ニセモノの語らい
シュールな絵面だな。
我ながら感覚がおかしくなってると思うが、笑いを堪えるのに必死だ。
曲がりなりにも大国を統べる立場の女王と、少し前まで世界最大だった
宗教の次代教皇。その二人がこんな形で対面する事になろうとは。
そう。
どっちもニセモノという態で。
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当たり障りない挨拶と、輪をかけて当たり障りのない言葉の応酬。
ハッキリ言って、聞くべきところもあまりない。この程度の会話なら、
場数を踏んでいるミズレリであれば難なくこなせるだろう。およそ、
俺が助け舟を出す流れじゃない。
お付きはお付きらしく、おとなしく控えている事にする。
場の雰囲気は実に和やかで空虚だ。空虚だと思っているのは、さすがに
この俺だけだろうけど。と言うか、別に完全な予想外でもなかった。
聖都で起きた事の詳細はともかく、唐突な宗教の併合は憶測を呼んだ。
逆ならまだしも、どうして世界最大の宗派が衰退し切ったロナモロスに
与する事態になったのだろうかと。結果、どちらの宗教にもそれなりに
疑念の目が向けられている。
そんな中での謁見の要望だ。まあ、警戒されるのも無理はないだろう。
いくらネイルでも、その点に関して無頓着というわけではない。
今回の謁見は、聖都の時とはかなり意味合いが異なっている。
前のが実行ありきだったのに対し、今回は展開次第で選ぶ道が変わる。
行けると思えばゲイズや魔鎧屍兵を投入するし、そうでなかった場合は
さっさと撤収。リスクは負わない。そして最終の選択をするのは俺だ。
こういう時、ネイルに近しい奴らに任せると、選択が前のめりになる。
ある程度引いた立ち位置で、客観視が出来る俺だからこそって判断だ。
自分で言うのも何だが、【鑑定眼】の天恵も含め適役だと思っている。
それを踏まえ、今の状況はどうか。
もちろん、目の前のマルニフィートがニセモノだという断定はしない。
本物の女王の天恵が【変身】という可能性も、ゼロってわけじゃない。
しかし、いくら何でもその仮定には無理があり過ぎる。配下の誰かが、
彼女に成り代わっていると想定する方が現実的だ。為政者なんだから、
そのくらいの人材はいるだろう。
だとすれば、この状況はそれなりに好ましくないと言える。少なくとも
面と向かって相手するのは危険だと判断された、と考えていいだろう。
なら、ここは慎重になるべきだ。
部屋が狭い事も含め、天恵を用いた奇襲を警戒されているのは確実。
うかつな事をすれば、どんな反撃を呼び込むか分かったもんじゃない。
少なくとも、聖都蹂躙の時のようなワンサイドには持ち込めない。
やはり守りを固めてきたな、女王。
いいだろう。
俺たちも、その前提で今後の方針を決めさせてもらう事にする。
今回は、ここまでだ。
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「そう言えばポロニヤさん。」
「はい?」
「エイランの事は残念でしたね。」
「え?」
怪訝そうな声で答えるミズレリに、俺はちょっと危ういものを感じた。
ってか、エイランって何の話だ?
「エイラン・ドールですよ。去年、惜しまれつつ亡くなって。」
「あ…そ、そうでしたね。」
「著作がお好きと聞きましたけど、やっぱりショックでした?」
「ええ…はい、そりゃあもう。」
マズいな。
さっきまでの通り一遍な話と違い、かなり突っ込んだ話になっている。
エイランって、作家か何かなのか。…それが去年死んだ事に、教皇女が
どんな風に関係しているってんだ?案の定、話を振られたミズレリも
返しがしどろもどろになっている。
カマかけか。
あえて関係のない話題を振る事で、ボロが出るのを誘っているのか。
この場でそういったカマかけをするのは、危険だとは思わないのか?
もし決定的なボロが出たら、もはや正面衝突は避けられないんだぞ?
