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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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あなたがくれたもの

まさか、こんな話にまでなるとは。


もちろん、決定的な物証は今の時点でも手元にない。それも事実だ。

しかしここまで色々と一致すれば、もはや疑う余地などないだろう。

そして、同時に思う。

もし仮に、通用門で声をかけた相手があたしじゃなかったとしたら。

果たしてここまでの確証が得られただろうか、と。



「持っていた」のは、誰だろうか。


================================


「我々は王宮に戻ります。ご協力、感謝します。」


告げる口調の強さと裏腹に、リマスさんの表情は何とも複雑だった。

並び立つシュリオさんにも、どこかばつの悪い雰囲気が漂う。

ポロニヤさんもアースロさんもこのあたしも、理由は分かっていた。


ここにいる教皇女こそが本物という確信は、場の全員が共有している。

しかしその一方、胸を張って女王に謁見できる状況でないのも事実だ。

どれほど確信があろうと、今の時点で彼女を本物だと公認するわけには

いかない。危険があるならなおさら難しいだろう。


さすがにこの時点に至り、ポロニヤさんは今回の一件にロナモロス教の

上層部が関わっている事を話した。聖都で起こった事について詳しくは

分からないものの、少なくとも今の聖教は何らかの形でロナモロス教に

乗っ取られているのだ、と。


シャレにならない話ではあるけど、あたしもポーニーさんも割と冷静に

聞いていた気がする。何と言うか、スケールが大き過ぎて実感がない。

それに実際のところ、今の段階では話はまだまだ宗教の問題に留まる。

当人からすれば大問題だろうけど、一般人からすればほんの少し教義が

変わるってだけの話だ。仮に天恵が復権したとしても、世界的な情勢が

ただちに激変するとは考えにくい。

ここまでなら、まだ国家的な問題という訳ではない…と言っていい。


しかし話の通り、女王陛下との謁見にかこつけて何かすると言うなら、

それは立派な犯罪や侵略にあたる。陛下としても見過ごせないだろう。

いずれにせよ、相手の出方を見た上で対策を考える必要がある。


とすると。



問題は、ここにいる二人の処遇だ。


================================


言っている事が嘘でない限り、二人は非常に奇特な協力者である。

拘束したり尋問したりというのは、限りなく恩知らずのお門違いだ。

むしろ報奨金を渡してもいいほど、貴重な情報を持ってきてくれた。


しかし、資金援助という彼女たちの本来の目的は限りなく厳しい。

女王に直接言えないのはもちろん、シュリオさんたちがお金を渡すのも

かなり危うい。もしそれが露見してしまえば、特定宗教に対する献金と

言われてしまう可能性が出てくる。ある意味、大きなスキャンダルだ。


私人として渡すのも難しい。相手が相手なだけに、懸念が拭えない。

それはあたしも同じだ。建設会社の社員でしかない身分とはいっても、

社長は女王陛下のご子息だ。誰からどんな言いがかりをつけられるか、

はっきり言って想像できない。

それ以前に、あたしたちにはさほど持ち合わせがない。

仮に有り金を全部渡したとしても、ついて来るリスクと釣り合わない。



どうにもならなかった。


================================


しばしの沈黙ののち。


「いえ、あまりお気になさらず。」


意外なほど明るい口調で言い放ったポロニヤさんに、皆が目を向ける。

吹っ切れたように、彼女は笑った。


「あたしたちはこのままロンデルンを出ます。その方が混乱が少ないと

思いますので。」

「いや、それは…!」


そう言いつつ、リマスさんが途中で言葉に詰まった。


確かにポロニヤさんの言う通りだ。

どんな対策を取るにせよ、今ここに教皇女を名乗る者がいるのはかなり

まずい。こちらが本物です…などと言えば、多分収拾がつかなくなる。

あくまで向こうを本物だと認識している態で臨まないと、話は限りなく

ややこしくなるだろう。とすれば、彼女はすぐに首都を出るべきだ。

理屈は単純だし、そうすべきなのも完全に理解できる。できるけど…!


