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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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オレグストの苦悩

捕らわれた?

ミズレリちゃんが?

つまり、あのままの姿で?


そりゃあ驚いたわね。

イグリセの女王ともあろう人物が、そんな無茶な事をしてくるとは。

ってか、どこまで分かってる上での判断なのかしらねぇ。…面白いわ。


ああゴメンゴメン。

面白いってのは、ただの比喩だから気にしないで。

んじゃ、とりあえず待機してて。

うん。すぐじゃなくていいから。

それじゃあね。


…………………………


さあてと。

捕まっちゃったかぁ。

それじゃあ…


ゲイズって、今はロンデルンにいるはずよね?

呼び出して。

うん。



お望みのお仕事よ。


================================


「ネイル!」


部屋に入った時の声が荒ぶるのを、抑える事は出来なかった。

と言うか、そんな事を気にする気分にはとてもなれなかった。


「あらお帰りオレグスト君。首尾はどう?」

「首尾もクソもあるか!!」


バァン!

テーブルを拳で叩き叩き、俺は悠然と座るネイルに詰め寄った。


「どうしてミズレリを、こんな早く殺した!話が違うぞ!?」

「言ってなかったっけ?」

「とぼけるなよ!!」


声が裏返る。いや、知った事か。

何事にも限度ってものがある。


「と言うか、何でそこまで怒ってるわけ?…何を言われたの?」

「教皇女ポロニヤが殺された、そう言われたんだよ!」

「へえぇ…」


動じる様子を見せないネイルの態度は、どこまでも俺を逆撫でする。

俺がどれだけ冷や汗をかいたかは、本当にどうでもいいんだなコイツ!


「ニセモノじゃなくて、教皇女が…って言ったのね向こうは。」

「そうだ。遺体もそのままだった。だが、気付いてたかどうかは今では

もう分からない。」

「思い切った事をして来るわねえ、女王陛下も。」

「……ッ!!」


どこまで他人事なんだコイツは。

俺がどんな思いで戻ったと…!!