ここでそこまでの事をするのは…
「ゴメンなさいねお引き止めして。あまりお気になさらず。』
「ええ。こちらこそすみません。」
何とか終わったのか。
正直、ちょっと冷や汗が出た。もうこういうのはゴメンこうむりたい。
やれやれ。
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ほどなくして謁見は終了となった。
来た時とは別の廊下を通って、外に向かう。
完全な茶番だったものの、傍目には和やかに行われたと言っていい。
少なくともこれで、ロナモロス教とマルニフィートの間に険悪な感情は
生まれないだろう。ここから先は、さすがにネイルたちと相談だな。
ともあれ「エイラン」については、後でしっかり調べておこう。
もしその存在を本物の教皇女が深く知っていたとしたら、少し厄介だ。
怪しまれるには十分だろうからな。
いずれにせよ、ここまで来た事にはそれなりに意義がある。ここからは
より慎重な戦略を練るべきだろう。
とりあえず、一旦戻ろう。そして、今回の件を報告して…
次の瞬間。
起こった出来事は、あまりにも一瞬だった。
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シュウウウウウウウウッ!!
曲がり角の向こうから、出し抜けに何かが転がってきた。その物体から
真っ白な煙が吹き出し、視界がほぼ失われる。何だ、どんな状況だ!?
「敵襲だ!!」
前を歩いていたフルプレートの騎士が、くぐもった声でそう叫んだ。
敵襲だと!?
ここはまだ第四離宮の中なんだぞ。警備はどうなってるんだよ一体!!
そんな事を考える間もなく、誰かが俺を突き飛ばした。それと同時に、
白い煙の向こうで激突音や悲鳴など様々な音が交錯する。
だが、それも長くは続かなかった。
廊下に充満していた煙は、たちまち窓から抜けて薄れていった。
十数秒振りにようやく視界が戻り、どういう状況かが明らかになる。
金属音がなかったから、少なくとも武器を使った戦いは起きていない。
しかし歩いていた列は崩れており、ほとんどの者が廊下に伏せている。
俺を庇っているのは【合気柔術】の天恵を持つ騎士だ。その向こう側に
別の騎士が誰かを組み敷いた様子が見えている。あれが襲撃者なのか。
同行者はすぐ隣に伏せている。ならミズレリはどこにいるんだ!?
その瞬間、完全に煙が消失した。
あわてて立ち上がった俺は、反射的に教皇女ことミズレリの姿を探す。
あるいはこの混乱に乗じて、何らかの形で拉致するつもりなのか…!
予想は外れた。
俺の目の前に、ミズレリこと教皇女はちゃんと存在していた。ただし、
フルプレートの騎士に組み敷かれた態勢で。いくら非常時と言っても、
その扱いは酷すぎるだろうか!
と抗議したい気持ちはあった。が、それは許されないと悟った。
この状況でミズレリを、いや教皇女を組み敷く理由は確かにあった。
そう。
騎士に組み敷かれている教皇女は、一人じゃなかったのだ。
まったく同じ姿のもう一人が、別のフルプレートの騎士に組み敷かれて
うめき声を上げていた。…状況から考えるに、襲撃者はコイツらしい。
咄嗟に天恵を発動させた俺は、目の前の表示に言葉を失った。
同じだ。
どっちの教皇女も、天恵は【変身】となっている。
見た目だけでなく天恵も、見分けがつかないという不条理な状況だ。
いや。
不条理なんかじゃない。
説明なんて、きわめて簡単だ。
どっちかの教皇女が、今さっきまで謁見の間にいたマルニフィートだ。
女王に化けていた、あの天恵持ち。気配もほぼ間違いない、あいつだ!
俺たちが部屋を出ていったのと同時に、こんな事をやってきやがった!
『緊急事態ですね。』
咄嗟に俺たちを庇った態の騎士が、そんな事を言った。女かよこいつ!
『申し訳ない。どちらが本物か判明するまで、両方を拘束致します。』
「は!?」
『どうぞご理解のほどを、もちろん本物はすぐに解放致しますので。』
取り付く島がなかった。
どちらかが本物だという仮定を否定できない以上、もう手が出せない。
それ以前に、どっちもニセモノだ。…ただし片方は、間違いなく女王の
腹心の部下だろう。
言葉を発する猶予もないまま、二人の教皇女は連行されていった。
『我々の落ち度です。お許しを。』
女騎士は、顔を見せないまま片膝をついて俺たちに詫びた。
女王直属の騎士がこんな態勢で謝罪する様は、傍目には一大事だろう。
そうじゃない。
この女騎士、鎧の奥で絶対に笑っている。俺たちの顔を見ながら。
この場にいないマルニフィートも、きっとしてやったりの表情だろう。
やられた。
教皇女を奪われてしまった。
やっぱり、女王を侮り過ぎたのか。