知る者は何を思う
現代においての天恵は、本当に定義するのが難しい概念だ。
禁忌って訳じゃない。望むなら別にいいだろうって感じだし、宣告を
受けている人間が異端扱いされるという事もない。どちらかと言うと、
腫れもの扱いされている感じだ。
…いや、それも少し違うか。
若い世代の人からすれば、文字通り「時代遅れでダサい」という感覚で
見られるのかも知れない。しかも、今の時代に宣告を受けようと思うと
かなりお金がかかる。そういう点で考えても、わざわざ手を出す人間は
欲深い…と捉えられがちだ。恵神がどうのでなく、愚かな金の使い方と
揶揄される事も多いだろう。
そして何より。
そんな風潮の中で宣告を受けても、望んだ力が得られる可能性は低い。
そこが最大の難点だろう。うかつに天恵を得た場合、そのせいで人生が
歪んでしまう事だってある。そんな割に合わない賭け、誰が好き好んで
挑むだろうか。ネラン石の採掘量が著しく減少している現状もあって、
なおさら人は天恵を「無いもの」と捉えがちである。
だからこそ。
オレグスト・ヘイネマンを抱え込む組織の危険度は、計り知れない。
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「こっ、殺された!?」
ニセモノ教皇女が特別棟で死んだ、翌日の午前。
ようやくやって来たオレグストは、告げられた事実に声を裏返らせた。
「どうしてそんな事に!?」
「賊が侵入したのです。」
「護衛とかいなかったんですか!」
「申し訳ありません。まさか痕跡も残さず、室内に侵入されるとは…」
「そんな馬鹿な!!」
セルデ外務官に食って掛かる彼は、怒りと困惑に顔を歪めていた。
客観的に見て、それは限りなく当然の事だろう。襲撃があったその日に
隔離された教皇女が殺されるなど、不手際の連鎖も甚だしい。
彼の立場で考えれば、こちらを叱責する気持ちに何の不思議もない。
だがそれは、「客観的に」見た時に限られる話だ。
彼が何をどう思うかは、もうひとつの事象を伝えないと推察できない。
それは、まさに今からだ。
「犯人が誰かについては、ある程度まで確信があります。」
「は!?…だ、誰です!?」
「去年、このイグリセ国内で三人の神託師の命を奪った人物です。」
「えっ」
「自殺に偽装されていますが、ほぼ間違いないと思っています。」
「…………………………!!」
オレグストは、再び絶句した。
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自分で言うのも何だけど、あたしは人の表情で心理を読むのが得意だ。
専門で学んだとかではなく、生来の特技と言ってもいいかも知れない。
「意外ですねえ、リマス。」
陛下には割と失礼な事を言われた。だけど、意外なのは否定できない。
さすがにここ一番という所で頼りにされるほどじゃないけど、こういう
厄介な局面では割と役に立てる。
人は動揺した時、自分で思う以上に表情に出る。今もまさにそうだ。
どっちの話を聞いた時も、目の前のオレグストは本気で驚愕していた。
しかし、意味はかなり違うだろう。
反応を見た限りでは、彼は教皇女が死ぬとは露ほども考えてなかった。
おそらく、早く返せと強引な交渉をする気でここに来たんだと思う。
だからこそ、声が裏返るほど動揺を見せたのだろう。
それに対し、犯人が神託師連続殺人と同じだろうと告げた時の反応は、
明らかに違っていた。
驚く様子に嘘はない。それは最初の時と同じだ。しかし告げられた時の
様子から見る限り、少なくとも彼は犯人を「知って」いる。
神託師が3人殺された、あの事件の犯人に明らかに心当たりがある。
ではなぜ、彼は告げられたその話に驚き、そして絶句したのだろうか。
いたって簡単だ。
その犯人が、ニセモノ教皇女を殺すとは思っていなかったという事だ。
その部分には、これ以上考えるべき点は存在しない。
なら、彼はいったいどういう意味で「殺すと思っていなかった」のか。
単に「どうして」なのか、それとも「どうして今」なのか。
もし早まった行為だと考えたなら、それは意思の統一が出来ていないと
いう事を意味する。謁見に同行した彼が知らない選択だったとすれば、
かなりの独断専行だ。正直言って、同じ集団で許される行為じゃない。
下手すれば、イグリセ王国と決定的に対立する原因になりかねない。
…何と言うか、今の彼の立場って…
同情を禁じ得ない窮地だなあ。
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「ご遺体はお引き渡し致します。」
「えっ…あ、はい。」
セルデさんの粛々とした申し出に、オレグストはどうにか対応した。
「言うまでもありませんが、ご遺体を解剖したりはしておりません。
清めるに留めておりますので、その点に関してはどうぞご心配なく。」
「ご配慮に感謝致します。」
うわぁ。
面の皮の厚い化かし合いと言うか、かなり高度な茶番劇だなコレは。
不謹慎だけれど、そんな考えが頭をよぎってしまった。
しかし、少なくともこちらの主張に嘘はない。自殺を装ってはいたが、
だとすれば残されていた二つの天恵の説明がつかない。どう考えても、
その二人が手を下したのは明白だ。なら、ありのままを伝えるだけだ。
その内の一人が【氷の爪】ならば、連続殺人の犯人と同一とする想定に
矛盾はない。だからこれに関してもありのままを伝える事にした。
さあ、どうする?
