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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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受け継いだものは何か

宿命だの因縁だのと、湿っぽい話はあまり好きじゃない。

大切なのは自分に益があるか否か。それで捉え方も変わってくる。


思い入れも愛情も、そこで変わる。


================================


デイ・オブ・ローナ。


今から200年前、世界中の人間が恵神ローナの声を耳にした出来事。

もちろんあたしは知らないけれど、人々はローナの怒りに慄いたとか。


迷信だとか気の迷いだとか、そんな言葉で片付けようとは思わない。

現代に至るまで恵神ローナの実在が大真面目に伝承されてるんだから、

まあ本当の事なんだろう。ってか、あたしにはあまり関係のない話だ。


あたしに関係するのは、それによりロナモロス教が衰退したという事。

天恵宣告そのものが急速に廃れて、教団もほとんど瀕死状態に陥った。

偽りの天恵宣告にローナが怒った、という伝承を鑑みれば自業自得だ。

ハッキリ言って、腐敗し切っていたロナモロス教の衰退は摂理だろう。

百年単位の出来事だから、いちいちあたしが感傷的になる理由もない。

世の中の流れに身を任せていれば、あたしは平凡に生きていただろう。


だけど。

あたしには、ひとつの大きな因縁が存在していた。



個人的には、益と言える因縁がね。


================================


ロブライノ・コールデン。


200年前のロナモロス教の中で、最高幹部の地位に就いていた男だ。

詳しい伝承はないけど、おそらくは相当に悪どい人物だったのだろう。

伝承はないけど、彼もまた「デイ・オブ・ローナ」の引き金となった

教団の腐敗に大いに関わっていた。


そして彼は、目の前の事象を誰より合理的に捉える事が出来た。

これから何が起こるかを実に正確に見極め、教団の資産を持ち逃げして

まんまと財を築いた。このあたりの立ち回りを見ても、彼には宗教より

金儲けの方が向いていたのだろう。ロナモロス教の衰退を横目に、彼は

富豪の地位を確立していった。


そんなロブライノの得た天恵。

その名は【実子転生】。


名前が示す通り、自分の血を分けた息子に魂を転生させるという力だ。

きわめて希少らしく、どんな時代の資料にも名前すら出てこなかった。

能力自体が遠大な上、本人が証明をする機会がなければ判明もしない。

あらゆる意味で、他人にその全貌を知られにくい天恵なのだろう。


彼は迷わなかった。

授かった子に、己の魂を上書きして生き永らえた。

しかもこの天恵は、魂に付与されているため次の肉体にも持ち越せる。

もちろん新たな肉体に新たな天恵は得られないが、それは別にいい。

自分を維持できるなら、ロブライノは一切迷わなかった。


何が彼をそこまで駆り立てたのか。

あたしは、それを知っている。


もう一度、ロナモロス教をこの世界唯一の絶対宗教に返り咲かせる。

そこで今度は教主として君臨する。ロブライノは、それを夢見ていた。

一度とことん衰退させ、自分を知る者も全て死に絶えてから再興する。

転生で永らえる事が出来るのなら、利用しない選択はあり得ない。


百年単位で、彼は己の野望の達成をひたすら待っていた。

天恵宣告が衰退していく中で、己の悲願を果たす日を待っていた。


しかし。

皮肉な運命が、彼を待っていた。


トリオリ・コールデン。


あたしの祖父だ。

三代か四代か、とにかく転生を繰り返したロブライノの子孫であり、

もちろん彼本人でもある。


いつも通り迷いなく転生を果たし。

いつも通り成長し。

そして彼は絶望した。


そう。



トリオリは、不能者だったのだ。


================================


気の毒だと思うけど、話を聞いた時ちょっと笑ってしまった。

祖父ももはや吹っ切れていたのか、苦笑いを返しただけだった。


あたしは、トリオリ・コールデンの実の孫ではない。

彼が養子に迎えた男デルツの娘だ。つまり血のつながりなどはない。

父は至って凡庸な人間だったけど、祖父に従順だったしこのあたしにも

優しい父親だった。しかし、祖父にとって単なる子種でしかなかった。


【実子転生】は実の子、それも同性でなければ発動できない天恵だ。

息子を作る事が出来なくなった時、ロブライノ本人の命運は尽きた。

もはや老いて死ぬだけという、ごく当たり前の運命に囚われたのだ。


しかし彼は、己の野望を託すに足る人間を求めた。

だから父を養子に迎えた。実際には他にも多くの養子を迎えていた。

とにかく、有望な天恵を持つ人間を跡取りとして欲していたのである。


要するに孫の代を求めたって事だ。

15年という歳月を待つ必要があるけれど、生まれた時から己の野望を

託す事が出来る。思い通りの人間に育て上げる事だってできるだろう。

人生を繰り返した祖父にとっては、時間はさほどの苦でもなかった。


待ちに待った、天恵宣告の日。



それは、誕生と死の記念日だった。


================================


直接見たわけじゃない。

それでも、何があったのかは推して知るべしだった。聡かったあたしは

祖父の考えを見抜いていたし、また受け入れてもいた。どういうわけか

不安もなかった。何かしらの予感があったのかも知れない。


あたしと同じ「トリオリの孫」は、全部で18人いた。全員同い年だ。

何とも合理的だと思うけど、宣告の後で顔を見た者は一人もいない。


このあたしだけが残っていた。


そう。



【偉大なる架け橋】を得たあたしは唯一、生きる事を許された。


================================


天恵を得た翌日に、あたしは祖父の秘密を初めて聞かされた。

祖父が本当はトリオリではない事。いつから生を繰り返しているのか。

そして、何故こんな事になったか。そこでちょっと笑ってしまった。


あたしは、天恵だけで選ばれたわけじゃなかったらしい。

どうやら祖父は、性格や気性も含め「このあたし」を気に入っていた。

規格外の天恵を得た事で、あたしは名実ともにロブライノの後継者と

なったのである。


「どんな形でもいい。お前の手で、ロナモロス教を復興させてみせろ。

私が望むのはそれだけだ。」

「どんな形でもいいんですね?」

「ああ、構わんさ。」


そう答えてニヤリと笑った祖父の顔は、敬虔なる殉教者ではなかった。

恵神ローナへの心棒など何もない、単なる野心家の顔でしかなかった。

あたしはそんな祖父が好きだった。自分も同じ人間だと思っている。


好きにやれ。

形など、何も問わない。

ロナモロス教の名において、現代の世界を思うままに蹂躙してみろ。


私の遺す財と、お前のその天恵で。


「分かりました。」


即答するあたしの浮かべた笑みは、おそらく祖父と同じだっただろう。

見届けた祖父は、満足そうだった。慧眼に敬服します、お爺ちゃん。


それから10年後、祖父は死んだ。

あたしに全てを託して。



そうして、今に至る。


================================


最近、つくづく思う。

鏡に映る顔が、だんだんトリオリの顔に近くなってきていると。


いいんじゃない?

宿命だの因縁だのは好きじゃない。血縁なんて概念も好みじゃない。


あたしがロブライノから受け継いだのは、血ではなく魂の片鱗だ。

それでいいと思っているし、祖父もあの世で喜んでいるだろう。


そう。


あたしはネイル・コールデン。



ロナモロス教の副教主だ。

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