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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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ミズレリ・テートの命

マルニフィート陛下は、慈悲深い。

母として女王として、常に人の心を慮る事の出来る人物だ。

そんな方だからこそ、あたしたちは命を懸けて騎士隊の任に挑む。


だけど。



そんなあたしたちだからこそ知る、陛下の一面もある。


================================


教皇女ポロニヤとの、欺瞞に満ちた謁見が終わったその翌日。


東の特別棟に隔離していた教皇女の体は、既に冷たくなっていた。

カーテンを首に巻き付けての縊死。誰が見ても明らかな自殺だった。


発見したのは、このあたしだ。

早朝に部屋に入った瞬間、その結末を淀んだ空気の中に確信した。

だから驚きはしなかった。だけど、平然と受け入れた訳でもなかった。

ある意味、貧乏くじだ。

女性だからという理由で、あたしが朝のお伺いに赴く事になった。


「よろしくお願いね。」


陛下の言葉はごく簡潔だったけど、他意を含んでいたのも明らかだ。

それが任務だから、恨み言を述べる気はない。覚悟だってあった。

思う事は、ただひとつだけだ。



国を護るって、大変だなあ。


================================


「分かりました。お疲れ様。」


報告を聞いた陛下の表情に、明確な変化はなかった。

あたしも他の面々も、あえて言葉を探そうとはしなかった。


今は何を言っても無意味だ。

昨日、ラースが「変身」した陛下と明るく言葉を交わしていたあの子が

物言わぬ骸となり果てた。現時点でハッキリしているのは、それだけ。

もちろん、悲しむべき事だ。だけど今は、マルコシム聖教がどんな事を

言ってくるかについて対処するのが最優先だ。ここで対応を誤ると、

世界中の信徒を敵に回す事になる。たぶんイグリセでも内乱が起こる。


「全員分かっていると思いますが、乗り越えるべきは今日一日です。」


向き直った陛下が告げる。その声に迷いや震えは一切なかった。


「ラース。」

「はい。」

「相手の出方によっては、もう一度お願いしますよ。」

「もちろんです。」


ラースも迷いのない言葉を返す。

そう。

昨日の彼女は、限りなく危ない橋を渡った。教皇女に化けるというのは

それだけリスクの高い行為だった。しかし、まだ話は終わっていない。

オレグスト・ヘイネマンたちが強硬な態度に出れば、再び彼女の天恵が

必要になってくるだろう。


もちろん、今この段階まで至ってもまだ、確証と呼べるものは乏しい。

いくら状況を積み重ねたとしても、確信を得るには至らないのである。

そしてそれは相手側も同じだろう。オレグストの天恵があったとしても

何もかも見極められはしない。


何となく、壁の時計に目を向ける。まだ何分も経ってないんだな。

さすがに、時間が経つのがいつより遅く感じられる。



平静を保て。

目の前の現実に。


================================


教皇女ポロニヤがニセモノだったというのは、ほぼ確定的である。

だからこそ陛下は、あれほど大胆な策に打って出たと言えるだろう。

オレグストの能力の裏をかく形で、あのニセモノを確保するに至った。

彼らは、こちらの行動をどんな風に捉えたのだろうか。

目の前で起こった事を、額面通りに解釈してくれたのだろうか。


そんな甘い想定は許されない。

相手の思考力を過小評価するのは、まさに愚の骨頂でしかない。


おそらくオレグストたちは、襲撃が自作自演である事に気付くだろう。

彼が【鑑定眼】の天恵を使っていたと仮定すれば、こちら側の思惑にも

ある程度まで気付いていたと思う。陛下がニセモノだと看破したのなら

さぞかしあの場が滑稽に思えていた事だろう。正直、それは同意する。


だとすれば、向こうは焦るはずだ。

決め打ちで拘束したなら、取り調べが苛烈になっても不思議ではない。

