マルニフィート騎士隊
シュン!
「戻りましたー。」
「おかえりー。」
緊張感のない挨拶と共に、ポーニーが帰ってきた。…割と遅かったな。
「で、何だったんだ?」
「何と言いますか…ちょっと複雑なお話でして。」
「と言うと?」
ポーニーの中座によって、トモキの話は完全にお預けになっていた。
ちょうど仕事も忙しくなったので、いいタイミングと言えなくもない。
それに、もうすぐディナがトモキを迎えに来る時間だ。今日はこれ以上
あれこれ話す感じじゃないだろう。タカネもそう割り切っている。
どっちみち、今日明日にすぐ行動を具体的に起こせる状況でもない。
その事に関しては、さっきローナがひと通り説明してくれた。今は、
その内容をポーニーに説明して認識を共有しないと。
その上で。
「複雑なお話」とやらを、じっくり聞かせてもらうとしよう。
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「ただいま戻りました。」
「遅かったな。」
並んで告げるリマスとシュリオに、浅黒い肌のやせた男性が答えた。
「って言うか、お前まで出払うとはよほどの用事だったのか。」
「すみません、ゲルノヤ隊長。」
「謝れと言ってるんじゃない。何があったかをきちんと報告しろ。」
「はい。」
気をつけの姿勢を解き、シュリオは「ゲルノヤ」を見据えて続ける。
「出来ましたら、他の方々と陛下もご同席願いたいのですが。」
「陛下もかよ。本気か?」
「冗談で言う事ではありません。」
「…違いないな。」
フッと笑ったゲルノヤの目が、隣に立つリマスに向けられた。
「おいカットン。」
「はい。」
「お前も同意見なのか?」
「もちろんです。」
「分かった。」
「ジルエはまだ外務から戻って来ていない。他の2人を呼んで来い。」
「了解です。」
「俺は陛下をお呼びする。急げよ。第二会議室だ。」
「はい!」
声を揃えて答え、シュリオとリマスは部屋を出ていく。
手で襟を正したゲルノヤは、ひと息ついて彼らとは別の扉から出る。
人がいなくなってもなお、部屋の中の空気は張り詰めていた。
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コンコンコン。
「失礼します。」
『入れ。』
鈍重なドアが開けられ、シュリオを先頭に4人が足を踏み入れる。
その部屋は落ち着いた調度でまとめられた、奥に長い会議室だった。
「シュリオ・ガンナー入ります。」
「リマス・カットン入ります。」
「ドラーエ・セロ入室致します。」
「ラース・キルジャ入りまぁす!」
突き当たりの椅子には、紛れもない女王マルニフィートが座っていた。
その傍らに立つゲルノヤが、四人に目で合図する。
歩調を合わせて歩み寄った四人は、二人ずつに分かれた。
「お疲れさまです。さ、座って。」
「失礼致します。」
マルニフィートの言葉を受け、五人はそれぞれ目の前の椅子に座る。
シュリオとリマスが向かって右側。ドラーエとラースが向かって左側。
ゲルノヤはマルニフィートの椅子の二つ隣の椅子に腰を下ろした。
「さて、と。」
全員の顔を見回したマルニフィートの視線が、シュリオとリマスへと
向けられて止まる。
「シュリオ君。」
「はい。」
「戻って早々、何だか大変なお話を聞き込んで来たらしいわね。」
「はい。」
「リマスちゃん。」
「はいっ。」
「あなたも大いに関わっている、と思っていいの?」
「むしろシュリオ以上です。」
「なるほどね。」
頷いたマルニフィートは、すぐ傍らに座るゲルノヤに視線を移した。
「あなたたちも、まだ聞いてないのかしら?」
「はい。どうやら、急を要する用件らしかったので。」
「分かりました。」
そこでマルニフィートの口調が少しあらたまる。五人も姿勢を正した。
「では聞きましょう。」
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「何とまあ。思った以上に、大きな事件だったのね。」
しばらくののち。
呆れ顔で言ったマルニフィートは、小さなケーキを頬張っていた。
シュリオとリマスの報告が終わり、ティーセットが運ばれてきていた。
厳粛な雰囲気はどこへやら、多くのティースタンドが机上に並べられ、
女王も含めた全員がお茶とお菓子をモシャモシャと味わっている。
給仕などはおらず、皆が好き勝手に飲み食いをする無礼講スタイル。
