでローナの怒りを
買うような事にはならないのだと。
言い訳じみたその詭弁を聞くたび、あたしは気分が悪くなった。
そんなにローナの怒りが怖いなら、最初からこんな事しなきゃいいと。
もちろんそう訴えたところで、一笑に付されて終わりなのは知ってる。
オレグストが参入した事によって、ロナモロス教団は劇的に変化した。
それに伴い、ニセモノ神託師として活動していたミズレリの存在価値も
大いに上がった。実際のところは、有用な天恵の持ち主なんかそうそう
見つからないけれど。
それでも、リスクなしで志願者たちの天恵を調べ、かつ意のままに操る
システムが出来たのは大きかった。
教団内での地位が上がるに伴って、ミズレリの意識は変わっていった。
自他ともに認める教団幹部として、尊大さはどんどん加速していった。
教皇女ポロニヤを演じると決まって以降は、推して知るべしだった。
もはや彼女も自分が何か、明確には定義できてなかったんじゃないか。
何度も共転移していたあたしには、彼女の本心の推移が嫌というほど
ハッキリと感じ取れていた。
それを嘆いていたのは、もうかなり前の事だったように思う。
いつの頃からか、あたしはミズレリの本性から目を背けていた。
思い返せば彼女は、本当に最初から楽しんでネイルに加担していた。
罪の意識も葛藤も何もなく、自分が得た天恵を受け入れ活用していた。
人を騙す事、人を陥れる事に、愉悦を見出すタイプの人間だった。
もちろん、母もネイルもそんな事はきっちり見抜いていただろうけど。
あたしは共転移によって、否応なく彼女の心を見せつけられていた。
彼女は、何だったのだろうか。
悪人と定義する事は出来る。多分、話を聞いた皆が納得する程度には。
今さら弁解の余地などないだろう。そして既に本人は死んでしまった。
神託師を騙って、多くの人の運命を弄んできた事。
教皇女を騙って、イグリセの女王を危険に晒した事。
本当に今さらだけど、罪の重さだけで言えば本当に万死に値する。
全て明るみに出たなら、イグリセの法でもタリーニの法でも死刑だ。
そのくらい、あたしにも分かる。
仮に法で裁かれなくとも、教皇女を騙った時点でマルコシム聖教からは
凄まじい怒りを買う。そうなれば、私刑は避けられなかっただろう。
彼女が「許されない」理由なんて、いくらでも列挙できるって事だ。
でも
だからって
あの死に方を納得しろというのは、さすがにどうなんだと思う。
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ミズレリだって自覚してただろう。
少なくとも、まともな死に方なんて出来ないって事くらいは。
彼女だけじゃない。
ネイルもゲイズもエフトポも、母もオレグストもウルスケスたちも。
まともな死に方なんて、出来るはずがない。もちろん、このあたしも。
天恵を得てその手を汚してきた、という事実はもう消えない。それは、
誰もが持っている宿命だ。そして、覚悟すべき必然でもあるだろう。
それでも。
本当にミズレリには、殺してしまう以外の選択はなかったのだろうか。
曲がりなりにも、今のロナモロスの礎を築いた一人だったのに。
彼女は、教皇女ポロニヤとして死を迎えた。
本物がどう思うかは知らないけど、おそらくそれは公然の事実になる。
聞いた限りでは、ネイルたちももうその方向で事を進めるらしい。
父親である教皇にどう告げるのか、もう想像もしたくない。
ミズレリ・テートは
ミズレリ・テートとして死ぬ機会を奪われ、そして世を去った。
確かに、あまり苦しまなかったかも知れない。それは別に否定しない。
ゲイズが言うならそうなんだろう。
だけど、どの口が言うんだ。
宣告は出来ないけど、世襲によって神託師に任じられていた人たち。
何の落ち度も罪もないあの人たちを殺したあなたが、ミズレリの命まで
奪った。その事実は限りなく重い。
自ら神託師を騙っていた、ミズレリの末路としては皮肉が利いている。
そういうシニカルな捉え方もある。実際その通りだとも考えられる。
でもさあ
ミズレリは
死ぬ事さえ許されなかったんだ。
【変身】なんて天恵に溺れた末に、己の姿を失って世界から消えた。
彼女が死んだという事実は、もはやどこにも記されないまま消え去る。
惨めだよ。
あまりにも惨めだよ。
どんな惨たらしい死に方をしても、「死」という現実は誰にも等しく
訪れるはずなのに。
ミズレリには、それがなかった。
なかったんだよ!!
…………………………
そうだ。
分かってる。
だから何だって話なのは。
言ってるあたしだって、身勝手だ。
保身のために言いたい事も言わず、黙って教団に迎合している卑怯者。
言われなくても知ってるよ。
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王宮から離脱する時。
もう覗きたくもない、ゲイズの心の一端が流れ込んできた。
そろそろ時間切れなんだそうだ。
【病呪】に侵されたペイズドさんの死が近い。
それはすなわち、ランドレさんにも死が近づいている事を意味する。
ミズレリを見限って。
ランドレさんにはこだわるのか。
勝手な女だ。
言い訳ばっかりで。
分かってるよ。
言われなくても分かってるよ。
そうだ。
あたしももう、時間切れなんだ。