真偽を見極めるために
時は、ほんの少しだけ遡る。
================================
「あの…」
何と言えばいいか見当がつかない。今のこの状況が予想外過ぎて。
ノダさんはあたしたちを、通用門のすぐ筋向いにある喫茶店に招いた。
何か注文しろと言われ、とりあえず二人とも機械的にジュースを注文。
現在、ノダさんと向き合う形で席に着き、小さくなっている次第。
確かにバリバリの偽名だし、一笑に付されるのはごく当たり前だろう。
しかしノダさんの反応は、明らかに普通じゃない感じだった。
って言うか、小説の主人公の名前を騙ったくらいで、ここまで不信感を
露わにされるものだろうか。別に、現時点では頼みごとすらもまともに
口にしていないのに。もしかして、あたしたちの見た目って自分たちで
思う以上に怪しかったりするの?
ダメだ。
とにかくこの人から何がしかの話を聞かない限り、こっちの話はとても
切り出せない感じだ。とにかく今は大人しくしているしかなかった。
とは言え、あんまりのんびりしてはいられないのも事実で…
「とりあえず、先にそちらの要件を聞きましょうか。」
「え?」
「あたしに用があったから、さっき声をかけたんでしょう?」
「あ、はい。」
なんか凄い意外だけど、あたしたち二人の話は聞いてもらえるらしい。
…どうにもこの人、読めないなあ。でも、とにかく話を進めよう。
「ええっとですね。実は女王陛下に警告がありまして…」
「陛下に警告?」
明らかに不信感が増したノダさんの返しに、まずいという思いが湧く。
さすがにいきなり過ぎたか。だけど結局、話さなきゃいけない事だし…
と、次の瞬間。
「ええ、緊急を要する警告です。」
いちいち詰まるあたしの不甲斐なさを見かねたか、アースロがいささか
強い口調で言い放った。
「マルコシム聖教の教皇女が謁見を願い出てきた際は警戒が必要です。
その事を伝えるために、どなたかに宮中の関係者を紹介して頂きたいと
思った次第でして。」
「ええ?」
一気に言い切るアースロの剣幕に、ノダさんは目をパチクリした。
まさか、これほど突拍子もない事を言うとは思わなかったんだろうね。
…ぐだぐだとためらっていたあたしとしては、ありがたい限りだけど。
「警戒が必要、って…」
あたしたちの顔を見比べ、ノダさんは困惑の声を上げる。
「具体的に何が危ないの?」
「その教皇女が、ニセモノだという点です。」
「はあ!?」
思わず声が大きくなったノダさんが慌てて周囲を見回す。幸い、今は
お客はあたしたちだけだった。
「聖教の教皇女がニセモノって…」
不信感マックスのノダさんが、対面に座るアースロを見据えて続ける。
正直、あたしは眼中にない感じだ。
「真偽はともかく、どうしてそんな大変な事になってるわけ?」
「その点に関しては、今の段階では話せません。」
「…………………………そう。」
失礼な物言いだけど、話せない理由に関してはノダさんもそれなりに
察してくれたらしい。気を悪くした様子はなかった。
当然だ。
確かに真偽はともかくな話だけど、突っ込んだ事情を説明すべき相手は
ノダさんではない。彼女に紹介して欲しい「宮中のそれなりの人」だ。
こう言っては何だけど、ノダさんにそこまでは求めていないのである。
むしろ今後の事を考えれば、あまり詳しく知らない方がいいだろう。
「じゃあ、ひとつだけ答えてよ。」
「何でしょうか。」
すっかり交渉役になったアースロが迷いなく答える。まあ、お任せね。
あたしとしてもその方がいいから。
しばしの沈黙ののち。
「今の教皇女がニセモノとすれば、本物はどこにいるの?」
「ここにいます。」
あたしが即答。
やっぱりお任せとは行かなかった。
「あたしが本物の教皇女です。」
================================
…………………………
うん。
そんな顔されると思ってました。
微塵も信じられないって顔ですね。だろうと思います。お察しします。
だけど、本当の事だから仕方ない。証明は限りなく難しい状況だけど。
「あたしは聖都を追われ、この国に逃げ延びました。ニセモノが女王に
謁見しようと考えているのを知ったのは昨日です。偶然でしたが。」
「聖都を追われたって…何故?」
「聞かない方がいいと思います。」
追われたという事は言ってしまったけど、これは仕方ない成り行きだ。
だけどやっぱり、詳しい事情までは言えない。いや言わない方がいい。
「具体的に何を目論むか、そこまではっきりとは言えません。だけど、
少なくとも、正体を偽っている人間が女王に会おうとしているのだけは
事実なんです。悪い事が起きる前に対策して欲しいんですよ。」
「なるほど。」
ようやくノダさんの声から、露骨な困惑と不審の響きが無くなった。
とは言え、まだ話はさほど進んではいない。
「あなたが教皇女かどうかの真偽も定かではないけど、とにかく陛下の
身を案じての警告って事ね?」
「そうです。だから何とか…」
「だけどね。」
勢い込むあたしの次の言葉を制し、ノダさんは表情を少し厳しくした。
え、何だろ今度は?
「その話、そっくりそのまま反対にしても成立しますよね。…つまり、
あなたがニセモノだとしても。」
「………………そうですね。」
確かにその通りだ。
具体的な説明をしようとしまいと、現時点では何ひとつ証明できない。
馬鹿げた妄想を拗らせた女だろうと言われれば、反論すらできない。
だけど、じゃあどうすれば…
さすがにアースロも、これ以上話を推し進める事は出来ないらしい。
難しいなあ、真偽の証明って。
================================
少し長い沈黙ののち。
「じゃあ、それはひとまず置いとくとして。」
え?
これを置いとくの?
でもいいや。膠着が終わるなら。
何でしょうか?
「どうしてホージー・ポーニーって偽名を使ったの?」
「えっ」
そ、そっちに話が戻るの!?
てっきり流されたと思ったのに…!
「ふ、深い理由はありません。ただ本名を名乗れなかったからで…」
「だからって、何でポーニー?」
「いや、そのぅ…」
どうしてこの人、そんな些細な点にここまで喰い付くんだろうか。
小説の主人公を名乗るなんて、別にそんなに馬鹿げた話じゃないのに。
いや馬鹿げてるけど、下手に実在の人物を騙るよりはよっぽど…
…………………………
ん?
ちょっと待てよ。
確かこの国って…
あたしは、ちょっと開き直った。
「ノダさん。」
「うん?」
「もしかして、ホージー・ポーニーにお会いになった事があるとか?」
「…………………………」
それまでに増して馬鹿げた話だ。
でもその沈黙とノダさんの表情が、あたしの言葉に確信をもたらした。
この人、会った事あるんだな。
「本物の」ホージー・ポーニーに。