周りの誰かが
ネミルが問題を起こした後、俺たちはずっとフレドの中の転生者の事を
あえて深く知ろうとはしなかった。本来のフレドの魂もこの肉体の中に
今も混在している以上、あからさまに「他人扱い」するのはよくないと
皆で判断したからだ。正直言って、あの時点ではほぼ希望がなかった。
しかし、ローナがタカネを見つけた事で状況が大きく変わった。
相変わらずハードルは数多く残っているものの、越えられるかどうかは
本当に分からない。となればもう、出来る事には前向きに挑んでいく。
そしてもうひとつ。
ローナいわく、どういう結果になるにせよ、あまり時間はかけない。
フレドたちの魂は、少なくともあと1年半くらいは今の状態を保てる。
今後どういう結末を迎えるにせよ、その間は両方が存在を維持できる。
なら、今後は過剰な気遣いはしない方向で行こう。
リスクは覚悟の上だ。
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と言うわけで、俺たちもこれからはフレドの事を「トモキ」と呼ぶ。
もちろんディナに事情は話さない。両親の前では当然、フレドと呼ぶ。
ここから先、友樹の記憶こそが最も重要なファクターになってくる。
だとすれば、俺たち自身が彼の存在をしっかりと認識しておかないと。
ここからは後戻りできない。どんな結末になろうと「アラヤトモキ」は
俺たちと共に困難に挑む仲間だ。
さて。
覚悟の上で、しっかりと彼の身の上話を聞く事にしよう。
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『妹ができた時点で、あの家からは引っ越したんです。』
生後一か月ちょっとの赤子が語る、前世の生い立ち。実に不条理だ。
だがもう、そんな事をいちいち気にかけてたら話が進まない。むしろ、
ここからは積極的に彼の生い立ちにヒントを求めていく。
…今にして思えば、ローナが記憶を覗くと言ってたのは無茶だったな。
何の当てもなく、どこに何のヒントを探そうとしたんだか…
まあ、それもこれもタカネの顕現があってこそだ。
「引っ越しって、どこに?」
『横浜です。』
『なるほど、新しい家買ったんだ。じゃあ、家族四人で?』
『そうです。で、それ以降はずっとその家に住んでいました。』
引っ越しは一回だけだったのか。
ヨコハマってのは、向こうの世界の地名らしい。タカネの見立てでは、
俺たちの世界もかなり向こうの世界に近いとか。なら、ヨコハマに似た
場所があるかも知れないな。
いかんいかん、ちゃんと聞こう。
『ところで、環とミロスは一緒じゃなかったの?』
『伯母さんたちは、そのまま東京に住んでいたはずです。…さすがに、
子供が二人いるのについて行くのはどうかって話になって。』
『まあそうね。純だっていつまでもお姉ちゃんお姉ちゃん言ってるのも
変な話だし。』
「ジュンってのがお母さんだよな?トモキ。」
『そうです。』
タカネと二人でどんどん話が進んでしまうけど、何となく家庭の事情は
理解できた。で、今タカネが言った「ミロス」って人が、今回の転生を
15年前にタカネに予言していた…という事らしい。
そうなると当然、湧いてくる疑問がある。
身の上話を聞いているローナはもう知ってるだろうけど、俺たちはまだ
名前しか知らない人物の事だ。
「そのミロスって、何者だ?」
『伯母さんのパートナーです。』
それは前に聞いた。今知りたいのは「何でそんな予言が出来るか」の
具体的な理由だ。占い師とかか?
『職業はラノベ作家でした。』
「作家なのか。」
「へえー。」
やはり興味を示すのはポーニーだ。まあ、作家の天恵の化身だからな。
もしかして、エイランと同じように何かの天恵を持っていたのか…
「聞いたところによると、ミロスも異世界人らしいわね。」
「え?」
唐突なローナの付け足しに、俺たちは揃って怪訝そうな声を上げる。
もちろん、トモキも含めて。
何ですと?
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『やっぱり言ってなかったわよね。当然だろうけど。』
タカネが面白そうにそう言った。
『ミロス・ソートンは、あたしたちと同じ世界に生まれた人間なのよ。
つまり、昨日の検索の時に、最初に見つけたあの世界。』
「あのでっかいトカゲの世界?」
『そう。』
「じゃあそのミロスは、自分の世界からトモキの世界に行ったのか。」
『ええ。あたしと拓美と一緒にね。戻れない転移ではあったけど。』
「へえー…」
正直、ちょっと圧倒される話だ。
聞いた感じでは、そのミロスという人は「自分の意志で」異世界転移を
したっぽい。どんな覚悟があれば、そんな途方もない挑戦が出来るのか
俺には見当もつかない。
「だけど、どうして?」
『環を助けるためよ。』
「環って、つまりフレ…トモキ君の伯母さんですよね?」
『その通り。』
「どうして、異世界の人間を助けるために転移なんか…?」
『環自身も、こっちの世界に転生をしていたからよ。』
「は!?」
『ええっ!?』
理解が追いつかない。
何気にトモキも俺たちと同じように驚いてる。…いや、もっとか?
本人から話を聞くはずだったのに、その周辺の人たちの話を聞くだけで
こっちの認識はいっぱいいっぱいという感じだ。…どういう家系?
「なあるほど、ねえ。」
納得しきりといった態で、ローナが大きなため息をついた。
「聞いてはいたけど、確かにかなり異常な経緯があったみたいね。」
『それは否定しない。』
タカネの言葉を受け、ローナの目が俺たちの顔を順に見比べる。何だ?
「…ま、それが普通のリアクションよね。」
「…………………………」
「少なくとも、ここまで聞いた話でひとつだけ確信が持てた。」
「何だよ。」
『トモキが転生した理由の一端。』
『えっ!?』
トモキが驚きの声を上げた。いや、俺たちもちょっと驚いた。
まだ本人に詳しい話を聞いていないのに、何で分かったんだよと。
「要するに、彼とその家族の近くに特異点があったって事。」
「え、何ですかそれ?」
「世界を渡り歩いた存在がそれだけ集まれば、境界に歪みが生じる。
直接のきっかけが何だったにせよ、別の世界まで魂が飛ばされるだけの
環境が整ってたって話よ。」
『つまり、環の存在が引き金に?』
「それがメインだろうけど、本来のあなたと拓美って子の存在もそう。
具体的に何かするんじゃなく、存在そのものが影響を及ぼしたのよ。」
『………なるほど、そういう事か。』
突拍子もない話だけど、少なくともタカネには心当たりがあるらしい。
もしそれが本当なら、今のトモキは完全な巻き込まれなのだろうか。
ミロスという人が予見できたのも、事を起こす張本人だったからと…
いや、まだそんな断言は早い。
もし仮にそうだったのだとしても、誰かの責任って話じゃないだろう。
ならば、知恵を絞って力を尽くす。ただそれだけだ。
確実に、前には進んでるんだから。