それぞれの思惑
「へえ、四日後ねえ。」
呟くネイル・コールデンの口調は、独特の響きを帯びていた。
不信なのか警戒心なのか、あるいは単純に面白がっているのか…
いずれにせよ、俺が考えるほど深い思慮があるわけじゃないだろう。
正直に言うなら、ネイルはそこまであれこれ考えている人間じゃない。
自分の力とロナモロスの組織力で、どれほどの事が出来るのかを実際に
試しているだけだ。結果的に世界が荒れようと、意に介さないだろう。
要するに、行き当たりばったりだ。
知恵が回って人を動かすのが上手い人間が、こういった刹那的な思考で
危険な事をやる。ある意味、凶悪な犯罪者よりも手に負えない存在だ。
教団の組織力がどんどん増している現状も考えると、肝が冷える。
肝が冷えるけど、なかなか面白い。
俺も大概に壊れてきてるな。
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「それでオレグスト君。」
ネイルは、正面に立つ俺の顔を見てゆっくりと問い掛けた。
「マルニフィートの婆さんは、今の状況をどう見てると思う?」
「イグリセの女王を侮るのはかなり危険だろう、とは思いますよ。」
そこで言葉を切り、俺は後の言葉を少し頭の中で整理した。とは言え、
明確な答えなんて初めから存在していないだろう。深く考えても損だ。
ネイルが相手なら、まあ文字通りの「出任せ」で構わないだろう。
「おそらく、聖都の制圧に関してはそこそこ情報は得ているでしょう。
ロナモロス教への併合についても、通り一遍ではない調査をしていると
考えていいと思います。」
「つまり、ニセモノについても全てバレてると?」
「バレているとまでは言いません。が、万一本物が接触していれば…」
そこまで言って、何だか馬鹿らしくなった。
何をどう考えようと、結局のところ仮定に仮定を重ねるだけだ…と。
「いや、仮に本物が接触していたとしても、確信に至るかどうか。」
「と言うと?」
「自分が本物であるという証明が、イグリセでは難しいって話ですよ。
調べた限り、教皇女はほぼ手ぶらで逃げたに等しい。身分を証明できる
アレコレは自室に置き去りでした。もし仮に天恵を確認したとしても、
それだけで本物だという確信を得るのは不可能だと思います。」
「ずいぶん強気に考えるわねぇ。」
俺の推測にいささか呆れながらも、ネイルは愉快そうに笑って続ける。
「じゃあ、この四日後ってのはどう見る?」
「探りを入れる気かもしれません。あるいは、ミズレリをニセモノだと
決め打ちして身辺を探る気かも。」
「強気なのかと思えば、ずいぶんと慎重な考えも持ってるのね。」
「可能性はいくらでもある、というだけの話ですよ。」
「分かった。」
そう言って頷いたネイルが、パンと手を打った。
「謁見の予定を決めた以上、滅多にそれを撤回する事はないでしょう。
たとえ探りを入れて来たとしても。ならミズレリは四日後まで部屋から
出さないように。いいわね?」
「ボロが出ないように、ですか。」
「ハッキリ言うね。出ると思う?」
「正直、あいつは教皇女を演じるという今の境遇に酔ってる感じです。
なりきり振りは本人もかくやというレベルですし、ランドレの洗脳で
深層意識まで教皇女そのもの。まあ滅多な事ではボロは出ませんよ。」
「なら人目から遠ざけておくだけでいい。何と言っても目的そのものは
単なる謁見なんだから、あいつでも十分にやってのけるでしょ。」
「了解です。」
何となく、笑いそうになった。
単なる謁見、ね。
確かにその通りだ。だけどこれが、単なる謁見で終わる可能性なんて
限りなく低い。聖都の時と同じく、まさに出たとこ勝負だろう。
場合によっては、マルニフィートも手中に収めてロンデルンを制圧。
少なくとも、そのくらいは出来る。そのくらいの仕込みをして臨む。
いいんだよ、出たとこ勝負で。
とにかく、マルニフィートとの謁見の場にさえ辿り着ければ勝ちだ。
俺たちはもう既に、そこから全てを蹂躙できるだけの力を持っている。
チェックメイトは四日後だ。
さあて、どう動くマルニフィート。
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チリリン。
「いらっしゃいませ…って…え?」
「あ!お久し振りです!!」
「お久し振りです。…まあ、彼女はそうでもないんだけど。」
ポーニーに視線を向け、そのお客―リマスさんはちょっと苦笑した。
そりゃそうだ。呼び出しを食らったポーニーがロンデルンに行ったのは
ほんの三日前の話なんだから。
それだけに、このタイミングでこの人が店に来るのは予想外だった。
今日はローナもタカネも、トモキもいない。預かる日じゃないのに加え
ローナたちは【偉大なる架け橋】の捜索に出向いているからだ。
たった一人の天恵持ちを、この広い世界のどこかから探し出す。何とも
遠大なミッションではある。しかしローナは、大いに張り切っている。
だったら俺たちは、とりあえず店を守るのが最優先だ。正直に言えば、
ちょっと不本意ではあるけれども。
そんな中での、騎士隊の隊員来店。不謹慎ながらちょっと盛り上がる。
「ご注文は?」
「サンドイッチ二人前とジュース。あと食後に甘いものもよろしく。」
「かしこまりました!」
「何しろ急いで来たもんでさ。」
そう言いながら椅子に腰を下ろし、リマスさんはざっと店内を見回す。
そして俺に向き直り、言い放った。
「悪いけど、今日この時間だけ店を貸切にしてくれる?」
「え?」
「もちろん相応のお金は払うから。無理なら閉店後に出直すよ。」
「いえ、無理ではないですけど。」
何かいきなり予想以上の展開だな。
「重要な用件ですか。」
「そう。」
「差し出がましいですけど、もしや教皇女の?」
「やっぱり聞いてたか。」
ジュースを運ぶポーニーにチラッと視線を向け、リマスさんは笑った。
「ご明察。いよいよ謁見の日取りが決まったんでね。」
「えっ、結局会うんですか?」
「そうなのよ。参ったわね。」
さほど参っていない風のリマスさんが、わざとらしく肩をすくめる。
「で、ここに来たってわけ。」
「それは…」
事情は聴いていたけど、それとこの店に来る事に何の関係があるんだ。
「立派な公務なのよ?これも。」
「公務?」
「そう。マルニフィート陛下直々のお達し。オラクレールに行って、
話を聞いて来いってね。」
「はあ?」
俺とネミルの声が久々にハモった。
いや、何でですか?