スパイミッションは面白く
人間、何がきっかけでどう変わるか分からない。自分も例外じゃない。
人に厳し過ぎるとか融通が利かないとか、今まで散々言われてきた。
もちろん自覚はあったけど、だからと言って正そうとも思わなかった。
いや、それ以前に間違っているとも思っていなかっただろう。そして、
今もその思いは変わっていない。
女王陛下直属の騎士隊の一員。その肩書きは決して軽くない。だから、
限りなく厳しい生き方を心掛ける。間違ってはいないはずだ。
だけど。
そんなあたしも、きっかけがあれば変わる。
ほんの少しであっても。
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電話を受けた時は正直、何の話かと思った。相手がノダさんである以上
おふざけではないだろうけど、内容そのものはかなりふざけていた。
だけど陛下の安全に関わる話なら、知らん顔など絶対に出来なかった。
…………………………
というのは建前だ。
会って話を聞こうと思った理由は、そんな真面目なものじゃなかった。
ただ面白そうだと思ったから。口が裂けても公言出来ない本音だけど、
本当だから仕方ない。
こんな風に考えるようになった原因は、間違いなくあの時の体験だ。
実存したホージー・ポーニーとの、奇天烈な共同戦線。価値観が変わる
きっかけとしては、あまりにも十分過ぎたと今でも思う。
あの時の感覚が、もしかしたらもう一度体験できるのかも知れない。
そう考えた瞬間、もう関わる決心はついていた。いささか独断専行の
様相もあったけど、別に構わない。解決しちゃえばこっちのものさ。
…こんな考え方、以前のあたしなら絶対にしなかっただろうなあ。
良いんだか悪いんだか。
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おふざけ気味の電話をオラクレールにかけて、いささか呆れられて。
それでも協力を快諾してもらって、今に至る。
面と向かって聞いてもなお、現実味に欠ける妙ちくりんな話だ。でも、
天恵が一枚噛んでいる話なら、看過する事は絶対に許されない。
…しかし、マルコシム聖教の教皇女ってこんなに面白い子だったのか。
何となく、傲慢なイメージを勝手に抱いてたけど。実に失礼でしたね。
と言うわけで、本題。
「じゃあ行ってきます。」
「お気をつけて。」
「行く」というのは、海の向こうのタリーニ王国の教皇女の部屋にだ。
何度見ても、この「本のある場所に転移する」という能力はあたしの
理解を超えている。さすがは作者の天恵の化身といったところか…。
ちなみに王宮を出る前に、外交課に問い合わせて教皇女の直近の予定を
調べている。もちろん他国の人間が調べられる情報はたかが知れている
だろうけど、少なくとも彼女が今、聖都にいない事だけは確認できた。
まさに外遊の真っ只中だろうから、自室にいるという可能性は低い。
女王に会いたいとまで言うのなら、そもそも聖都でじっとしていないと
考えられる。詳しい事情を聞けば、そのあたりも見えてくるだろう。
「それでも危険では?」
アースロという教皇女の護衛がそう懸念を述べた。確かにその通りだ。
いきなり転移で乗り込んでいって、誰かと鉢合わせになったりすれば
下手すりゃ大問題になるだろう。
しかしその点においても、ポーニーは実に便利である。というのも、
彼女は目指す場所に直接転移するのではなく、本の世界から行くという
中間の段階を経る。つまり、事前に向こうの状況を確認してから現出…
という手順を踏めるのである。
いやあ…
諜報部に欲しい逸材だよ、ホント。
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冗談はさて置き。
「どうですか?」
『ありました全巻。』
質問と答えが噛み合ってないけど、教皇女の住まいは見つけたらしい。
つまり、少なくともその段階までは本当だという事か。
ちなみに教皇女もアースロも、ただ訝しげな表情を浮かべているだけ。
この様子からして、文庫本から届くポーニーの声は聞こえていない。
確かこれ、それなりに繋がりのある相手にしか聞こえないんだっけか。
同じ愛読者として、妙な優越感。
…………………………
ますます冗談はさて置き。
「行けそうですか。」
『ええ。室内に人はいませんね。』
落ち着いたもんだなあ。不法侵入も甚だしい危険行為なのに。
でもまあ、王立図書館と比べれば、それほど大した事でも無いのかな。
…いやいや違う。そんなはずない。
マルコシム聖教の教皇女と言えば、世界でも有数の重要人物だろうが。
確証はこれからだけど、本当ならばかなりシャレにならない行為だ。
話を信じてなかったわけでは決してないけど、それでも頭のどこかで
現実だと認識していなかったのかも知れない。本当に今さらだけど。
どうする。
今ならまだ引き返せる。
とりあえず彼女たちの話を信じて、それなりの警戒をする事も出来る。
でもその場合、真偽が不明確なままの二人はどういう扱いになるのか。
下手すれば、投獄して様子を見る…という選択もあり得なくはない。
あたし個人としては、そんな強引な行為は避けたい。もしも本当なら、
リスクを省みず警告しに来てくれたって話なんだから。
だけど、現状はなおも不確定要素が多い。このまま突き進むのは…
『入りました。』
「えっ?」
『わー、大きいベッドですね。』
「…………………………」
入っちゃったよあの人。
あれこれ考えたのは何だったのか。
以前なら、判断が早過ぎると苦言のひとつも口を突いただろう。
でも今は、むしろ笑いを堪えている自分にちょっと驚いている。
まあいいや、ってね。
「室内に入ったそうです。」
「えぁ…そ…そうですか。」
あたしの言葉に対し、何とも微妙な表情と言葉を返す自称・教皇女。
自称を取るために必要だとはいえ、嫌なんだろうなぁ部屋見られるの。
お気持ちはお察しします。
面白いなあまったく。
さあ、いよいよ本題だ。