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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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無敵の人

「いつまで隠すつもりだよ。」

「まだ決めてない。」


苛立ちを隠せない俺の問いに対し、ネイルは事もなげに答える。


「昨日の今日で、そんなにあれこれ気は回せないよ。でしょ?」

「…………………………」

「それに、マルニフィートも仕掛けには気付いてたんでしょ?…なら、

トボケてる時点である意味同罪よ。ある程度は目をつぶるでしょ。」

「それは、そうだろうが…」


やっぱりそれで押し切る気なのか。何と言うか、背筋が凍る。

どっちにせよ、「教皇女が死んだ」という事実はもう絶対に覆せない。

だとすれば、また懸念が生じる。


「父親…教皇には何て言う気だ?」

「あんまり気にしなくていいわよ。どっちみち操り人形なんだからさ。

ね?ゲイズ。」

「ああー…まあ、今はね。」


今は?

何だ、どういう意味だ?


「何か問題あんの?」

「確かに洗脳はしてるけど、それもそんなに持続できるもんじゃない。

掛け直しが必要だからね。だけど、それもいつまで続けられるか。」

「洗脳って、ランドレちゃんが担当してるんでしょ?ゴネてんの?」

「いや、あの子の伯父の方がね。」


そう言いながら、ゲイズはちょっと肩をすくめる。


「ずうっと人質として掌握してるんだけど、父さんの【病呪」の作用で

もうそろそろ危ないのよ。要するに近いうち、病死するって事。んで、

そうなればランドレを抑え込むのはほぼ無理だって話。恐らくあの子は

逃げるかあたしたちを襲うかね。」

「あらまあ。んじゃ教皇はさぞかし嘆くでしょうねえ。」

「しばらく黙ってれば?」

「そうしましょ。」


「…それで終わりかよ。」


俺は正直、吐き気を覚えていた。

こいつらの言っている事が人の道に外れてるとか、そんな事じゃない。

いくら何でも、今さら俺にそういうまっとうな主張をする資格はない。


真に恐るべきは、どこまでも気軽な二人の態度だ。

イグリセ王国を敵に回したのはほぼ確実だというのに、危機感が薄い。

連携が取れているとも言い切れず、不安要素も数えればキリがない。

だから、対策も行き当たりばったりな印象が拭えない。少なくとも、

この二人には策士としての才覚などほとんど無いと言っていいだろう。


もちろん、二人とも分かっている。

自分たちがどれほどのモノなのかを知った上で、こんな事をしている。

もし仮に、これで今の教団の状況が決定的に悪くなるのだとしても。

たとえそれで、何人もの人材を失う事になるのだとしても。


この二人は、意にも介さずに笑う。

窮状をむしろ楽しみながら、今日に至るまでに積み上げた力を振るう。

さらに失われるものがあるとしても気にせず、とことんまで楽しむ。

国だろうが世界だろうが、怯む事もなく戦いを挑み続けるのだろう。


ネイルを支えているのは、恵神への妄信でも崇高な教義でもない。

天恵という力を使えば、どれほどの爪痕を世界に残す事が出来るのか。

ただひたすらに、その答えを自分で見てみたいと思っている。


生も死も成り上がりも破滅も、全て雑に受け止めた上で笑い飛ばす。

怖いもの無しと言うより、無敵だ。どこまで行っても敗北などはなく、

最後の最後まで自分たちの思うように行き当たりばったりを続ける。


知っている。

こいつらは間違いなく、「戦争」を起こしてはいけない人種だ。

どこまで行っても敗北を認めずに、世界に惨禍を広げ続けるような輩。


ああ、そうだ。

もはや降りるなんて選択はない。

この俺がいてこそ、ロナモロス教に限りない未来が繋がるってもんだ。

…………………………


「分かった。教皇女の現状に関する話は俺が引き受ける。」

「頼りにしてるよオレグスト君。」

「そうそう、あなただけは、ね。」


嬉しくも何ともないが、もう今さら持ち上げられなくても俺は動くよ。

どうせもう退路はない。だったら、俺だけ悩むのは本当に損なだけだ。