我々はその遺体を「ニセモノ」とは形容していない。どう思うにせよ、
本物の教皇女が殺されたという態で話をしている。正式な使節団として
それを受け入れるならば、教皇女は死んだという建前が絶対に必要だ。
たとえまた別のニセモノを擁立する手段があるとしても、今この瞬間に
「遺体を受け取った」という事実は絶対に覆らない。
悪いけど、それは認められない。
絶対にね。
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そのまま、オレグストたち使節団は離宮を辞して去って行った。
あえて尾行などは着けないという、陛下の判断を騎士隊は尊重した。
騙し合いになっているけど、一人の女性が亡くなったのもまた事実だ。
ニセモノとしてここまで来たという事を考えれば、同情の余地はない。
身分を偽って女王に謁見を求めるという行為は、そこまで軽くはない。
だからと言って、彼女の死が当然の出来事だと考えるのはどこか違う。
せめて今だけ、我々も悼む気持ちを持ってもいいだろう。
どうせこの後も、厳しい状況が続くに決まっているのだから。
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「どちらからどちらに、かは明確に定義できませんが。」
小さなため息をつき、陛下はそんな言葉を口にした。
「少なくともこの件で、宣戦布告が成されたと考えていいでしょう。」
「やはり、そうお考えですか。」
「考えておかないと、後れを取る。それも間違いないでしょ?」
「ごもっとも。」
ゲルノヤ隊長がそう言って頷いた。
宣戦布告、か。重い言葉だ。
もちろん、今すぐに戦争が始まるという意味じゃない。少なくとも、
そこまで事態は差し迫っていない。
しかしここまで相手の手段を暴いた以上、敵対する立場は明確だ。
マルコシム聖教までも傘下に収めたロナモロス教が、このままあっさり
引き下がるわけがない。
少なくとも、もう後に退くといった選択は出来ない。
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オレグストの【鑑定眼】については資料がない。過去の天恵宣告でも、
ほとんど実例がなかったのだろう。希少な天恵と言って間違いない。
しかし、【氷の爪】にはそこまでの希少性はない。
同様に、ナガト先輩が感知した天恵【共転移】も先例がなくはない。
今の状況だけ見れば、【共転移】で潜入したのだと考えるだろう。
でも、この天恵だけで潜入する事は不可能だ。詳しく知っていれば、
その想定に穴がある事は分かる。
【共転移】という天恵は、能力者が過去に行った場所にしか行けない。
つまりどう考えても、特別棟に直接転移する事は出来ないのである。
だとすれば、この二人を送り届けた「第三の天恵」が存在している。
おそらくそれは【共転送】だ。
これに関しても、過去の資料に情報がきちんと残っている。要するに、
情報が残る程度にはありふれていたって事である。どうやら過去には、
これで財を成した者もいたらしい。
これは「自分が認識している相手がいる場所に、何かを送る能力」だ。
人でも他の生物でも物でも無制限に送れる半面、起動の条件は厳しい。
資料によると、対象の人物が「何を転送してくるのかを認識している」
必要があるらしい。今回で言えば、ニセモノ教皇女は氷の爪と共転移の
二人を知っていた、という事だ。
どんな形にせよ、いざという時には駆け付ける算段だったのだろう。
自分が殺される想定までしていたかどうかは、もはや知りようがない。
いずれにせよ、仲間だったと考えるのが自然だ。【共転移】はただ単に
撤退に必要だったのだろう。
ただの仮定に過ぎないが、これらを踏まえれば見えてくる事実がある。
あの本物の教皇女が話してくれた、あまりにも不可解な聖都の蹂躙劇。
仮に【共転移】と【共転送】が両方揃っていたなら、不可能ではない。
教主と副教主が来ていたという話を信じるとすれば、ほぼ間違いなく
彼女たちが何かしら、強力な戦力を大聖堂に「招き入れた」のだろう。
そんな事をされれば、いかに聖教と言えどもひとたまりもない。
「もしその話が本当なら、いよいよロナモロス教は本気で世界に混乱を
撒き散らすつもりなのね。」
陛下の言葉は、限りなく重かった。
そう。
連携が取れていない所があっても、教主や副教主が噛んでいるとすれば
もはや一部の人間の凶行ではない。ロナモロス教団そのものが黒幕だ。
陛下の言う通り、本気で世界に混乱を撒き散らそうとするのなら。
それはもはや、魔王の所業だろう。
…………………
何だろうなあ。
本物の魔王は、ミルケンの街にある喫茶店にいて。
いつでも美味しいコーヒーを淹れてくれるのに。