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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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認めるべきその力

天恵というものの定義は、限りなくあやふやでフワッとしている。

ネミルが神託師を継いだ際、参考に古い資料を読んだ事があった。

かなり詳しく記載されていたけど、読めば読むほど分からなくなった。


その理由はただひとつ。あまりにも内容がバラバラ過ぎるという点だ。


特殊な技能だったり体質だったり、変な肩書きだったり。更に言えば、

もはや個人の特性を表しているとは思えないほど意味不明なポエムさえ

記録に残っていた。あんなのを実際に宣告された人は、どう受け止めて

生きていったんだろう。正直な話、ちょっと気の毒にさえ思えた。


じゃあ、俺の「魔王」はどうだ。

無理やりカテゴライズするならば、シュリオさんの「騎士」に近い…と

言えなくもないだろう。要するに、少し大仰な肩書きという感じだ。

あの人を参考にするのは少しヤバい気もするけど、思い込みの激しさで

おかしくなっていたのはある意味、参考になった。むしろ肩書きとして

ヤバいのは俺の方だ。もしもそれに吞まれたら、己を見失いかねない。

今日に至るまで、漠然とそんな不安を抱えていたのは事実だ。


だからこそ。

一線を引いた上で、俺は己の天恵に踏み込む。


今、ここで。


================================


相変わらず、ランボロスたち5人は動けるようになる気配がない。

おそらくこのまま放置すれば、排泄行為さえ出来ずに死ぬんだろうな。

そんな事を凪いだ感情で考えている自分が、さすがに少し怖い。


「トラン…」

「大丈夫だよ。そんな顔するな。」


相変わらず不安そうなネミル。まあ無理もないか。今はこいつら以上に

俺の事をずっと気味悪がってるかも知れないし。

だからって、今の状況を無駄にするわけにはいかない。結局のところ、

このままうやむやにしてしまっては自分の天恵に対し不安要素が残る。


よし、腹を括ろう。


「ネミル。」

「う、うん?」

「俺は大丈夫だ。だから今からする事にいちいち動揺するなよ。」

「……分かった。信じる。」

「ありがとう。」


深く訊かずに信じてくれる。これを信頼と呼ばすに何と呼ぶ。

だからこそ、裏切らないように。


俺はカウンター越しに手を伸ばし、調理用のナイフを手に取った。


================================


「アルケス。」


小太りの顔見知りに声をかけ、俺はそいつのすぐ傍らのテーブルの上に

ナイフを置いた。


「そのナイフを手に取れ。」


カチャン!


言い終わると同時に、アルケスの手が迷いなくナイフを掴み取った。

危険な物でも、命じればほぼ迷わず手に取るか…

何も言わないネミルも、グッと手を握って我慢している。長引かせると

余計に負担を強いるだろう。なら、もう少しだけ確認する。


「じゃあアルクス。」


視線を戻し、俺は命ずる言葉に力を込めた。


「そのナイフを、ゆっくりゆっくりランボロスの心臓に刺せ。」


================================


「!!」


ネミルが大きく目を見開く。一方のアルケスは、命じた通りにナイフを

構え、ゆっくりとランボロスに狙いをつけた。当のランボロスは目だけ

刃先に向けている。紛れもなくその顔には恐怖があった。


「ちょっ…!!」

「もういい。やめろアルケス。」


ナイフを緩慢に突き出しつつあったアルケスが、そのひと言で止まる。

「ゆっくり」と念入りに言っていたのは、途中でやめさせるためだ。

もし一瞬で刺したりしたら、もはや取り返しがつかないから。…よし、

じゃあ次が最後の検証だ。


「アルケス。そのナイフで、自分の喉をゆっくりと切り裂いてみろ。」


迷いなく、力を込めて命じる。

さあ、どうなる?


================================


アルケスはすぐには動かなかった。

十数秒ののち、ナイフを持つ左手がぶるぶると震え始める。どうやら、

拒絶反応のようなものらしい。とは言え、左手は少しずつナイフの刃を

持ち上げ、喉の方へと動かしているようだった。拒絶反応というより、

肉体が必死に抗っている感じか。


「もういい、やめろ。ナイフも元の場所に置き直せ。」


今度は予想通り、アルケスは命令と同時にナイフをテーブルに戻した。


「もうやめようよ…」

「ああ分かってる。終わりだよ。」


泣きそうな声のネミルにそう答え、俺はふうっと大きく息を吐いた。


なるほどな。

さすがに自分の死に直接するような命令には、生存本能が抵抗するか。

とは言え、もっと強い言葉で何度も命じれば、おそらく死なせられる。

今の手応えで、その確信が持てた。


とりあえず、今はここまでで十分としておこう。


「よし。じゃあお前らにあらためて命じる。」


命令がちょっと板について来たと、言いながらおかしくなった。


「店から出たら、ここであった事は全て忘れろ。そして二度と来るな。

俺たち二人にも二度と関わるな!」


ガキン!!


ひときわ強く言い終えると同時に、あの黒い影がさらに鋭くなった。

5人ともその弾みで少し痙攣する。よし、暗示はこれで根付いた。

…感覚だけでそう確信できるのは、天恵によるものなんだろうな。



「よし。じゃあとっとと出ていけ。今日はさっさと家に帰れ。」


================================


何も言わず、ランボロスたち5人は揃って店を出て行った。念のために

少し後を尾けたものの、命じた通り店での顛末は完全に忘れたらしい。

記憶の空白さえも自覚していない。もっとも黒髪男は、訝しげな表情で

痛そうに脇腹をさすっていた。


「大丈夫…みたいね。」

「そうだな。んじゃ帰ろうぜ。」

「……うん。」


揃って踵を返すと同時に、ネミルの手が俺の服の裾をギュッと掴んだ。

それが何を意味するかは、さすがに俺でも分かった。


「…悪いな、怖い思いさせて。」

「怖かったよ本当に。」

「どっちが?」

「主にトランが。」

「やっぱりか。」


そりゃそうだろうな。俺としては、素直な答えに苦笑するしかない。

ランボロスたちも大概だったけど、客観的に見て俺の方がヤバかった。

それは十分、自覚してる。


「…あたしが天恵を宣告したから。そうなんだよね?」

「間違いないだろうな。」

「……………分かった。」


ますます強く裾を握ったネミルは、俺の顔を見上げて告げる。


「あたしも受け入れる。…だから、トランはトランのままでいてね。」

「ああ、そのつもりだ。」


答える俺は、強がりではない笑みを返した。


「ゴメン」とは言わないネミルが、何よりも嬉しかった。そんな謝罪は

見当違いだと理解しているあたり、もうこいつは立派な神託師だ。


天恵は、どこまでも本人次第の力。活かすのも吞まれるのも本人次第。

そのくらいの事も分からず、神託師と一緒に生きる事なんて出来るか。

俺にだって覚悟はあるんだからな。


「魔王」の天恵、受け入れてやる。



いつの間にか雲は晴れ。


気の早い星が瞬き始めていた。

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