ゲイズは退屈
何だろうなあ。
最近、どうにも張り合いがない。
ハッキリ言ってしまえば、退屈だ。
何もかもが想定され、そのとおりに動いていくこの日々が。
たまらなく退屈だ。
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最後に人を殺したの、いつだっけ。
凍りつかせた体から命が抜けていくあの感触は、本当にクセになる。
まあ別に禁断症状ってわけじゃないけど、ずいぶんご無沙汰だ。
【氷の爪】
あたしが得たこの天恵は、人を殺すという点に特化した能力だった。
最初はそんな実感はなかったけど、割とすぐに受け入れた憶えがある。
最初に人を殺したの、いつだっけ。…ああ、もう思い出せないなあ。
だけど、確か父に言われて自分より2歳年上の男の子を殺したんだ。
そうそう、割とカッコいい子だったのを憶えてる。名前は…忘れたな。
いや、最初から知らなかったのか。まあ、今さらどっちでもいい話だ。
悔いも何もなかった。殺したその日もぐっすりと寝たし、その子が夢に
出てくる気配もなかった。あたしにとっての殺人なんて、その程度だ。
今も昔も、その軽さは変わらない。
あたしはきっと、父に似てるんだ。
【病呪】の天恵で数え切れない人を呪い殺してきた父に。
別に誇る事じゃない。そんなもんかと受け入れるだけだ。あの親あって
あの子あり。誰かにそう言われたとしても、腹も立たなかった。
我ながら、親孝行な娘だよ。
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ロナモロス教?
恵神ローナ?
だから何?としか言えない。それがあたしだ。今までもこれからもね。
カビの生えた宗教理念なんて、眠気を催す以外に何の意味もない。
だけど、天恵ってのは好きだ。誰がどんな力を得るのか。聞くだけでも
ワクワクできる。ある意味、生涯でただ一度の派手な運試しって感じ。
あたしは天恵宣告で得た力を、父とロナモロス教のために使ってきた。
無駄な殺しはしないけど、無駄じゃないという判断の基準は割と甘い。
そう言えば、名ばかり神託師を三人ほど殺したのはいつだったか。
多分、あれが今のところ最後かな。…いや、あれから他に殺したっけ?
あんまり憶えてないなぁ。歳かな?
あの頃までは、暗殺だの粛清だのと色んな輩の命を凍らせていたっけ。
父もネイルも、そういう部分は実に大雑把で容赦ない。不都合があれば
すぐ殺せと指示を出す。正直な話、そんな理由で殺すのかと思った事も
あった。まあ結局殺したんだけど。
だけど、あの日。
オレグスト・ヘイネマンが参入した事で、大きく事情が変わった。
神託師でもないのに、しかも面倒な手順さえすっ飛ばして他人の天恵を
見る事が出来る能力。天恵の宣告が廃れたこの時代において、その力は
あまりに反則だった。あの男が参入した結果、教団の組織拡大が一気に
効率的になった。要するに、有用な天恵の持ち主が選び放題って事だ。
その意味で言うなら、父とあたしはもの凄い大当たりを引き当てた…と
言っていいだろう。実際、ネイルも大手柄だとあたしたちを称賛した。
でもなぁ。
あの男が来た事で、あたしの役割は明らかに変わってしまった。
と言うか、あまりにも効率的に事を進められるようになったがために、
あたしの出番が減ってしまった。
別に、ロナモロス教の運営がうまく行ってる事自体に文句はないけど。
こういう順調さってのは、あたしにとっては退屈そのものなんだよ。
言う事を聞かない奴。
境遇に不満を漏らす奴。
教団内で成り上がろうとする奴。
そういうのを、あたしは【氷の爪】で永遠に黙らせてきたんだ。
別に、教団やネイルに帰依したからじゃない。父に対する妄信もない。
何の脈絡もない殺戮を行うよりは、そっちの方がいいと思っただけだ。
あたしだって、別にこの世界を破壊したいなんて思ってはいないから。
人を殺せる天恵を持っているなら、人を殺す道を選ぶ。単純な話だよ。
誰かに文句言われる筋合いなんて、これっぽっちもない。文句あるなら
授けた恵神ローナに言えって話だ。
あたしはあたしという存在に対し、正直に生きてるだけ。
だからこそ、今の状況は退屈だ。
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首都ロンデルンか。久し振りだね。
父と一緒にここに来るのは、何気に初めてかも知れない。
いつもながらの大都市だ。ちょっとテンション上がる自分が面白い。
昔、この街には「ジャン」とかいう連続殺人鬼がいたんだっけ。
娼婦ばかり選んで殺し、その死体を氷の像にしていたって伝説がある。
なるほど、このあたしと同じ天恵を持っていたという訳ね。
この街に来るたびに思う。
今のあたしなら、時を超えて蘇ったジャンになれたりするのかなと。
まあ、そんな不毛な伝説なんか別に作らないよ。娼婦に恨みもないし。
だけどこう退屈だと、そんな馬鹿な考えも頭をチラつくから厄介だね。
さてと。
退屈は退屈なりに、父の仕事の話も聞いたりしないと。
聞く限りおおむね順調らしいけど、それが長続きしないのも事実だ。
ランドレ・バスロもウルスケスも、いつまでも言う通りに動かせるとは
限らない。あとあいつ…何だっけ。そうそう、神託師の娘のモリエナ。
ある意味、あの子が一番ヤバそう。
でもまあ、そういう不安要素こそがあたしの退屈を紛らわせてくれる。
次は誰を殺すのかと、そんな楽しみを与えてくれるのは大歓迎だ。
あと、女王様への拝謁の件ね。正直これはあたしの領分じゃないけど、
ロンデルンにいるのなら聞いておく必要がある。大層な話だねホント。
ねえ父さん。
誰か殺す話はないの?
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後ろの席に座ってる客。
盗み聞きしてるな?
ちょっと体温上がってるよ。
あたしたちの話す言葉が分かるって事は、タリーニからの観光客か。
さぞかしビビってるんだろうけど、そこまで開き直って耳を傾けるのは
なかなかの胆力だ。気に入ったよ。
聞きたきゃ好きに聞きな。
止めたきゃ止めてみな。
父さんには言わない。っていうか、わざわざチクる必要なんかない。
いや、違うな。
何もかも順調に行くより、こういうイレギュラーがあった方が面白い。
どこの誰か知らないけど、盗み聞きするって事は興味があるんだろう。
偶然にせよそうでないにせよ、何かしてくるのなら大いに歓迎するよ。
あたしは退屈なんだ。
もうちょっと刺激が欲しいんだ。
何でもいいから、この状況に波風を立ててみな。
父やネイルたちがそれをどう思うかなんて、ぶっちゃけどうでもいい。
もし厄介事を起こしてくれるなら、個人的にはありがとねと言いたい。
もちろん、逆らうなら殺すけどさ。
…………………………
あーあ。
どっかにいないもんかね。
ギリギリの殺し合いが堪能できる、あたしと同じくらい強い奴。
退屈だなあ、ホントに。