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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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忘れたいけれど

『聞こえるか、シュリオ?』

「はい。」

『着いた。3階の第二会議室だな。そこの固定電話からかけている。』

「そこで間違いありません。」


答えながら、あらためて公務書類を確認し直す。うん、間違いないな。


『それで、どこだって?』

「北側の中央、赤い席です。」

『あれか。…間違いないな?』

「さすがに昨日の今日ですからね。しっかり憶えています。」

『分かった。じゃあ確認してくる。このまま切らずに待っててくれ。』

「了解です。」


受話器を置く音がゴトリと聞こえ、その後の物音は遠ざかった。

会議室はそこそこ広い。さすがに、聞こえてくる音はかすかになった。


電話の相手は、騎士隊の先輩であるナガト・ジルエさんだ。

僕とは異なる外務に出向しており、まだ戻って来ていなかった。

陛下との会議の結果、ナガトさんはロンデルンに戻る前にアゼルバへと

向かう事になった。正直、かなりの強行軍である。



お疲れさまです。


================================


アゼルバとは僕が昨日、マルコシム聖教との会談に同席した街である。

教皇女ポロニヤが、外遊でこの国に来ている。なので外務官が挨拶に

出向いた。要するに、その護衛だ。しかし実際のところ、具体的に何を

警戒してというものでもなかった。言い方は悪いが、形だけの任務だ。

そこで僕は教皇女ポロニヤを見た。妹と同い年くらいかという印象しか

持たなかった。まあそれが普通だ。教皇女と言っても、見た目は本当に

普通の少女だったから。


さっさと王宮に戻ったら、リマスが何だかよく分からない書き置きを

残して外出していた。とにかく合流した拠点で、まさかの本日二度目の

教皇女拝顔となった。何の冗談かと思ったが、詳しく聞いた話の内容は

冗談では済まされないものだった。



…あれが、ニセモノだったって?


================================


今もなお確証と呼べるものはない。それは事実だ。

しかし、だからと言って見過ごしてしまうのは決定的にマズいだろう。

とは言え、事は重大だ。楽観すれば取り返しがつかなくなってしまう。

なのでもう、謁見を求める教皇女はニセモノと決め打ちで話を進める。

間違ってたなら謝ればいいだけだ。陛下はその点、ドライに割り切る。


と言うわけで。

翌日の早い時間に、謁見は四日後に行うという連絡が先方に送られた。

曲がりなりにも世界最大の宗教だ。無下に断るという選択は出来ない。

むしろ望むところだ!という陛下の意気を感じたのが正直なところだ。


この「四日」という日数を、相手はどう捉えるだろうか。そのあたりは

もはや考えてもあまり意味がない。退路を断って開き直るだけだ。

具体的な日が決まった以上、そこに向けて各自やるべき事をやるのみ。

そして、まずはナガトさんの役目が決まった。首都まで戻ってくる前に

直接行った方が、時間と手間を短縮できるという判断だ。本人にすれば

何のことやらって感じだろうけど。



ともあれ、これはナガトさんにしかできない役どころだ。


================================


剣の腕は確かながら、ナガトさんのそれは天恵によるものではない。

純然たる研鑽の賜物だ。そして彼の天恵は、非常に特殊な代物である。


その名は【犬の鼻】。

もう少しいい名前はないのかよと、誰よりも本人が思っているだろう。

しかし実のところ、それはきわめて有用な天恵なのである。


「その場所にいた人間の天恵を感知する」


これが【犬の鼻】の能力だ。正直、女王陛下直属の騎士に必要なのかと

問われれば、地味に答えに詰まる。しかし彼を騎士隊に登用したのは、

他でもないマルニフィート陛下だ。そして実際、こうして役立つ機会は

しばしば訪れている。今回などは、その最たるものと言えるだろう。


だがこの天恵、精度が高い代わりにかなりデリケートな性質を持つ。


まず、感知すべき対象がその場所を離れて10時間以上経っている事。

そして対象本人が半径1km圏内にいない事。その場にいるのは論外。

いずれの場合も、本人の存在が雑音になって感知できなくなるらしい。


さらに、あまり時間が経ち過ぎたり人の出入りが多過ぎた場合も無理。

ある意味、本物の犬の鼻より融通が利かないと言えるかも知れない。


まあ、何事もそう都合よく行かないという事だろうな。

それにしても…


『終わったぞ。』

「あっ、はい。」

『何だ?集中しろよシュリオ。』

「すみません。」


考え事をしてたのがバレたか。


「それで、どうでしたか?」

『決まりだな。』

「と言うと、つまり…」

『ああ。』


ナガトさんの声に迷いはなかった。



『あの席に座っていた人間の天恵は【変身】だ。間違いない。』


================================


『じゃあ、俺は首都に戻るぜ。』

「はい、お気をつけて。」


とりあえず、ナガトさんの役どころはここまでだ。

当然、その時その場には聖教の者が何人かいた。だが今の時点ではもう

誰がどこに座っていたか判らない。調べたところでほぼ役に立たない。

そして恐らく、謁見の場に同行するのはもっと厄介な連中だろう。

これで、教皇女がニセモノだった話は確定と言ってもよくなった。

陛下もきっと覚悟を決めるだろう。


電話を切った僕は、何となく感傷に耽った。


ナガトさんの調査の結果がショックだったわけじゃない。それはもう、

今さらって話だ。むしろあの呑気な少女が本物だという方が、よっぽど

気持ち的には救いになる。どうか、無事に旅を続けてと祈るばかりだ。

感傷の原因はもっと個人的である。


ナガトさんの天恵の話を聞くたび、思い出したくない過去を思い出す。


面と向かって天恵を見られる方が、あらゆる意味で便利に決まってる。

今回だってそうだろう。謁見の場にそういう天恵持ちがいてくれれば、

どれだけ話がスムーズに進むか。


…いや、心当たりそのものはある。しかも二人。


しかしネミルさんに、こんな危険な場に来いなどとは絶対に言えない。

聖都の蹂躙の話が本当だとしたら、王宮が戦場になる展開もあり得る。

あの人たちは絶対に巻き込めない。


とすれば、もう一人。

しかし、あの男の行方は知れない。いや、そもそも名前も知らない。

俺の生き方を、ある意味で狂わせた張本人だ。



あいつは今、一体どこに…


================================


ジリリリリリリン!!


物思いは、突然の電話で途切れた。

ここの回線に直接かけてくるという事は、相手はごく限られている。

迷わず受話器を取った。


「もしもし?」

『あ、シュリオ?』

「そうだ。リマスだな?」

『ええ。ナガト先輩どうだった?』

「的中だ。あの場所にいた教皇女の天恵は【変身】で間違いない。」

『やっぱりかぁー…』


驚いた様子もない。まあ当然だな。リマスも本物の話は聞いていたし。

むしろ望んでいただろう。


「用件は?隊長に報告とかか?」

『いや、あなたにちょっと訊きたい事があってさ。』

「僕に?」


何だ、この状況で僕に質問って…?


「何だよ。」

『オレグスト・ヘイネマンって男の顔、憶えてる?』

「は?」


誰だ?


「憶えてるとか憶えてない以前に、全く聞いた覚えがない名前だぞ。」

『そうか、名前は知らないのか。』

「だから誰だよ。」

『流浪の神託師よ。』

「え?」

『ずっと前に、あなたに天恵宣告の真似事をしておかしくさせた男…』

「憶えてるよハッキリと!!」


叫ぶ声が裏返ってしまった。


ってか、こいつ読心の能力者か!?

今まさに思い出してたんだよ!



忘れたくても絶対に忘れられない、その男の忌々しい顔を!!

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