ポロニヤのささやかな望み
ジリリリン!!
いきなり鳴り出した目の前の電話の音に、あたしは跳び上がった。
完全に油断していたとは言え、少し恥ずかしかった。
しかしリマスさんは、どうやらその電話に心当たりがあるらしい。
「もしもし?…ああ、うん。そう。ポーニーさん絡み。すぐ来て。」
誰と話してるのかと思ったけれど、最後のひと言でおよそ察した。
多分、間違いないはずだ。
「もしかして、シュリオさんですか今の?」
「ご明察。」
手短に電話を切ったリマスさんは、あたしの問いに答えてニッと笑う。
やっぱりか。
「外務官の護衛任務から、もうじき戻ってくるタイミングだったから。
ここに来る前に書き置きだけ残しておいたのよ。連絡して、ってね。」
「じゃあ来られるんですか。」
「そう。」
騎士隊の人に会った事はあるけど、ポーニーさんの事を知っているのは
彼女とシュリオ・ガンナーさんだけのはずだ。現状を考えれば、確かに
シュリオさんも一緒の方が心強い。
何と言っても、異様な状況だから。
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ほどなくしてシュリオさんが来訪。お疲れのところすみません。
「あっ、ノダさんお久し振りです。お変わりありませんか?」
「ええ、おかげさまで。」
礼儀正しい人だなあ、相変わらず。ちょっと場の緊張に合わないけど…
教皇女もアースロさんも何か微妙な表情になってるよ。
今から来るのはもう一人の騎士だと前もって言ってあるけど、やっぱり
ピンと来ないのかも知れないね。
「それで、ポーニーさんは今どこに………………」
言いかけたシュリオさんの視線が、教皇女の顔を捉えて見開かれた。
あ、これひょっとして…
短い沈黙ののち。
「……もしかして、マルコシム聖教の教皇女様ですか?」
「え?え、ええ…そうです。」
「知ってんの?」
「数時間前に直に顔を見たんだよ。アゼルパの街で!」
驚愕のシュリオさん。
表情を険しくする教皇女とアースロさんの二人。
やっぱりそうか、と納得のあたしとリマスさん。
事態が予想以上に差し迫っているという事は、はっきり理解できた。
ニセモノは既に、このイグリセ王国に入国しているらしい。
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シュン!
「戻りました。」
少しばかり場違いなテンションで、ポーニーさんが戻って来た。もはや
教皇女たちも慣れた感じだ。一方、さすがにシュリオさんは少しだけ
驚いた様子だった。
「あ、シュリオさんお久し振り。」
「え、ええ…ご無沙汰してます。」
ちょうど全員揃った。ここで一気に認識を共有した方がいいだろう。
出遅れたとはいえ、その分シュリオさんからの情報も無視できない。
どうやら教皇女が昨日聞いた話は、予想以上に早く実行されるらしい。
今日の時点ではまだ、外務官に謁見を希望する旨を伝えただけとの事。
しかし既に入国しているという事実と併せて考えると、断るのはかなり
難しいだろう。それも戦略のひとつなのだろうか。
「いずれにせよ、陛下に報告した上で本格的に対策しないとね。」
「そうだな。」
騎士隊二人の表情は厳しい。当然と言えば当然だけど、こうなった以上
もうあたしにできる事なんかはほぼ無いだろうな。
でも言いたい事だけは言っておく。
「だけど実際、どうやってその事実を証明するんですか?」
そう言いながら、あたしは不安げな教皇女に目を向ける。
「あたしたちはほぼ信じています。が、他の人たちを説得できるだけの
何かをお持ちですか?」
「いえ…なにぶん脱出の際、こんな事態は想像しなかったので」
「そりゃそうでしょうね。」
あっさり言ったポーニーさんに向き直り、教皇女は口調をあらためた。
「ポーニーさん。」
「はい?」
「もう一度あたしの部屋に行って、あの箱の中の宝石を持ってくるのは
無理でしょうか?あれならきっと、身の証しに役立つと思って…」
「すみませんけど、無理です。」
即答だった。
「現実世界に存在するものは、本の世界には持ち込めません。つまり、
身ひとつでしか転移は出来ないって事なんですよ。」
「………………………そう、ですか。」
ずいぶんガッカリしてるなあ彼女。
確かに物証が無いのは問題だけど、ここでそんなに露骨にガッカリする
理由は何だろうか。ポーニーさんが見つけた宝石をこちらに…
あ
もしかして。
「ポロニヤさん。」
「え、はい?」
「どうして他の日記とかじゃなく、宝石なんですか?」
「えっ」
やっぱりそうか。
「そもそもあなた方二人は、どんな目的で首都まで来られたんですか?
もちろん観光かも知れませんけど、ひょっとして女王陛下に…」
「ええ、お察しの通りです。」
「ちょっ…アースロ!?」
「言い繕っても仕方ありません。」
あわてる教皇女にきっかりと答え、アースロさんはあたしに向き直る。
「何しろ、我々は亡命した身です。資金が心許ないので、出来る事なら
マルニフィート陛下に資金の援助をお願いできないかと考えたのです。
昨日ニセモノの策謀を聞いたのは、まったくの偶然でした。」
「なるほど…」
予想通りだった。
リマスさんとシュリオさんは、割と意外そうな表情を浮かべている。
だけど、今にして思えば想像できる話でもあったんだ。
二人が首都に来た、切実な理由は。
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マルコシム聖教の教皇は、もちろん国家元首のような存在ではない。
だけど少なくとも、そういう元首と話ができる身分なのも間違いない。
あたしという一般人が一緒なので、まだ核心までは聞いていない。
だけど少なくとも、穏やかではない理由で国を追われたのは分かる。
のんきに見えて、二人はそれなりに苦しい旅をしてきたのだろう。
二人に後ろめたい事が無いのなら、女王に援助を求めるというのは別に
おかしな話じゃない。立場で見れば十分だし、何も国家予算レベルでの
要求ってわけでもない。連れが一人だけという事実も踏まえれば、実に
ささやかなお小遣いの無心だろう。きっと陛下なら、事情次第で援助は
惜しまれないだろうなと思える。
だけど正直、今のこの状況でそれは無理があるだろう。何と言っても、
やっぱり「物証」が無いのだから。あたしたちはともかく、現時点では
たとえ本物であっても謁見するのは非常に難しい。あたしでも分かる。
おそらく本人たちは策謀を耳にした時点で、分かっていたのだろう。
のんきに資金援助などと言っている場合ではない。むしろ緊急事態を、
一刻も早く女王に伝えるべきだと。
何だかんだあった末、思いがけない方法で自分たちの証明が出来た。
そしてポーニーの能力を目の当たりにして、せめて自分たちの持ち物を
入手する事が出来ないかと考えた。それこそ宝石なら高く売れるから。
だけど、現実は残酷だった。
ポーニーさんが物を持ったまま転移できないのは、よく知っている。
細い望みの糸だったんだろうけど、それはあっさりと切れてしまった。
…うまく行かないなあ、まったく。