魔王という名の天恵
正直、俺はずっと自分に宣告された天恵を怖れていた。それは事実だ。
もちろん「魔王」なんていう物騒な名前が怖かったのもある。だけど、
本当に怖かったのは名前じゃない。
どういう形で発現するのか。そして具体的にどんな力を発揮するのか。
それが不明だったからこそ、ずっと怖いと思い続けていたんだ。
何よりも怖いのは「知らない」事。ずいぶん昔に、ルトガー爺ちゃんが
言った言葉だ。当時は意味が分からなかったけど、今なら分かる。
そうか。
こういうものだったのか。
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「…これ、トランがやってるの?」
「ああ。何か見えるか?」
「ううん全然。ただ動けないんだなってだけ。どうやってるの?」
「説明が難しいな。」
俺はネミルに、そう正直に答えた。はっきり言って手探り状態だから。
説明してくれる人間などもいない。これはもう自分で調べるしかない。
「…さて、と。」
俺は、未だに目しか動かせない5人に向き直った。怯えてるのが判る。
まあ、こいつらがどう感じているかなど、至ってどうでもいい事だ。
今の俺にとっては、この状況は実に都合がいい。魔王の天恵について
存分に検証させてもらおう。
「ネミル。」
「うん?」
「お前、二階に行ってろ。それ…」
「いや何でよ!」
食い気味に遮ったネミルの表情は、俺に対する懸念に満ちていた。
「こんな変な状況でほっとけるワケないじゃん!何を考えて…」
「分かった分かった。んじゃあ…」
「何よ。」
「とりあえず入口だけ閉めてこい。誰か入ってくると困るから。」
「え?…ああ、うん。」
いまだ怪訝そうながらも、ネミルは指示通り「営業終了」の札を持って
入口に向かう。その背を見ながら、俺はあらためて考えを整理した。
思いもかけない形で、自分の天恵がどう発動するのかが分かった。
しかし、まだまだ情報が足りない。だからこそ今のこの状況を最大限に
活用すべきだ。
そう、ネミルの反応も含めて。
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さて。
今にも降りそうな窓の外をチラッと一瞥し、俺はあらためて5人の方に
目を向けた。相変わらずピクリとも動かない。目だけを動かすものの、
俺を注視するような感じでもない。意識があるのかも定かでない。
「それでどうするの?」
「実験台にする。」
「え!?」
「一輪挿しの報いだよ。」
「あ…そ…まあ…うん。」
やっぱり怒っていたらしい。意外とあっさりネミルは引き下がった。
まあ、別にそれほど無茶苦茶な事をさせるつもりはない。
まずは名前を知っている、赤い髪の取り巻きに目を向け命令してみる。
「おいナルパ。」
呼びかけると、ピクリと反応する。どうやらちゃんと聞こえるらしい。
「右隣に立ってる奴の脇腹、全力でぶん殴ってみろ。」
「ちょっ!」
ドスッ!!
止める間もなく、ナルパのパンチが隣の黒髪の脇腹に突き刺さった。
ひゅっという声を漏らしたものの、殴られた黒髪はやっぱり動かない。
倒れたくても、今のままでは倒れる事さえ出来ないんだろうな。
「何させてんの!?」
「俺が殴られた分の報いだよ。」
「えぁ…ああ…うん。」
相変わらず、ネミルはチョロい。
我ながら魔王に染まってきていると思うけど、別に楽しくてやっている
わけじゃない。この機会を最大限に活用したいだけだ。何と言っても、
俺に対しあれだけ悪質極まる因縁をつけてきた奴らなんだから。
とりあえず、思い通りに動かせるという事が判明した。我ながら何とも
凄い力だ。と同時に、ためらいなく使ってる自分にもちょっと驚く。
さすがは魔王だな、と。
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目の前のこの状況を、いかに多角的に把握するか。それが大切だ。
動けなくなったランボロスたちは、確かに異様としか言いようがない。
だけど、それと同じくらいに重要な要素がここにある。
ネミルが何の問題もなく動けているという事実だ。当たり前のようで、
これも絶対見落としてはいけない。ランボロスたちとネミルの違いは、
果たして何なのか。
…と言っても、正直それは既にほぼ判明している。確信も持っている。
俺にだけ見えていて、今なお目の前の5人の動きを封じている黒い影。
俺の目にははっきり見えているが、これは現実の物質じゃない。
おそらくこれは「俺への悪意」だ。
ネミルが天恵を見る事が出来るのと同じように、俺は自分に向けられた
悪意を影として視覚の中に捉える事が出来る。もちろん、他の人間には
いっさい見えないんだろう。そして魔王の天恵は、それをまとう人間の
意識と体を支配できる。現時点で、そこまではほぼ確信を持っている。
なぜそう思ったかは、実に簡単だ。
同じようなトーンで「二階に行け」と命じたのに、ネミルはその命令を
完全に無視した。いや無視できた。それは影をまとっていないからだ。
つまりネミルは、俺に対して悪意を持っていない。だから操られない。
今日まで「魔王」が発現しなかったのも、明らかな悪意を持った人間が
自分の目の前に現れなかったからと考えれば、そこそこ納得できる。
内的な感覚からも、この想定がほぼ合っているという確信が持てる。
こいつらは、明らかに俺とネミルを害するつもりでここに来た。だから
最初から黒影をまとっていたんだ。
「…よし。」
「え、どうするの?」
「もう少し検証だ。今度はもっと、重要な部分を探る。」
「あんまり無茶な事しないでよ。」
「大丈夫だって。俺を信じろ。」
「う…うん。」
そう、信じろ。
この俺を。
そして、この魔王を。