やってやるとも。


「…しかし、じゃあどうなる。」

「何か言った?」

「独り言だよ。」


ゲイズの問いには答えなかった。

もう今さら、こいつに関わらせたくない…ってのが偽らざる気持ちだ。

それに正直、あまり大げさに考える事でもなくなっている。


そう。



本物の教皇女ポロニヤが今この時、どこでどうしているのかなど。


================================

================================


「やはりこうなってしまった以上、気にかけるべきでしょうね。」

「あたしもそう思います。」


陛下の言葉に真っ先に応えたあたしには、そう思うに足る根拠がある。


ニセモノの遺体を本物として相手に引き渡した以上、どうなるにしても

教皇女ポロニヤが戻ってくるという未来はやって来ない。何と言うか、

あたしたちとオレグストたちで存在そのものを抹消してしまったんだ。


あのポロニヤは、今どこにいるか。それは分からないけど、少なくとも

まだマルコシム聖教が見つけたりはしていないはずだ。見つけていれば

ややこしい駆け引きなど必要ない。脅して本来の立場を全うさせるか、

あるいは父親である教皇と同じ傀儡にしてしまうか。

数日前なら、いくらでもやりようはあっただろう。しかし今となっては

どうする事も出来ない。


何故なら、既に「教皇女は死んだ」という認識をニセモノの遺体と共に

向こうに渡しているからだ。つまり何もかも手遅れ。たとえ今この瞬間

どこかで教皇女が蜂起したとしても「死者を騙ったニセモノ」だという

身も蓋もないレッテルが貼られる。


何と言うか、シュールな構図だ。

化かし合いの果てに、何も関わっていない教皇女の「戻るべき場所」は

完全に失われてしまったのである。



どうすんのよ、これ。


================================


「連絡は可能なんですよね。」

「ええ、まあ…。」


陛下の問いに対し、あたしは何だか曖昧な言葉を返してしまった。

ホージー・ポーニーの本を介しての連絡なんて、信じられない人の方が

多いだろう。それだけ奇天烈でありしかも非常に回りくどい。


だけど、背に腹は代えられない。

何とか現状を把握した上で、最低限の安全を保障しておかないと…

と、その時。


「ちょっとよろしいですか陛下。」


声を上げたのはシュリオだった。


「はい?」

「思うところがありますので、まず実家に連絡してみたいのですが。」

「ホームシックですか?」

「いやそうではなく。」

「冗談ですよ。許可します。」

「では。」


何だか気の抜けたやり取りののち、シュリオはさっさと電話を掛ける。

…いや、何を思っての事なのかは、少なくともあたしは分かるけどさ。

だからって、さすがにそんな…


『はあい、もしもし?』


音声解放の電話から、緊張感のない女性の柔らかな声が流れ出した。


「母さんですか?シュリオです。」

『あらあらシュリオ久し振りねえ。どうしたのホームシック?』

「いやそうじゃないってば。」


何でそのネタをかぶせて来るんだ、この「母さん」は。

と言うか、電話の向こうがずいぶん賑やかだ。おやつの時間かしら?


…気のせいか、知ってる声が…


「ここ数日の間に、僕からの招待状を持った人が訪ねて来てませんか?

おそらく名前はホージ」

『昨日からいらっしゃってますよ!今からお茶しようと思ってて…』


やっぱりか。

あたしは、ちょっと天井を仰いだ。


「あなたのお母さま?」

「はい。」


振り返ったシュリオは、何とも複雑な表情を浮かべて陛下に告げる。


「教皇女ポロニヤは、まっすぐ僕の実家を訪ねていたみたいですね。」

「…………………………」


さすがの陛下も、すぐには言うべき言葉を見つけられなかった。

ゲルノヤ隊長を始めとする、騎士隊の他の面々も押し黙っていた。


………………………


そうなんですよね。

本物の教皇女ポロニヤって、実際はこんな感じなんです。

何と言うか…



かなわないでしょ?

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