ニセモノの証明手段
「お呼びにより参上!」
いきなり目の前に現れた少女のその口上に、腰を抜かしそうになった。
もちろん、あたしだって天恵という概念はそれなりに理解している。
マルコシム聖教の教皇女とは言え、見た事がないってわけじゃない。
「転移」なる天恵が実在するのも、知識としてはちゃんと知っていた。
でも、やっぱり目の当たりにすると圧倒される。
何もない空間に人間が現れるという事象は、あまりにも己の常識から…
…………………………
ちょっと待って。
いやあの…
うん。
この人…
確かにホージー・ポーニーだ!!
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何が何だか、よく分からなかった。
それでも、少なくともあたしたちの望む進展は成されていたらしい。
つまり王宮の中の「それなりの人」に取り次いでもらう、という話だ。
聞くところによると、この少し怖い女性は女王陛下直属の騎士らしい。
何と言うか、思った以上に凄い人を紹介してもらえた。
と言っても、あたしに対する疑念は解消されていない。見方によっては
拘束される危険性が高まった…とも言えそうな状況。緊張が絶えない。
喫茶店で会うならまだしも、こんな犯罪者のアジトみたいな空き家では
なおさら不安が増すばかりで…
しかしこの人、何だか予想と違う。いや、ノダさんも含めてだけど。
怖い顔で投げられた質問も、正直に言ってわけが分からなかった。
…ポーニーの本を持ってたら、何がどう解決するんだろうか?
「持ってこられました?」
「もちろん。」
「職場にもあるんですね。」
「交代までヒマだからね。」
そんな他愛ない言葉を交わしつつ、リマスさんが上着の胸ポケットから
取り出したのは本だった。もちろん『三つ編みのホージー・ポーニー』
だ。あたしも持ってるから判る。
いや、だからそれが何なの?
さすがのアースロも、困惑の表情を隠し切れない感じだ。
そして電話。どこに?出前って何?
そして
前触れもなく、彼女は出現した。
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「すみません、いきなりな話で。」
「いえいえお気になさらず。正直、こっちも少し息抜きが必要かなーと
思い始めてたところなんで。」
「相変わらず、トラブルですか。」
「まあいつもの事です。」
「大変ですねえトランさんたち。」
「あの…」
盛り上がってるとこすみませんが。
あたしたちの話は…
「ええっと…」
向き直ったホージー・ポーニーが、じっとあたしの顔を見た。いやあ、
見れば見るほどイメージピッタリ。絶対この人が噂のポーニーだ。
後でサインもらおう。
「…は、初めましt」
「こちらが、あたしのニセモノさんですか?」
「えっ」
「そうです。」
言葉に詰まったあたしの代わりに、ノダさんがそう答えた。
「…………………………」
ポーニーに見据えられたあたしは、次の言葉を呑み込んでじっと待つ。
何だ、何を言われるんだ。
「三つ編みしないんですか?」
「えっ?あ、いや、やった事なくてちょっと…」
「髪も赤くないんですね。」
「そ、それはその」
「喋り方も、あんまり意識してない感じと言うか…」
「ご、ごめんなさい。あの…」
「それじゃ、一次オーディションも突破できませんよ?」
「へっ?あの、お、オーディションって何…」
「あたしでも落ちたんですから。」
「いえあの…」
何だろう。
何を責められてるんだろう。
確かに名前を騙っただけで、ろくにキャラを寄せてなかったけれど。
だけど目の前の彼女は、何だか目が据わってる気がする。何なんだろ、
そのオーディションって…?
「まあまあ落ち着いて。」
「…失礼しました。」
リマスさんに宥められ、ポーニーはようやく鬼気迫る表情を崩した。
息を詰めていたあたしも安堵する。
何だったんだろう、今の詰問。
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「へえぇ、聖教の教皇女様ですか。そんな人があたしの名を騙るとは、
あの世でエイランもビックリしてる事でしょうね。」
落ち着いて話せば、ポーニーは別に怖くも何ともなかった。と言うか、
本当に小説のポーニーそのものだと言える雰囲気だ。どういう存在かは
詳しく教えてもらえないけれど。
それより、今は大事な事がある。
とにかくあたしのニセモノが女王に謁見するより前に、ニセモノという
事実を認識してもらう事だ。ここに来た理由は、それが全てだから。
「それで、あのう…」
「見ましたよね?さっきの登場。」
「えっ?…あ、ハイ。」
さっきの登場って、電話が終わると同時に転移してきたアレだろうか。
確かにたまげたけど、それが何だと言うのか…
「どうやって遠くから一瞬で来たと思う?」
「転移系の天恵ですよね。それが」
「違う。」
「え?」
ズバッとポーニーにそう言われて、あたしは目を丸くした。
…違うの?
「あたしは、エイランの小説が存在する場所なら一瞬で行けるんです。
その中の世界を通って、ね。」
「ええっと…そう…なんですか。」
ダメだ。
話の内容が、理解を超えてきた。
だけど確かに小説の登場人物なら、そんな事が出来てもおかしくない。
王宮の騎士の人まで信じてるなら、きっとそれは本当の事で…
…………………………
ん?
つまり、それって…
「分かるわよね?」
あたしの顔を見据えて、リマスさんがゆっくりとそう言い放った。
「聖都にあるあなたの部屋に蔵書が存在するなら、彼女が潜入できる。
それこそ、今すぐにでもね。」
「え」
「マルコシム聖教の教皇女なんて、気安く近づけないという点では多分
女王陛下といい勝負でしょ。なら、部屋に忍び込むのも難しいはず。」
「あの、それって」
「もちろんニセモノがいるのなら、多少は室内を弄られてるでしょう。
だったら、ニセモノでさえ簡単には気付かないような秘密を教えて。」
「ちょっと待っ」
「あるわよね?秘密のナニか。」
「…………………………は、はい。」
何だろう。
アースロの視線が今さら鋭い。
そして逃げ道がどこにもない。
ああ。
こんなピンチは予想外だった。