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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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王宮に挑め

観光と盗み聞きの翌日。


「…もう着いちゃったわね。」

「そうですね。」


あたしとアースロは、荘厳な王宮の前に佇んで言葉を交わしていた。

門扉に圧倒される姿は多分、観光客以外の何ものでもなかっただろう。

実際、昨日は思う存分首都の観光を楽しんでいたわけだし。


だけど今日は違う。

昨日あのタリーニ料理店で耳にした危機を、伝えに来たのである。

…まあ、それがなくてもここに来るつもりではあったんだけど。

当初の目的はともかく、今は女王に注意喚起するのが、何より重要かつ

危急の要件なのである。


というわけで…



どうしよう?


================================


来るのはいい。

そんなの、観光客なら誰でも出来る事だろう。ガイドブックに従えば、

こんな目立つ建物まで来るのなんてごくごく簡単だ。


問題は、中に入る事である。

一般開放されてるエリアじゃなく、その奥にある女王陛下の在所まで。

いや、実際はそこまで行けなくても別にいい。しかるべき人にきちんと

話を聞いてもらい、しかるべき対策をしてもらえればそれでいい話だ。



今の自分たちの立場が怪しいって事くらい、しっかり理解しています。


================================


昨日盗み聞きした話の内容は、正直あたしたちの手に余るものだった。

よくそれだけペラペラ喋れるなって思うほど、女性の方は饒舌だった。

いくら外国語だと言っても、無防備が過ぎるんじゃないかと思うほど。


でも実際のところ、聞いたところで何が出来るって話ばっかりだった。


教団内の人間の粛清だとか、魔鎧…ナントカいう兵器の運用の事とか。

ハッキリ言って、聞かれても現実味がない内容だから困らないのか…と

思えた。仮に警察に飛び込んでも、馬鹿げた作り話と笑われるだけだ。

直接聞いていたあたしたちでさえ、信じられない話ばっかりだったし。


何よりも、あたしはタリーニの聖都から亡命した教皇女だ。下手な事を

どこかで口にすれば、たちまち己の首を絞める事にもなりかねない。

ありとあらゆる意味で、あたしたちに出来る事などほとんどなかった。


だけど、ひとつだけ看過する訳にはいかない話がある。言うまでもなく

あたしのニセモノがマルニフィート陛下に謁見するという、例のアレ。

今後の事を考えても、この話だけは何としても阻止しなければマズい。

たとえその時ニセモノが大した事をしなくても、あたしが聖都に帰れる

可能性が限りなく低くなる。もしも大した事をしたなら、おしまいだ。

聖都の時みたいな蹂躙劇がこの王宮で起こったら、この国とタリーニは

おそらく戦争状態に陥る。もはや、あたしの生きる道は消え果てる。


冗談じゃないっての。


マルコシム聖教が純粋だった…とは言わないし、ロナモロス教の連中が

やってる事を何もかも否定する気はないけれど。



こんな個人的な破滅の押し付けは、まっぴらごめんだ。


================================


もちろん、あたしはマルニフィート陛下に会った事なんて一度もない。

だけど少なくとも、拝謁できる身分ではあったはずだ。何と言っても、

世界最大規模の宗教の教皇女だったわけから。


しかも今、実際にニセモノが女王に会いに来るかも知れない状況だ。

何しに…というのは、本当に適当な理由を捻り出す気でいるらしい。

盗み聞きした話の中でも、その点は本当に何でもいいって感じだった。


とは言え、最低限きちんとした手順を踏まなければ女王には会えない。

どんな身分の人間であろうと、その点を省略する事は絶対許されない。

つまり、少なくともそんなにすぐにニセモノが来る心配はないって事…


いや、楽観は禁物だ。

理由を用意しなきゃいけないという点は間違いないけど、来るとなれば

本当にあっという間に来る可能性がある。いわゆる転移とかを使って。

「天恵あってこそ」のそんな手段を持ってたからこそ、あの日の聖都で

電光石火の蹂躙を行えたんだろう。旅の途中、それは何度も考えたよ。

極端な話、今この瞬間目の前に出現したっておかしくはないのである。


昨日の時点では、まだそこまで教団の意思は固まってはいなかった。

あたしが彼らに先んじられるのは、多分まさに今この瞬間だけだろう。

あたしたちに何が出来るかなんて、もう考えるだけ無駄だ。とにかく、

事情を説明して対策を講じてもらうという道しか今は見えていない。


さあて…


「どうしよう。」

「正面から入っても、摘み出されて終わりでしょうね。」


アースロが迷わず即答する。いや、そうだろうけどさ…もうちょっと…


「その前に名乗ったら?」

「怪しまれて捕まります。その後で本国の聖都に問い合わせされたら、

間違いなくこっちがニセモノ扱いをされて終わりでしょう。下手すれば

本国に強制送還です。そうなれば、後はもう」

「分かった分かった、もういい。」


容赦ないなあこいつ。ごまかさないのはいいけど、限度があるだろが。

気持ちが折れそうになるんだよ!