「いよいよとなったら、アルバイトでも何でもして食いつなぎますよ。

ね?アースロ。」

「はい。…いよいよとなれば。」


葛藤するあたしたちと裏腹に、二人は完全に開き直っていた。


「二つあった目的のうち、ひとつは達成できたんです。どっちもほぼ

ダメモトだったって事を考えれば、これでも上出来ですからね。」

「…………………………」


ポーニーさん含め、あたしたちには何も言えなかった。

ここまでしてくれた二人に対して、あまりにも無力な己が悲しかった。

しかし二人の顔には、恨みがましい色はまったく浮かんでいなかった。


「じゃあ、あたしたちはこれで…」

「ちょっと待って下さい。」


咄嗟に呼び止めたシュリオさんが、テーブルの上のメモを手に取って

素早く何かを書き記す。どうやら、住所か何かのようだった。


「これを。」

「何ですか?」

「北部イデナスに、私の家の領地があります。もしも足が向いたなら、

私の母を訪ねて下さい。きっと力になってくれると思いますので。」

「…………………………」


短い沈黙ののち。


「感謝します。」


にっこりと笑ったポロニヤさんは、丁寧にそのメモを受け取った。


「これで十分です。じゃあ皆さん、どうもお世話になりました。」


深々とお辞儀した二人は、そのままゆっくりと出ていった。

振り返る事もなく。

せめてもの連絡手段と渡した、あのリマスさんの文庫を大事に持って。

あたしは、限りなく無力だった。

役割は果たせたけど、二人に報いる手段を何ひとつ持てなかった。


まあ


仕方ないか。



そろそろ、会社に戻らないとね。


================================

================================


「お見事でしたよ。」

「カッコつけちゃったかなー」


アースロの珍しい賛辞に、あたしは苦笑するしかなかった。


だけど、後悔なんかはなかった。

こんなあたしたちを信じてくれた人たちを、これ以上困らせたくない。

そんな思いがあったからこそ、変に食い下がらずにあの場を辞した。

あの人たちならば信じてもいいと、そう確信できたから。


それにしても…


お腹減ったな。


「何か食べに行こうか?」

「これからは節約ですよ。」

「分かってるって。あーあ…」


ため息をつき、大きく伸びしようと背中を反らした刹那。


シュン!!


「わっ!!」


いきなり、目の前に人影が現れた。知らなかったら腰抜かしただろう。

だけどあたしもアースロも、揃ってビックリしただけだった。


「ゴメンね驚かせて。」

「いえ…」


現れたのは、ポーニーさんだった。

ひと気の少ない路地とはいえ、実に大胆な出現である。…ああそうか、

もらった文庫を辿ってきたのね。


「それで、まだ何か?」

「渡す物があって。」

「え?」


言ってる意味が分からなかった。

心当たりが無いのと、どうやって?という疑念とが入り混じっている。

確かこの人、物を持ったまま転移は出来ないんじゃなかったっけ?


「何でしょうか。」

「コレよ。」

「…………………………?」


右手を差し出された。見た感じでは何かを持っているらしい。

今さら警戒する必要などないので、あたしは左の手のひらを差し出す。

何だろ?


ゴロン。


ポーニーさんが手を開くと同時に、ずっしりとした硬い感触を覚える。

え?これって…


「え!?」


手渡されたのは、オレンジ色に輝く大きな宝石だった。え、これって…

えええ!?

視線を向けると、さすがのアースロも目を丸くしていた。


「な、何ですかコレ!?」

「見覚えない?」

「見覚えって…」


無いわけじゃない。だけどそれは、考えるのも馬鹿馬鹿しい戯れ言で…


「あなたが、本の挿絵のこのあたしにくれたものよ。描き足したのを、

憶えてるでしょ?2巻の巻末よ。」

「お…憶えてますけど…でも…」

「これはあなたの夢の形。物語の中にいるあたしに相応しいと思って、

心のままに描いてくれた物なのよ。だから、そこから持って来る事が

出来るってわけ。実体としてね。」

「…………………………」


絶句した。

何も言えなかった。


この人が本物のホージー・ポーニーだという事実を、本当に今になって

ハッキリ実感した。手の中の宝石の感触は、あまりに圧倒的だった。


「これを売れば、それなりのお金になるでしょ?」

「そ…それは間違いないですけど…いいんでしょうか?」

「いいのいいの!このあたしからの贈り物だと思ってくれればいいよ。

いや、お返しするって感じかな?」

「でも、本の中の絵はどうなるんでしょうか?」

「ちゃんと残ってるよ。」


アースロの問いに答えたポーニーさんは、イタズラっぽく笑った。


「事実上、コレ無限に出せるのよ。凄いでしょ?」

「ヒィッ…!」


変な声が漏れてしまった。

さすがにそれは…!


「だけど、勝手に出したりなんて事はしないよ。心配しないで。」

「は、はい。」

「あなたがあたしにくれたから。」


言いながら、ポーニーさんはあたしの手をそっと握った。


「今度はあたしがあなたにあげる。生きるために活かせるなら、それは

素敵な事だと思うから。ね?」

「はい!」


答える声は、やっと普通になった。元気に答えられたのが嬉しかった。

そうだ。

これ以上うろたえたり、遠慮したりするのはかえって失礼だろう。

これがあたしの「夢の結晶」なら、ありがたく使わせてもらえばいい。


「また困難な事が起こった時には、あたしを呼んでくれればいい。」


そう言って、ポーニーさんはぐっと胸を反らしてみせた。


「あたしは、三つ編みのホージー・ポーニーだからね!」

「ありがとうございます!」


揃って礼を述べ、あたしたち二人も笑った。

何だろう。

久し振りに、誰かと笑い合えた気がするなあ。

聖都を追われてから、こんな機会は一度もなかった気がする。


うん。

勇気を出して、本当に良かった.。



仰ぎ見る空は限りなく高く。

そして蒼かった。

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