呑気な旅も程々に
自分でも思うけど、あたしは意外と呑気な性格の持ち主だ。
よく言えば大らかなんだろうけど、ぶっちゃけ危機感が足りていない。
もちろん深刻な事態が起きた時には深刻な気分になる。怖い目に遭えば
震え上がるし、眠れなくなるって事もある。
だけど、長続きしない。
どんなにショックな事があっても、数日もあればケロッと立ち直る。
たとえ問題が解決していなくても、まあ何とかなるわよと割り切れる。
誰に似たんだろうか、この性格は。
確かに、マルコシム聖教の後継者である皇女の地位にはいたけれど。
そんなに過保護に育てられた訳でもないし、贅沢にも割と無縁だった。
特別扱いはされていたものの、別に世界から隔絶されていた事もない。
あたしって、客観的に見るとやはり変り者なんだろうか。
自分じゃ分からないんだよ、正直。
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イグリセ王国に無事入国を果たしてから、四日が経過していた。
さいわい、あたしもアースロもこの国の言葉には堪能だ。怪しまれずに
旅をするのに、何の不都合もない。その点は子供の頃の教育に感謝だ。
だけど、憂いごとが何も無いというわけじゃない。むしろこの逃避行が
始まる前から、避けられない問題として目の前に横たわっていた。
そろそろ、所持金が心許ない。
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もちろん、まだしばらく大丈夫だ。
あたしは、別に王族とかじゃない。いくら信者の数が多くても、宗教の
象徴である身で贅沢は許されない。その点は父もきっちり線引きした。
だから、食事にも宿にもあまり文句は言わない。むしろ粗末な宿とか、
逆にテンション上がったりもする。……やっぱり変わり者なのかなあ。
もちろんアースロも同じ。もっとも彼の場合、性格か教育の結果かは
判断できない。何と言うか、禁欲的な立ち振る舞いをしている感じ。
やっぱり、彼なりにあたしと二人で旅する責任を自覚してるんだろう。
結果的に、日々の出費はそれなりに抑えられている。本当に必要なら、
野宿もやむなしだ。正直そういうの個人的に好きだし。だから今後も、
切り詰めればまだしばらく大丈夫と確信している。
でも、やっぱり時間の問題だ。
どんなに出費を抑えても、いつかはすっからかんになる。そんなのは、
子供でも分かる理屈である。いくらあたしが呑気でも、来たるその日を
何の備えも無しに迎えようなどとは思っていない。
かと言って、いきなりこの国で働くというのは現実味がない。…いや、
別に働くのはいいんだけど。むしろ社会経験として興味あるんだけど…
…………………………
さすがにそんなことしてる場合か?という自問が心に湧き上がる。
聖都の乗っ取りから、間一髪逃れて来たというのに。
呑気に就職とかして、もしそのまま居心地良くて落ち着いてしまえば。
命がけであたしを逃がしてくれた、ゼノにとことん恨まれるだろう。
呑気に旅しているけど、あたしたち二人は今も逃亡者だ。だとすれば、
最低限の深刻さは必要だ。でないと何と言うか、カッコがつかない。
だけど、じゃあ実際どうしようか。
ちょっとアースロと相談だ。
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「そうですね。いつお金が無くなるかと、ビクビクしておりました。」
「だったらちゃんと言ってよ。」
大きな公園の東屋で、今後の方針を本格的に検討する事にしたけど。
今さら弱音を吐くアースロに対し、あたしは不毛な文句を口にした。
いや、不安だったなら態度に出してくれないと困るよ。
いつも泰然としてるから、あたしとしても何となく安心してたのに。
どうやらこの男、懐が寂しくなっていく不安とずっと戦ってたらしい。
何でそういう心境を隠すかなあ…。
「あまり私が気弱になるのもまずいと思いまして。」
「限度があるんだよ限度が。」
何だろう、この妙にイラつく感じ。
間違いなくその気遣いは嬉しいんだけど、致命的にズレてるというか…
いや違うな。
ズレてるんじゃない。むしろ逆だ。
この男、根本的な思考がこのあたしにかなり似てるんだ。だからこそ、
やってる事が微妙にシンクロする。同じ問題に対し同じように悩んで、
同じように堂々巡りをしている。
「すみません、ポーニー。」
「いやいいよ。謝ってもらうような事じゃないからさ。それに…」
そこまで行って、あたしはちょっと吹き出した。
「…何でしょうか?」
「あたしたちって、あんまり緊張感が無いわね。いつまで経っても。」
「そうですね。」
そこで初めて、アースロは笑った。
それまで見た事のない、それでいて見覚えのある笑顔だった。
ああ。
やっぱり彼、あたしに似てるなあ。
いい事なのか悪い事なのか。
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と言うわけで、ちょっと相談した。
案の定、彼が考えていた内容もほぼあたしと同じだった。お金を稼ぐ、
つまりは働くという選択肢が完全に無いわけじゃない。だけどさすがに
どこか定住して就職するというのは考えられない…という感じね。
さっさと腹を割って話せばよかったと、今さらながら痛感する。
表情には出さないけど、アースロも同じように思ってるんだろうなぁ。
じゃあ、結局どうしようか。
イグリセに入国した時、あたしにはひとつの目標があった。今思えば、
限りなく頭お花畑な目標だ。
本物のホージー・ポーニーに会ってみたい、なんてね。
呑気な夢を語るのもいいけど、今は当座の問題の解決に尽力すべきだ。
とにかくお金。どっちかと言うと、資金援助を誰かに頼みたいって話。
誰に頼もうか。
とりあえず、心当たりはある。
こういうのは、いちばん難しそうなところから当たっていくべきだ。
よし。
ちょうど、首都ロンデルンまであと少しという所にまで来れている。
だったらもう、開き直って行こう。ダメならダメでまた考えよう。
「んじゃ、首都に向かおう。」
「はい。」
ん?
何それ。
「ロンデルンの観光ガイドです。」
「何でそんなの持ってんの?」
「効率よく回れればいいかなと思いまして…」
「観光する気満々かよ!」
鏡の前で独り言を言ってる気分だ。
この男、こんなキャラだったの!?
…まあ、今さらどうでもいいや。
目指せロンデルン!!