「とにかく、誰かにきちんと事情を説明しましょう。」

「いや、だからそれやっちゃダメとあんたが言ったんじゃないのよ。」

「いきなり王宮で言うのはダメだと言ってるんです。つまり…」

「つまり?」

「王宮に出入りしていて、そこそこ信頼のある外部のどなたかですよ。」

「…………………………」


なるほどそういう話ね。

話の分かりそうな人を呼び止めて、とにかく事情を説明するって事か。

確かにそれなら、いきなり逮捕とか拘束とかいった話にはなりにくい。

もし仮に話を信じてもらえなかったとしても、引き下がればいいだけ。

まさかその程度の事で、警察に通報されるなんて事もないだろうし。


…もちろん、頭のおかしい人間だと思われる可能性はかなり高い。

妄想も大概にしろとか言われたら、もはや反論する言葉もないだろう。

それほどに、あたしたち二人の姿は聖教のトップからはほど遠い。

でも、もうそれ以外に手っ取り早く話を進められる気がしない。



よし、割り切ろう。


================================


というわけで王宮の正門前を離れ、東側の通用門の前まで移動した。

ここは、王室御用達の業者なんかが出入りする門らしい。観光ガイドに

バッチリ書いてあるし、それっぽい人も見かける。地味なため観光客は

ほとんどいない。ちょっと好都合。よし、ここでしばらく待とうっと。


誰でもいいから、ちゃんとした業者が通る時に声をかけてみよう。

もちろん出てきた時を狙う。仕事が終わってからの方がいいだろうし。

さあて、ここまで来たら持久戦だ。何時間かかるか見当つかないけど、

とにかくここで機を窺う。それで…


「あっ、出てきましたね。」

「速いな!」


考える間もありゃしない。



仕方ない、出たとこ勝負だ。


================================


出てきたのは、大型トラック3台と大勢の作業員らしき人たちだった。

見た感じ、建設関係なんだろうか。王宮の改築を担当してるとか…


「ちょうどいい感じかもね。」

「そう思います。」


よし。

じゃあの中から、話の分かりそうな誰かを選んで声をかけてみよう。


「あ、あの女性なんかどうです?」

「行こう!」


こういうのは迷ったら負けだ。

最後尾あたりで出てきた、背の高い女性に当たりを付けて突撃する。

…何だか、芸能人の出待ちをしてるファンみたいだよ。まあいいけど。

急げ!


「あのう、ちょっといいですか。」

「はい?」

「ええっとですね。実は」


足を止めてくれた。じゃあ話を…


「どなたですか?」

「えっ?いや、ええっと…」


しまった言葉に詰まった。どうしてその質問を想定してなかったのか。

あたしは、軽くパニックになった。一瞬忘れた己の名前をひねり出し…


「ほ、ホージー・ポーニーです。」

「はぁ?」


しまった。

よりにもよって、一番怪しい偽名をとっさに口にしてしまった。

視界の隅では、アースロが呆れ顔。ゴメンて!


「…あなたが、ポーニーさんのわけないでしょう。」

「へ?」


あれっ?

ちょっと、思ってたリアクションと違う気がするなあ。

この人は、あたしたち二人を何だと思ったのだろうか?

めっちゃ怪訝そうな顔なんだけど…


数秒の沈黙ののち。


「どうかしましたか、ノダ主任?」

「ああうん、ちょっと。」


立ち止まった他の作業員の問いかけに答えた女性―「ノダ主任」が、

あたしの顔を見たまま言い放つ。


「ゴメン、ちょっと先に帰ってて。また連絡を入れるから。」

「え?…大丈夫ですか」

「心配ないよ。社長には少し遅れるとだけ伝えといて。」

「了解です!」


やり取りののち、作業員さんたちはそのまま去って行った。残ったのは

あたしたち二人とノダさんだけ。


ええっと、この状況はどういう…


「とりあえず話を聞きましょうか、()()()()()さん。」

「えっ」


ええっ?

偽ってその…確かにそうだけども…でもあたしはニセモノの警告に…


ダメだ。



頭こんがらがってきた。

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