「落ち着きなさいよオレグスト。」


不意に背後から聞こえてきたのは、忌まわしい女の声だった。

振り返った部屋の隅に、紛れもない元凶の女の姿があった。



酷薄な笑みを浮かべる【氷の爪】、ゲイズ・マイヤールの姿が。


================================


「自殺じゃなくて殺されたって断言したんだ。鋭いわね意外と。」


いつから居たかは判らないが、多分話は最初から聞いていたんだろう。

興味深げな声で、ゲイズが呟いた。


「で、あんたはそれを聞いて大いにビックリ仰天したと。」

「当たり前だ。俺だってあんな状況で驚かないほど麻痺してない。」


何とか呼吸を整え、俺は答える。


「単に殺されたって言うだけなら、自殺を隠蔽したんじゃないのかと

疑う余地もあった。だけと向こうはその後で、ハッキリ言ったんだ。」

「何を?」

「殺したのがお前だって事をだ!」


やっぱり叫びながらゲイズを睨む。

しかし当のゲイズは、目を見開いて嬉しそうに手を叩きやがった。


「へえぇ、そりゃ輪をかけて凄い。女王がこのあたしをご指名とはね。

名前を知ってたって事?」

「俺に会う前に神託師を三人殺しただろ。それと同一犯だと言われた。

名前は知らないみたいだったけど、特定って意味では同じだ!」

「ああ、名前までは知らないんだ。ちょっと残念かも。」

「…………………………」


どこまで他人事なんだよコイツも。

自分のやった事の危うさが、ここに至っても分かってないのか。


「でもさあ、オレグスト君。」


そこでネイルが、口を挟んできた。


「それって、ブラフじゃないの?」

「…何だと?」

「少なくともゲイズは天恵を使った殺し方はしてない。そうよね?」

「不本意だったけどね。首吊り自殺に偽装しといた。」

「だったら、バレる可能性は低い。あえて関連付ける事で、あなたの

リアクションを見たんじゃないの?で、まんまと引っ掛かったと…」

「…………………………」


俺は、もう一度呼吸を整えた。


返す言葉に詰まったからじゃない。

返す言葉をまとめるためだ。



こいつらは、分かっていない。


================================


「…あのな、二人とも。」

「?」

「言いたい事は分かるが、もう少し現実ってものを直視してくれ。」

「どういう意味よ。」

「ゲイズ。」


問いに答えず、俺はゲイズに向けて逆に問うた。


「確かに、天恵は使ってないな?」

「ええ。」

「絶対だな?」

「しつこい。使ってないってば。」

「分かった。じゃあそれは信じる。信じた上で考える。」


俺自身も、話しながら考えを頭の中でまとめる。

まとめればまとめるほど、マズいという思いが膨れ上がる。


「お前らは当事者だから、前の殺しと今回の件とを繋げて推測できる。

その上でブラフだと考えるのは別にいい。だけどな。」

「だけど?」

「俺やミズレリは、マルコシム聖教の使節として謁見に臨んだんだよ。

ロナモロスじゃなくてだ。つまり、前の殺しとは本当に何の関連性も

ない立場なんだよ。」


そうだ。

あの時ゲイズが殺した三人は全員、名前だけの神託師だったはずだ。

いわゆるハズレを三回引いた末に、こいつと父親のエフトポは俺という

大当たりを引き当てたんだった。

そんな三人が立て続けに殺されれば当然、ロナモロス教は疑われる。

恵神ローナを崇める宗教であれば、実のない神託師を許さない考え方が

存在しても不思議じゃないからだ。衰退している今の時代だからこそ、

そんな過激思想が教団内に蔓延している想定は容易に成り立つ。


しかし、マルコシム聖教にその想定を落とし込むのは絶対に無理だ。

そもそも多神教である聖教にとってローナは、神の一人に過ぎない。

そこから神託師殺害という話には、どうやっても繋げられないだろう。


要するに、同一犯とする根拠自体がどこにも存在していないのである。

もうずいぶん前の事件であり、今に至るまでにイグリセのあちこちで

いくらでも殺人事件は起きている。それは、ごく当たり前の現実だ。


どうしてよりによって、「あの事件と今回の犯人」を同一視したのか。

あてずっぽうにしても無茶過ぎる。少なくとも国のトップが使節に対し

断言すべき推測では絶対にない。


だとすれば、考える可能性はたったひとつしかない。



ゲイズの仕業だと知り得る方法が、向こうにあったという事だ。


================================


「なあるほど、ね。」

「そういう話ね。」


ようやく伝わったらしい。

二人の反応は、少しだけ真剣なものになっていた。


「もしかして、目撃されたとか?」

「気をつけてたつもりだけどなぁ。モリエナちゃんにも見張らせてたし

人の気配もなかったから…」

「そうじゃないって言ってるだろ、いい加減分かってくれよ。」


俺は、心底うんざりしていた。


「どういう意味?」

「仮にお前が目撃されたとしても、天恵を使ってないなら神託師殺害と

紐づけられるわけがないだろうが。前は顔を見られてないんだから!」

「……ああ、そうか。」


ああそうか、じゃねえよ。

こいつ、基本的に考えが浅い。

殺傷能力と殺しへの迷いのなさは、この浅さにも由来するんだろう。


つくづく、危険過ぎる存在だ。

どうしてこんな奴が、ここまで…


「オレグスト君。」


嘆きの思いは、ネイルの問いかけで中断された。


「何だよ。」

「あなた謁見の時、マルニフィートの取り巻きの天恵を見たのよね?」

「…ああ、見たけど。」

「どんなのがあった?」

「……確か……」


そう言えばフルプレートの騎士が…確か四人並んでたな。どれもこれも

大して興味を引く天恵じゃなかった憶えがあるけど…


「四人のうち二人が【騎士】だ。」

「他の二人は?」

「確か【合気柔術】ってのと…」


あとひとつ。確か、何だか間抜けな名前の天恵で…あれは…

そうだ。


「【犬の鼻】とかいうのだった。」

「犬の鼻ァ?」

「へえ、そうなんだ。」


いかにも馬鹿にした声で言い捨てたゲイズに対し、ネイルは明らかに

興味を惹かれた様子だった。何だ?


「知ってるのか?」

「ええ、会った事はないけど、まあ知識でね。」

「………どういうものなんだ?」


そう訊きながらも、俺は何だか嫌な予感がしていた。

マヌケだと流したあの天恵が、何か重大な意味を持ってるってのか?

そうだとすると…


「その場に残った天恵の残滓を感知する。文字通り犬みたいな力よ。」

「何だと!?」

「ハハッ、まさかマルニフィートが本当に犬を飼っていたとは驚きね。

それで納得いった。ゲイズの存在がバレた理由がね。」

「…………………………ッ!!」


俺は、唇を噛みしめていた。

まさかあの騎士が、そんな俺の亜流みたいな天恵を持っていたとは。

なら何にも疑問はない。ミズレリが死んだ場所でその天恵の力を使い、

ゲイズの天恵を嗅ぎ取ったという事だろう。おそらくモリエナの分も。

これはつまり、俺の落ち度なのか。

大した事ないと、あの時見過ごして報告しなかった結果なのか。



だとすれば、俺は…


================================


何もなかった。


叱責の言葉もなく、責任を取る形で粛清される気配もなかった。

彫像のように立ち尽くす俺に対し、二人は何も言わなかった。


しばしののち。


「おい。」


勇気を振り絞り、俺は言った。


「うん?」

「…俺の責任は、どうなる?」

「責任?別に何にも。とりあえず、ミズレリの件は病気の療養中だとか

何とか理由つけて伏せといて。まあ事情が事情だし、マルニフィートも

わざわざ突っ込んで来ないでしょ。とりあえずはそれでいい。」

「いいのかよ…」


今までとは違う意味で、俺は背筋が寒くなるのを覚えた。


確かに、しばらくの間教皇女の死を隠蔽するという選択は無くはない。

高貴な人間の死を隠した事例など、歴史の中にいくらでもあるだろう。

ネイルの言う通り、ある意味共犯と言えるマルニフィートが、わざわざ

それを糾弾するとも思えない。別にその選択に破綻はないだろう。


だけど、本当にそれでいいのか。


マルニフィートの取り巻きにそんな厄介な奴がいて、しかもこちらは

尻尾を掴まれたような状況である。元凶となった俺がお咎めなしとは…


いいのか。

つまり、そういう事なのか。


たとえこれで状況が悪くなろうと、こいつらには関係ないって事か。

あるいは、状況の悪化さえ率先して楽しもうとしているのか。


()()()()()()()()()()



何なんだよ、本当に。

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