ポーニーを知る者たち
こんな面倒事は、ちょっと久々だ。
限りなく胡散臭い話ではあるけど、だからって見過ごす選択はない。
何と言っても、トーリヌス様の実のお母様の安全にかかわる話だから。
ホージー・ポーニーの名を騙る一方で、教皇女ポロニヤを名乗る少女。
盛り過ぎじゃないかと言いたくなるけど、とりあえずそれはいい。
浅い考えかも知れない。でも正直な話、嘘をついているとは思えない。
嘘にしては突拍子も無さ過ぎるし、あたしにそんな嘘をついたところで
得られるものが何もない。むしろ、露骨に怪しまれるだけだろう。
それを承知の上で、彼女たちは声をかけて来た。
だとすれば、あたしも出来る限りの事をすべきじゃないかと思った。
あたしに出来る事って、何だろう?
…………………………
うん。
とりあえず、話せる相手に話そう。
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実際のところ、あたしは単なる建築会社の社員でしかない。
もちろんトーリヌス様と一緒に仕事に赴く関係上、宮中の人と話をする
機会は多い。知り合いもそれなりに多い。
かと言って、身分が違うというのは変わらない。いくら緊急事態でも、
気安く連絡をしていい相手などほぼいない。それが現実だ。
だったら、その「ほぼ」の外にいる人に協力してもらえばいい。
こういう時、あまり卑屈になるのはかえって相手に失礼である。だから
下手な遠慮をせず動く。その方が、絶対に話が早い。
というわけで。
『あら、お久し振りですね。』
「ご無沙汰しております。」
さすがにちょっと緊張したけれど、相手はあっさり電話に出てくれた。
リマス・カットンさん。
女王陛下直属の騎士隊に属している女性で、王立図書館の事件の際には
体を張ってトーリヌス様を救出してくれた人だ。きつい所もあるけれど
正義感が強く、あたしのような者に対しても普通に接してくれる。
現状、こんな曖昧な話を相談できる相手はこの人しか思いつかない。
すぐに連絡できたのは幸運だった。
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しばらくののち。
「…どこですか、ここ?」
「秘密基地。」
「ええー…」
偽ポーニーこと自称教皇女は、不安そうな表情できょろきょろと室内を
見回す。同行の青年はそこまでではないけど、やっぱり不安だろうな。
無理もない。
喫茶店からリマスさんに連絡して、その後すぐに来たのがここである。
殺風景極まりない一軒家。窓からは王立図書館が見える立地だけれど、
生活感など全くない。怪しいという表現がピッタリだろう。
ここはかつて、トーリヌス様の救出作戦を立てていた「あの」家だ。
このあたしと騎士隊の二人、それにオラクレールの人たちが協力して
トーリヌス様救出に知恵を絞った。実に思い出深い場所である。
元々この家は、ああいう非常事態の際に臨時使用される隠れ家である。
もちろん王家の所有であり、普段は手入れされているものの空き家だ。
あの事件の後、あたしはこの家の鍵をリマスさんから預かっていた。
さすがにそれはマズいのではないかと言ったけど、彼女は小さく笑って
首を振った。
「まあ、あなたなら大丈夫だから。何かの折にまたね。」
「そうですか…」
そこまで言われて断るのも失礼だ。あくまで預かるという形で受取り、
今日まで肌身離さずに持っていた。今にして思えば、あれは予知に近い
慧眼だったと言えるなあ。
『あの家で待ってて。すぐ行く。』
リマスさんは、実に判断が速い。
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「お待たせ。」
30分後。
やって来たリマスさんは、以前とは違う私服に近い出で立ちだった。
それほど深刻な案件じゃなさそうと伝えたからだろうか。と言っても、
相手は不審者だけど。
でも、それほど心配はないだろう。何と言っても、この人は素手でこそ
強さを発揮できる天恵の持ち主だ。少なくとも、この二人に負けるとは
到底思えない。それ以前に、二人にそういう危険な気配は感じない。
とにかくちゃんと話を聞いて、その上で色々と「真偽」を確かめる。
確かにあたしは、このリマスさんかシュリオ・ガンナーさんくらいしか
連絡できる相手がいない。しかし、その二人こそがこの件には最適だ。
立場とか腕っぷしとか、そういうのとは別の意味でね。
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「なるほど、話は分かりました。」
気後れしつつ精一杯説明した自称・教皇女に、リマスさんは頷いた。
とりあえず、先にあたしが聞いた話と内容はほぼ同じだ。現時点では
それでいいと、あらかじめあたしが言っておいた。
あらためて聞いても荒唐無稽な話と思う一方、やはり嘘とは思えない。
いや、嘘とは思いたくない。何だかちょっと、親しみも湧いてきたし。
「確かに、話を聞いただけで真偽は問えませんね。」
じろりと睨むリマスさんの言葉に、二人は揃って小さくなった。まあ、
その点はあたしも同意見だ。いくら話の筋が通っていようとも、簡単に
信じていい話ではない。だったら、どうやって裏を取る?
それに関しては、もう既にあたしとリマスさんに考えがあった。
よりによってこの偽名を使っている以上、可能性は大いにあるはずだ。
「それじゃあ、ポーニーさん。」
「えっ?…あ、はい?」
「個人的な事をお聞きしますが。」
「な、何でしょうか。」
凄く不安そうな自称・教皇女さん。ここだけの話、威厳がないなあ。
苦労してきたんだろうけど…
「聖都におけるお住まいは、やはり聖教の本山だったんですよね?」
「はい。広場を挟んだ大聖堂の対面に建てられた、聖皇居でした。」
「自室はお持ちでしたか?」
「ええもちろん。自慢じゃないけど広い部屋でして…」
「じゃあ、もうひとつ。」
「は、はい?」
つらつらと語る言葉を制し、リマスさんがぐっと顔を近づけて問うた。
「自室に、『三つ編みのホージー・ポーニー』はありますか?」
「へ?」
「ハードカバーでも文庫でも何でもいいです。蔵書はありますか?」
「…あの、今それに何の関係が…」
「大事な事です。答えて下さい。」
「…ええ、全巻ありますけど。」
「「よし。」」
あたしとリマスさんの声がピッタリ重なった。
本があるなら真偽の確認ができる。誰にも言えない方法ではあるけど、
少なくとも確信が持てる程度には。
「…それじゃあ、呼びますか。」
「そうですね。」
「……?」
話についていけない二人をよそに、あたしとリマスさんはテーブル上の
電話に視線を向け、フッと笑った。…何と言うか、これぞ既視感だ。
かなり前になるけど、まさにここの電話から同じ要請をしたんだっけ。
縁というのはあるもんだねと、少し呆れてしまう。
「何ですか?」
「あなたの話を裏付けてくれる人を呼ぶんです。構いませんね?」
「え?ええ、それはもちろん…」
言いながら、自称・教皇女は怪訝な視線を同じく電話に向けた。
「でも、今から電話でですか?正直あんまり時間が無いんですけど…」
「大丈夫、すぐ来るから。」
「近くにお住まいの方ですか?」
「いや、鉄道で6時間かかるよ。」
「…へ?」
納得できないのはごもっとも。でも説明したところで理解は難しいよ。
ダラダラ喋ってないで、すぐ当人に連絡をしよう。
きっとすぐに来てくれる。
あたしたちの知るポーニーならね。