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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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不確定でもいいから

「しっかり憶えてるってさ。」

「そうみたいですね。」


受話器から漏れる、シュリオさんの裏声はそこそこ聞こえていた。

憶えている事も、憶えている事実をどう捉えているのかも察した。


「憶えてるんだ…」


何とも形容しがたい表情を浮かべ、ネミルがぼそりと呟く。傍で聞く

ポーニーは不思議そうな表情。まあ知らなきゃ実感できないだろうな。

あの頃のシュリオさんを知っているのは、俺とネミルだけだから。


「今はそれだけ。うん。じゃあまた連絡するからよろしく。」


チン!

手短に切り上げ、リマスさんは迷いなく電話を切った。


「あの様子なら、まあ間違いないと思っていいでしょうね。」

「…とりあえず、良かったです。」


今はそう答えるしかない。

俺もネミルも、返す言葉がない。



耐えてくれ、シュリオさん。


================================


先日の顛末については、ポーニーの口からそこそこ詳しく聞いている。

いきなり電話一本で遠いこの街から呼び出したわけだから、そのへんは

リマスさん的にも文句ないだろう。実際、ある程度は話してしまっても

いいという言質はあったらしい。


語られた話は、なかなか衝撃の内容だった。

マルコシム聖教がロナモロスに併合された件は大ニュースだったけど、

まさかそんな局地的な侵略が実際に行われていたとは。とは言っても、

亡命した教皇女の証言だけだから、絶対の信憑性があるわけじゃない。

実際、世間にもそんな情報は流れていない。情報統制があるんだろう。

同じ話を別の人間にしても、大体は一笑に付されて終わりだと思う。


だけど俺たちに限って言うならば、ロナモロス教に対する不信は深い。

どれもこれも断片的な話だったとは言え、あの教団が危険な事を考えて

行動してると想定するには十分だ。こんな商売をしているせいなのか、

以前はそんな情報をよく耳にした。

だけど、そこにも確信はほぼない。どれもこれも推測が混じっている。

それだけロナモロス教が狡猾だ、とも言えるけれど、モヤモヤするのも

事実。以前はそれで、俺たちなりに何かしようと考えた事もあった。


結局、それはローナに止められた。

ゴールも決めずに神を目指すなと、そう説得されて考えをあらためた。


あの時は納得できなかったけれど、今はそうでもない。

この暮らしを大事にしたいという、当然の思いが一番の理由だけど。

「天恵を得た者が何をしようとも、原則的に否定はしない」という、

ローナの考え方に共感ができたのも大きかったと思う。


あれからけっこう経って、俺たちは明確な目的をひとつ得た。

フレドことトモキを、どうにかして元の世界に戻すという目的だ。

人としての考え方も模索するローナは、この「小さくて難しい目標」に

情熱を傾けている。そんなローナに共感できるからこそ、俺たちもまた

自分なりに協力しようとしている。


なおさら、もうロナモロスに関わる気はなかった。だから、ポーニーが

突然呼び出されたのは驚いたけど、話は話として割り切って聞いた。

色々な意味でキナ臭いし大変だろうと思う。でもシュリオさんたちなら

きちんと対処するんだろうなと。


だからこそ、驚いたんだ。

いきなりリマスさんが来た事に。



そして、その目的に。


================================


「今さらな話だし、まだ解決できてないのは非常に不甲斐ないけど。」


食事を終えたリマスさんは、そんな風に話を切り出した。


「以前あった神託師連続殺人って、あなたたちが情報をくれたのよね?

実際に伝えてくれたのは、ポーニーだったけど。」

「ええまあ…はい、そうです。」


いきなり答えづらい事を問われた。


あの時は確か、ローナが顕現したての頃だった。名ばかり神託師が三人

行方不明になっていたのを、殺人と暴いた彼女の情報を伝えたんだ。

「ローナからの神託」という、実に雑な力押しをしたのを憶えている。

今にして考えれば無茶苦茶な話を、よく信じてもらえたなと思うなあ。


それが今になって、リマスさん自身から答え合わせを求められるとは…


「いや、硬くならなくていいよ。」

「は?」

「今さら尋問なんてする気ないし、あなたたちがあの事件に加担したと

思ってるわけでもない。て言うか、いつの話だって感じでしょ?」

「まあ…そういやそうですね。」


よかった。

とりあえず、あの時の事を具体的に説明しろって話じゃないらしい。


「それじゃあ、どんなご用件で?」

「もうあの時の情報提供者があなたたちという前提で、話していい?」

「構いません。いいな二人とも?」

「ええ。」

「いいですよ。」


ネミルもポーニーも即答だった。


「どうぞ。」

「知っての通り、教皇女ポロニヤの件は確定できない事だらけよ。」


そう言ったリマスさんが、大げさに肩をすくめてみせた。


「とは言え、少なくともノダさんに声をかけたあの子が本物というのは

信じたい。いや、信じてる。それを踏まえた上で、陛下は謁見の機会を

設けた。ここだけの話、もうこれは挑戦を受けたに等しい感じよ。」

「そうなんですか…」


俺とネミルは、顔を見合わせた。


陛下とお会いしたのは、ロンデルンに行った時のたった一度だけだ。

あの時の印象は、息子を深く愛する優しい人以上のものじゃなかった。

こんな話を聞くと、あらためてあの人がこの国の女王だったって事実が

実感としてズシンと心に響く。

そして今の状況が、俺たちが考える以上に緊迫しているという事実も。


「それで、俺たちにどうしろと?」

「もしかして、その謁見の場に同席しろとか…」

「それは絶対にないよ。」


ネミルの言葉は即行で否定された。


「いくら何でも、一般人でしかないあなたたちにそれは求めない。」

「…………………………」


ちょっと返す言葉に詰まった。

確かに、本来はそうなんだよな。

トーリヌスさんを助けた時なんか、本当に例外も例外だったのだろう。


「あなたたちに求めるのは情報。」

「情報?」

「そう。」


そこでリマスさんは、少し居住まいを正した。


「不確定なものでもいい。現時点であなたたちが、ロナモロスに関して

知っている事を教えて欲しいのよ。後れを取らないためにね。」

「それは…」


何と言うか、予想外だった。

リマスさんは、騎士隊のプライドをひとまず捨ててお願いに来ている。

こんな心許ない立場の俺たちから、少しでも有用な情報を得るために。


何だろうな。

今になってこういう事態になると、ローナとは別の神の意志を感じる。

もちろんただの比喩だけど、そんな見えざる運命すら感じるって事だ。


だけど、いいんだろうか。

ある意味国を揺るがしかねない事態なのに、そんな不確定な情報を…


「考えている事は察しが付くから、もう一回だけ言っとくね。」


俺の顔を見つつ、リマスさんは少し笑って言った。


「不確定でもいいから。むしろその情報を、あたしたちが確信に変える

可能性だってある。陛下や騎士隊を信じてくれるなら、託してみて。」

「分かりました。」


答える声に迷いがない自分を、別に不思議だとは思わなかった。

ネミルもポーニーも賛同してくれる事は、顔を見なくても分かった。


よし。

腹を括ろう。

なら、話せる事はいくつかある。


ウルスケス・ヘイリーの顛末。

ジューザーの街の惨事の裏側。

そして何より。


オレグスト・ヘイネマンの天恵。



ようやく、信じて話す時が来たって事だ。

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