見た目完璧なニセモノがこちらでも用意できる以上、場を取り繕うのは

難しくもない。その間にニセモノが拷問死したとしても、どうにでも

ごまかせる事実に思い至るだろう。もちろん、その過程において情報が

漏れてしまうという可能性にも。


危険な状況は、お互いさまだ。



だからこそ陛下は、あえてひとつの策を講じた。


================================


申し訳ありません、ポロニヤ様。

我々の至らなさのため、このような事態を招いてしまいまして。

お詫びの言葉もありません。


ですが、ご安心ください。

賊の正体は早々に露見しましたし、ニセモノだという裏も取れました。

教皇女は、間違いなくあなたです。その点はご安心ください。

用心のため今日だけこちらにご逗留頂きます。何とぞご容赦ください。

明日の午後には、使者の方々と共にお帰り頂けます。ご心配なく。

今夜は、こちらの特別棟でゆっくりお休みください。後のお話は明日、

お迎えの皆さまが見える前にでも。


え?

もちろんです。

この状況であれこれ質問するなど、無礼の極みでしょう。

お疲れでしょうから、ゆっくり心を落ち着かせてお休みください。

重ねて申し上げますが、ご心配には及びません。賊はもう捕えました。

はい。

それでは、お休みなさい。


…………………………


自殺?


悪いけど、それは信じられない。

昨夜のあのやり取りの後で、彼女が死を選ぶとは絶対に考えられない。

理屈だけではなく、あのホッとした表情に少なくとも偽りはなかった。

まともな聴取さえしていないのに、そこまで追い込まれるはずがない。


あたしだって、鎧越しに謁見の様子をずっと見ていたんだ。

あの女性が、そんな簡単に己の命を捨てたりするもんか。


もうすぐだ。

本当の答えは、もうすぐ出る。

如何に言葉を並べようと、覆す事ができない本当の答えが。



あたしは、それを待っている。


================================

================================


…………………………


そろそろ、日が傾いてきた。

オレグストたちから何か言ってくる気配は、とうとうなかった。

ある意味、それを待っていた。でも現実なんて、所詮はそんなものだ。


教皇女が拘束されたにも関わらず、何ひとつ問い合わせをしてこない。

やりようによっては、国際問題にもできそうな状況なのに。

どうしてそれをしないのか。

なぜ、沈黙を保っているのか。


可能性はいくつもある。

都合のいい解釈なんて、いくらでもできるだろう。

だけどもう、可能性だけであれこれ考えるのは飽きた。

そんなものより、あたしは騎士隊の仲間の天恵を信じて見極めたい。

この救いのない状況の、真実を。


「よろしくね、ナガト。」

「はい。」


教皇女が己の命を絶った、特別棟。

陛下が自ら足を運び、ナガト先輩に命じた。当の先輩はいつも通りだ。

気負う風もなく、粛々と命じられた任務に臨む。先輩にしか出来ない、

重要な任務に。

夕陽が差し込む室内で、かすかな音だけが響く。自殺の現場を、先輩が

天恵を用いて調べている音だ。


あたしたちは黙って待った。

陛下も、何も言わずに待った。


数分後。


「終わりました。」

「ご苦労さま。」


戻って来た先輩の表情は、やっぱりいつもとさほど変わらなかった。

あたしたちは、黙って待った。


「どうでした?」

「感知できました。【変身】以外の天恵の残滓を。」

「やっぱり。」


淡々と呟く陛下の手が固く握られたのを、あたしは横目で見ていた。


「どんな天恵でしたか?」

「【共転移】と【氷の爪】です。」


その声は、かすかに上ずっていた。


================================


やっぱりか。

氷の爪。


やっぱりお前が来たのか。

やっぱりお前が


ここに来て


彼女を

殺したのか。


三人の神託師と同じように。


いや。

痕跡を残さず、自殺に見せかけて。

全ては繋がった。

ロナモロス教の実体が見えた。



それが、彼女の命の対価だ。

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