動かざる証拠
何とも予想外極まる日である。
離宮の庭の改修計画がおおよそ形になり、来週から本格的な工事開始。
割と長期の工事になりそうだから、念入りな下見を全員で行った。
それがようやく終わり、明日からの景気づけに壮行会を…と考えていた
その矢先。
妙な二人に声を掛けられ、壮行会はほぼお流れになった。
そして今に至る。
至った「今」とは、どういう状況?
マルコシム聖教の教皇女の自室の、のぞき見である。
…うーん、ちょっと興奮するわぁ。
================================
神託師、ルトガー・ステイニーさんの弔問。
運転手として同行したあの日から、何となく自分は変わったと思う。
トーリヌス様との接し方も変わったと、事あるごとに思う。
もちろん、異性としてどうこうって話じゃない。ないったらない。
それはおこがましいにも程がある。
って、それはいいとして。
あたしが変わってきたという事を、きっとトーリヌス様も認めている。
だからこそ、こうして単独で現場を任される機会が増えてきたんだ。
こればかりは、いい傾向と思ってもおこがましくはないだろう。
ずっと運転手を務めてきたあたしにとって、今の状況は飛躍的進歩だ。
きっと、色んな意味で余裕ができたという事なんだろう。きっとそう。
今日にしたって、こんな特殊極まる状況に迷わず飛び込んだわけだし。
だからこそ、馬鹿な失態は禁物だ。それは直ちにトーリヌス様、そして
女王陛下にも多大な迷惑を及ぼすに違いないから。
気を引き締めていこう。
…あんまりワクワクしてないで。
================================
「状況はどうですか?」
『うーん…まあそこそこ興味本位で漁った、という印象ですね。多分、
ニセモノも興味津々だったという事でしょう。』
「なるほど。」
ポーニーさんの言葉に、この上なく実感が湧いた。経緯はかなり違えど
今のあたしたちも、似たような事をしてるわけだからね。…違うのは、
本人公認という点。目の前の彼女が本人であれば、って話だけど。
『とりあえず、緊急脱出用に文庫を1冊携行しておきます。』
「ええ、そうして下さい。」
それは大前提だ。今のポーニーさんは、純然たる不審な侵入者である。
誰かに見つかった場合、速攻で脱出しないと大変な事になるだろう。
本さえあれば一瞬でここに戻れる。最低限の保険はかけとかないとね。
『えーと、じゃあこれを…あれ?』
「どうかしました?」
『挟まってた何かが落ちた…えと……………………これは…』
しばしの沈黙。
何だ、何を見つけたんだろ?
「ポーニーさん?」
『ノダさん。』
「は、はい?」
妙に低い声が返ってきて少し焦る。何だ、ホントに何を見つけたの?
『ニセモノさんに尋ねて下さい。』
「何をですか。」
『文庫の3巻に挟んでいたモノが、何だったかを出来るだけ詳しく。』
「あ、はい。少々お待ちを。」
何か殺気立ってる気がする。もしやヤバいものでも見つけたのか…
「いいですか。」
「あっ、ハイ何でしょう。」
「ホージー・ポーニー3巻に挟んでいたモノが何か、出来るだけ詳しく
教えて下さい。」
「3巻?えーと…」
思案の時間はほんの数秒だった。
「あっ、そうそうプロマイドです。50周年ミュージカルの主演女優に
サインも書いてもらったプレミアの1枚で…」
「つまり、ホージー・ポーニー役の舞台女優の?」
「はい。」
「なるほど。」
そういう事か。
だから何か刺々しかったのか。
…………………………
「…という事ですが、どうです?」
『当たりです。女優の名前含めて、間違いありませんね。』
「さすがに、そんな所まで調べたりしなかったんですねニセモノも。」
『…』
「あれ、聞こえてます?」
『…何でこのあたしが…こんな子に負けるなんて…』
「もしもーし、聞こえてます!?」
『あっ、はいはい聞こえてます。』
ちょっとだけ闇落ちしかけてたな、この人。
================================
ともあれ、ぐっと信憑性が増した。それもまた間違いない話だ。
文庫本に挟まっていたプロマイドを正確に言い当てるのは、仕込みだと
しても出来過ぎている。
「そうですね。」
さすがにリマスさんもそう言った。半信半疑もかなり揺らいだだろう。
それは同時に、以降の事態の深刻さが増したという事も意味している。
…そもそも、こんな場所に教皇女がいるという事実が異常なのだから。
「それじゃあ…」
「出来ましたら、もうひとつくらい確信に至る何かが欲しいですね。」
「は?」
出鼻を挫かれた教皇女が、ぽかんと口を開ける。
「それって、どういう…」
「先ほどのプロマイド以上に、部屋の主でなければ絶対に分からない
何かを教えて下さい。それの確認が出来れば、我々は完全に信じます。
あなたが教皇女ポロニヤ様であるという事実を。」
もう、興味本位とかそういう話ではない。そういう段階でもない。
真偽がはっきりすれば、ここから先の話は国家レベルの問題になる。
本当の意味で、腹を括らないと。
「…分かりました。」
場の流れに若干振り回されていた、教皇女も覚悟を決めたらしい。
場の空気が張り詰めるのを、あたしもかすかに感じ取っていた。
================================
「右2・左3・右2・左4・右7…だそうです。」
『了解です。』
ポーニーさんに数字を伝え、文庫の向こうからはカチカチという小さな
音が聞こえてきていた。
最後の確信を得るため提示された、とっておきの秘密。
それはベッドの脚に仕掛けられた、非常に特殊極まるギミックだった。
高さ調節用の大ネジの上部分だけ、ダイヤルの要領で回すのである。
パッと見は完全に「飾り」らしい。しかも数字は本人しか知らないので
ギミックを知っていても他の者には決して開けられない。だとすれば、
ニセモノが漁った可能性も低い。
慎重にダイヤルを回す小さな音が、きっかり指定分だけ刻まれた直後。
『あっ、開いた。』
思わず漏らしたという感じの声が、本から聞こえてきた。
そして。
『ありましたよ、日記と宝石が中に収められた箱。』
「はい。」
そう答えたあたしは、あえて教皇女に確認のため問う。
「どこに収納されていたか、ご存じですよね?」
「ベッドの足側、フレーム部の右端です。」
「ポーニーさん。」
…………………………
『当たりです。』
何気ない口調の回答が聞こえた。
『いくら何でもプライベートなものなので、中は読みませんね。』
「そうして下さい。」
リマスさんが答える。
向き直った彼女の顔は、間違いなく騎士のそれだった。
「…教皇女、ポロニヤ様ですね。」
「はい。」
「無礼はご容赦ください。何しろ、話が話ですので。」
「承知しております。」
答える彼女も傍らのアースロ氏も、ほぼ落ち着きを取り戻していた。
あたしは大きく息をつき、この現状を受け入れるため気持ちを整える。
決まりだ。
目の前の現実は、限りなく重い。