女王と、直属の騎士隊だからこその砕けた雰囲気。普通の感覚で見れば
何とも「らしくない」光景ながら、マルニフィート本人があえてそれを
望んでの事である。今では騎士隊の全員が、完全に受け入れている。
いつもの光景だった。
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「しかし、さすがににわかには信じ難い話ですね。」
性格なのか、やたらとマナーの良いドラーエがそう言った。
「ロナモロスがキナ臭いのは、ある程度把握しています。が、さすがに
マルコシム聖教を聖都ごと掌握して教皇女がニセモノに成り代わった、
というのは…」
「それで本物のポロニヤちゃんは、今どこにいるの?」
派手な髪色のラースが、シュリオに問いかける。
「まだ国内にいるのは確実ですが、具体的にどことは分かりません。」
「いいのそれで?先にそっち二人が捕まったらマズくない?」
「おそらく心配いりません。」
答えたのはリマスだった。
「教皇女と言っても、護衛はたった一人。言っては何ですが、とても
聖教の次期トップには見えません。肩の力の抜けきった子でしたし。」
「だけど…」
「それに。」
なお何か言いたげなラースを制し、少し強い口調でシュリオが告げる。
「既にお聞き及びの通り、ニセモノの教皇女はもう来ています。そして
陛下に謁見を求めている。つまり、少なくとも本物がこういった接触を
図ったとは思っていないはずです。もちろん、確証はありませんが。」
「なるほどな。」
クッキーを口に放り込み、ゲルノヤがそう言って頷いた。
「聞いた限りでは、本物の教皇女は身分を証明する物は何ひとつとして
持っていなかった。その状況では、たとえこのイグリセまで亡命しても
陛下に会うなどとんでもない話だ。そう考えれば、この国の中で下手に
探し回るのは藪蛇だからな。」
「なぁるほどー。」
「確かにそうですね。」
ドラーエとラースも納得顔で頷く。
確かに、シュリオやゲルノヤの言う通りだろう。
現状、本物の教皇女がどこにいるかを聖教サイドは把握していない。
していれば確保に向かうだろうし、今の時点で他国にいるなら尚更だ。
ましてこのイグリセ王国に来ているタイミングで謁見を申し出るなど、
どこにいるか知らないと言っているようなものだろう。だとすれば、
今ここで本物を探し回るなどという怪しいマネはしないと考えられる。
しかし、やはり確証がないのもまた事実だ。
うかつな楽観は後手に回る危険性を孕んでいる、と思って間違いない。
「教皇女と連絡は取れるの?」
「特殊な方法ですが、一応は。」
「そう。」
質問したマルニフィートは、答えに頷いてしばし思案する。
五人は黙って次の言葉を待った。
しばしの沈黙ののち。
「…とりあえず二人の話を信じるとして、謁見を要望している教皇女は
天恵を使って化けているニセモノ、と考えていいんでしょうね。」
「おそらくは。」
「んじゃ、あたしと同じですよね。【変身】の天恵持ちだ。」
そう言って両手を広げたラースが、一瞬でその容姿をリマスに変えた。
慣れているのか、特に驚く風もなくリマスが苦笑して言い放つ。
「ちょっと先輩。」
「ゴメンゴメン。」
声まで完璧にリマスを模したラースが、またも一瞬で元の姿に戻る。
「どこまでなり切るのかは知らないけど、堂々と謁見を申し込んだ以上
このくらいはやってくるでしょ。」
そう言ったラースの視線が、今度はマルニフィートに向けられた。
「どうしますか陛下?あたしが相手しましょうか?」
「そうねえ…」
背もたれに深く身を預けた姿勢で、マルニフィートがゆっくり告げる。
「守勢に回って堅実に対処するのもいいけど、それじゃあねえ…」
「見くびられていますね。」
「そう見える?ゲルノヤ君。」
「ええ。」
「ふふん、言うわね。」
不遜とも取れるゲルノヤの返答に、マルニフィートはむしろ嬉しそうに
不敵な笑みを返した。
「だったら、もうちょい突っ込んだ対処をしてみましょうか。」
「待ってました!そうでなきゃ!」
感極まったようにラースが悶える。他の面々は苦笑を浮かべていた。
ああ。
こういう人だよな、女王陛下って。
そんな思いを込めて。
「では、謁見を受けると。」
「ええ。」
ゲルノヤの問いに迷いなく即答し、マルニフィートは立ち上がった。
「歓迎してあげましょう。いいわねみんな?」
「了解です!」
力のこもった声が五人から上がる。
イグリセの女王マルニフィートが、動き出そうとしていた。