離宮に集う者たち
ロンデルンの王宮の歴史は長い。
歴史にあんまり興味がない俺でも、現存する最古の離宮が300年以上
前の建築物という事は知っている。このイグリセ王国では、長年に渡り
この地が首都だった証拠だ。たとえ都市名が何度か変わったとしても、
代々の王族はずっとここにいた。
一方、俺たちが通された第四離宮の歴史はきわめて新しい。と言うか、
改修の末に今の建物の姿が完成したのはわずか数年前だ。という事は、
マルニフィートの趣味がもろに反映されていると考えていいんだろう。
噂では、彼女の血縁者が設計を担当したとも言われている。
いずれにせよ、俺個人としてはこの新しい離宮の方がずっと好みだな。
古い建物に価値なんか見出せない。この辺はもう、感覚の問題だ。
贅沢をするにせよ、実際に住むならこういう近代的なのに限る。
思わず笑いそうになってしまった。
いかんいかん。いくら何でも、時と場所は最低限わきまえないとな。
たとえ想像でも先走るのは禁物だ。
そう。
結果がどう転ぶにしてもな。
================================
思ったほど調度は豪勢じゃないな。
これなら、聖都の大聖堂の方が金がかかっていたようにさえ思う。
まあアレは宗教的な建物だったし、威厳ってものを重視したんだろう。
でなきゃ、あの腰抜け教皇の個人的趣味だったかだ。
俺のすぐ前を歩くのは、天恵の力で教皇女に化けたミズレリ・テート。
何と言うか、実に堂に入ってるな。「我こそが教皇女!」という自信に
満ち満ちている。…正直、このまま後継者になってもいいってほどに。
もちろん、本人の才覚や度胸だけでここまでなり切れるわけじゃない。
ランドレ・バスロの天恵【洗脳】も併用し、精神的脆さを補っている。
とは言っても、ここまでやれるのは大したもんだ。
マルニフィートたちが、どのくらい俺たちを疑っているかは判らない。
聖都の制圧に関しては、可能な限り情報統制を行った。ロナモロス教の
関与を疑うところまでは行っても、確証まで掴まれる可能性は低い。
もちろん度の過ぎた楽観は禁物だ。うかつに踏み込んでしくじったら、
明確にこの国を敵に回す事になる。いずれはそうなるかも知れないが、
少なくとも今日、焦る必要はない。ここまで来ただけでも上出来だ。
そう。
俺やミズレリがここまで来た以上、ここまでは転移で侵攻できるという
条件を作れた…って事だ。展開次第では、今ここに魔鎧屍兵を召喚する
選択肢もある。焦る必要はないが、場合によっては大いにアリだろう。
……………………
いかんいかん。
焦るな、俺。
================================
それにしても、警備がシンプルだ。
さほど廊下は長くないのに、衛兵の立っている間隔がかなり長い。
警戒していないのか、あるいはその程度の戦力で十分と思ってるのか。
いや、違うな。
この時点で警備と言うか監視を厳重にすると、俺たちが警戒する。
あくまでも様子見だと言うのなら、むしろこのくらいがいいって事だ。
チラチラと天恵を盗み見たが、全員これと言って特殊なものはない。
ごくありふれていると言うか、宣告すら受けていないのかも知れない。
そりゃそうか。直属の部下とかならともかく、いちいち全員の天恵を
明らかにするってのは時代錯誤だ。求めるべきは本来の能力だろう。
そんな事を考えている間に、俺たち一行は突き当りにある扉の前にまで
案内されていた。
「どうぞ。」
先導していた女性が、自らその扉をゆっくりと開けていく。
さあ、いよいよだ。
================================
「…………………………?」
礼を済ませて顔を上げた俺は、怪訝な表情を危ういところで抑えた。
何だここは。
狭い。
部屋そのものが小さい。
離宮の外観の大きさから考えると、明らかに不自然と思えるほど狭い。
女王との謁見の間ってのは、もっと大きな広間でするんじゃないのか。
いや、別に適当な部屋に通された…という感じじゃない。間違いなく、
貴賓を迎えるための調度だ。そこに疑問の余地はない。ただただ狭い。
正確に言うと天井が低い。部屋の幅が狭い。大して奥はそこそこ長い。
これだと…
そうだ。
ここまで狭い空間では、人間よりも大きなモノがまともに動けない。
部屋の造りが頑丈で壁が崩せないとすれば、室内に入った時点で詰む。
前と後ろの出口を固めてしまえば、籠城する事も…
そんなはずはない。
今この時点で、魔鎧屍兵の存在まで想定しているなんて事は絶対に…
「お顔を上げて下さい。」
物思いは、柔らかな声の呼びかけで断ち切られた。
================================
俺は瞬間的に気持ちを立て直した。
明らかに考え過ぎだ。
魔鎧屍兵の存在を前提にするなど、どう考えても想定が間違っている。
俺たち自身がたった6人の使節団である以上、謁見の間が狭いからって
そこまで疑う必要はないだろう。
「お目通りの機会を頂き、誠にありがとうございます。」
動揺など全く感じさせない、堂々とした口調でミズレリが挨拶する。
実際、動揺などしてないんだろう。その怖いもの知らずには感服する。
顔を上げてみれば、待っていたのは間違いなく女王マルニフィートだ。
中央の椅子に腰かける彼女の前に、フルプレートの鎧を着た騎士が四人
左右対称の並びで立っていた。
なるほど、この四人が護衛の騎士隊という事か。思ったより少ないな。
顔は見えないし、体型も男女の差が出ないような構造になっている。
やはりこの立場の騎士ともなれば、気安く素顔は晒せないって事だな。
だが、そんな鎧など問題じゃない。
何気ない表情で彼ら四人の姿を視界に収め、俺は天恵を発動させる。
顔なんか隠しても無駄だぜ。
================================
一瞬だ。
女王とミズレリが話し始める前に、俺は四人の天恵を全て看破した。
両端の二人が、どちらも【騎士】。同じ天恵が並んでいるのを見たのは
これが初めてだ。意外といるんだなそういうの。
…そう言えば以前、どこかの領地で同じ天恵を見た事があったっけな。
左の騎士の隣の奴が【合気柔術】。右の騎士の隣が【犬の鼻】らしい。
どっちもよく分からん。と言うか、宣告を受けているか自体が怪しい。
いや、受けてないって事はないな。でなきゃ【騎士】が二人いる事実に
説明がつかない。これが偶然という事は絶対にないだろうから。
しかし、この四人は大した問題じゃない。
最大の関心は、俺たちのすぐ目の前で微笑む女王マルニフィートだ。
「ようこそお越し下さいました。」
相手を包み込むかのような、包容力に満ち溢れた声。受けたミズレリも
何だか見とれているように見える。…やっぱり俗物なんだよなコイツ。
あまりジロジロと見るのは失礼だ。だからほんの一瞬だけ目を向けた。
俺にはそれで充分だから。そして、見えた以上は言い訳も必要ない。
見えたんだよ、女王の天恵が。
はっきり【変身】と読み取れた。
おいおい、冗談じゃねえぞ。
ニセモノ同士の謁見なんて、どんな茶番なんだよ?